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現し世の鑑  作者: 葵日野
第三章:阿須波神
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雨宮 真




───やがて、夏が帰った直後のこと。


「あれ~マコちゃん、なんで隠れてるの?」

「! い、いや…」


厨房から覗き込む男の死角からぬっと覗き込む店長に男は身体を跳ねらせて、さも今まで仕事をしていたかのように仕事に戻るふりをする。

近場にあった皿を熱心に磨き始める男に首を傾げながら、店長も厨房に入った。

そろそろ客入りの時間帯だ。


「いるなら出てきて挨拶でもすればよかったのに~。明日から入るアルバイトの子帰っちゃったじゃん」

「え……バイト…?」

「そ!すーっごい良い子だよー!ちょっと変な子だけど、かわいいし礼儀正しいし、なにより神話の話もわかるし! あ、お客さんだ」


店長は手に持っていた履歴書をコーナーに置きっぱなしのまま、軽い足取りで去る。

男は溜息をつきながら、店長が残していった履歴書を手に取り、写真の載ったそれを握り締める。


「……月代 夏」






***







「ついてくるなって言っただろ!」


その一方で、夏は耐えに耐えた怒りをぶちまけた。

人気のないバス停には夏と水姫しかいない。

そんな夏の怒声にしどろもどろしながら両人差し指をちょんちょんとして拗ねる水姫に、夏の苛立ちは募っていく。この女がこういう表情をする時は大抵反省などしていない。


「だって、心配だったんですぅ…」

「かわいこぶってもダメに決まってるだろ。今度からは絶対来るな!」

「むう」


水姫は頬をぷうっと膨らませてこちらを睨みつけてくる。

しかし夏は決して絆されない。一度でも許してしまうと今後も調子に乗るのが目に見えているからだ。

夏はため息混じりにバス停のベンチに座り込む。

なんだかどっと疲れた感じだ。


「…にしても、やっぱり神話と実物は違うんだな。店長の話聞いてびっくりしたよ」

「私もです。まさか、アマテラス様があんなに淑やかな女性像で描かれているなんて……神界では想像もつきませんわ。あ、でもスサノオ様は結構記述のままのお方です」

「マジか」


記述通りって……女の部屋にう〇こするってどんな悪戯だよ。

まだ見ぬ三貴子・素戔嗚尊の姿を想像して夏は顔を歪める。きっととんでもない悪餓鬼に違いない。

あまりにも濃すぎる神界の面子にうんざりとする夏の傍ら、「……でも」と水姫は袖で口元を隠す。


「…あのお店、何だか不思議な雰囲気でしたわね」

「なにが?」

「いえ、何かと霊力を感じる場所でしたので。あの店長さんは神憑ではないようでしたが……夏様、念の為気をつけてくださいね」

「は?」

「何だか嫌な感じがするので」

「……」


自分で見つけてきておいて不安を煽るようなことを言う水姫を薄目で睨む。

しかし心配してくれているのはわかるので、文句は一度呑み込む。


「お前、気ぃ張りすぎ。警戒するのは結構だけど、あんまり気負いすぎると疲れるぞ」

「……、でも…」

「知らないだけで祠だって無数にあるんだし、小神だってあちらこちらにいるんだ。霊力なんて散漫してるよ」

「………」


少しの間の後「そうだといいのですが……」と水姫は小さく言うが、その顔はどこか腑に落ちていなくて。

明らかに納得いっていない様子の水姫に夏はまた溜息をつきながら「…わかったよ。気をつける」と諦めて頷いた。

やっと安心したように微笑んだ水姫だったが、その視線はここまで歩いてきた道、喫茶店の方向で。

何がそんなに気になるのかはわからなかったが、聞いたところではぐらかされるのを知っている夏は、気を逸らそうと携帯を取り出したのだった。

やがてバスが来る頃まで、水姫は宙を眺めていた。




***





───翌日。 アルバイト初日。



「はじめまして、月代夏です。宜しくお願いします」


スタッフは少なく、店長と小さい女の子と長身の男の三人だけだった。


(って、あれ? アイツ……)


