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現し世の鑑  作者: 葵日野
第三章:阿須波神
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面接



いつもの通学路と同じ道を行く。