昨日、俺の顔見て逃げたやつだ。

ずっと俯いて顔をあげようとしない男を思わず凝視すれば、一瞬目が合う。

あからさまにビクッと体を跳ねらせて、全力で顔を逸らされる。

……なんなんだ。


「改めてよろしくね~なっちゃん!ぼくは店長!店長があだ名みたいなものだから、気軽に店長って呼んでね!」

「あはは……お願いします」

「で、こっちがハルちゃん! うちのバイト唯一の女の子で、美大生なんだよ」

「おなしゃす」

「……お願いします」


小柄な身体に似合わない大きめのコックコート、小顔に似合わない大きめの赤縁眼鏡をした少女はハルと言うらしい。


「で、こっちがマコちゃん。ほら、挨拶して~?」


気付けばカウンターの後ろに隠れていた青年だったが、店長によって無慈悲にも連れ戻される。

夏の前に押し出された汗だくの青年を見上げる。

それでも一切目を合わせようとしないのだから、相当の人見知りなのが窺えた。

夏は何となく仲間を見つけたような気持ちになった。なんだろう、すごく気になる。

人見知りは人見知りを相手にすると、急にコミュニケーションに対する意思と能力が上がるのだ。


「……よ、よろしく……です……」

「よろしくお願いします」

「確か二人は同じ大学なんだよね?」

「!」

「あ、そうなんですか?」

「うん。よかったね~、すぐ仲良くなれそうだね!」


店長が夏と真の肩を同時に叩く。

まあここから一番近い大学って言ったらうちのだし、大学が同じなのは何ら不自然じゃない。

同じ大学同士仲良くできるといいな、と夏は真を見上げたが、やはり目は合わなかった。


「じゃあ、なっちゃんの教育係はマコちゃんだから、あとはよろしくね~」

「えええっ!?」

「だってぼくもハルちゃんもキッチンだもん。ホールはホール担当が教えないとね~、よっろしく~!」

「ちょっ、店長………!!」


救いを求めて伸ばされた手が行き場を失う。

軽い足取りでキッチンに去ってしまった店長たちの姿が見えなくなったところで、夏は悲哀のオーラを纏う真の顔を覗き込んだ。

ちょっと可哀想だが、ホール担当が彼なら、この人に教わるしかない。


「あの…」

「ひっ!」

「よろしくお願いします。…えっと」

「…………」


夏はそっと胸の名札を見る。


「雨宮、(まこと)さん?」

「……」


そう言って見上げれば、先程とは違い少し不満そうに表情を歪める真の姿があった。


「ち……がう」

「え?」

雨宮(あまみや) (まこ)……。真って書いて、マコって読むんだ。俺の名前…」

「え? あっ、そうなんですか?」


夏はもう一度名札を見てへぇ~と声に出す。

きっと、100人これを見れば100人が“まこと”と読むだろうが……へぇ、そうか。まこ…………。


「なんか、ちょっと珍しい名前ですね」

「!!」


ちょっとした悪戯心で笑顔で言えば、ガーン!と擬音が聞こえて来るような顔で後退る。


「あはは、ごめん嘘だよ。いい名前ですね」

「い、いいよ……無理しなくて。実際中途半端な名前だし、なんでこの漢字でこの読みにしたのか未だにわかんないし、俺の人生自体が惜しいっていうか中途半端みたいなものだから……」

「いや、別にそこまでは…」

「テストはいつも89点99点だし、身長は179cmで止まっちゃったし、おみくじは中吉しか出ないし」

(……逆にすげぇ……)

「朝の誕生月占いはたまに見たと思ったら基本2位だし、中学高校はいつも学年2位だったし、電車に乗れば降りる駅のひと駅手前で緊急停止するし…」

「………」

「優柔不断だし、他の人と違ってこれってものが無いし……俺は、何に対しても中途半端だ……」

「……………ぷっ」

「!?」


夏は込み上げてくる笑いを我慢できず、吹き出した。

ホールに夏の笑い声が響くと、笑われるとは思っていなかった真は狼狽する。


「はは……久しぶりにこんな笑ったー。ほんっと面白いわ」

「ど、どこが……意味わかんないし…」

「ごめんごめん」

夏が笑えば、ぐっとなにか言葉を飲み込んだ素振りを見せた真。

「……つ、月代くんって…もっと冷たい感じの人なのかと思ってた……」

「そうかな。てか、夏でいいよ。同い年だし」

「えええ…」

「俺も好きに呼ばせてもらうし。よろしくな、マコ」


夏は改めて手を差し伸べる。

その手をすぐには取れず、ワタワタする真を夏は終始楽しそうに見ていた。


「ちょっとマコちゃ~ん? 早く教えてあげてよ~、お客さん来ちゃうよ~」

「!? は、はいっ……えっと、じゃあまずこっち…」

「うん」


マコに連れられてまずカウンターに向かう。

最初は少し不安だったが、思いの外わかりやすく教えてくれた真のおかげでとりあえずやっていけそうだと夏は思ったのだった。





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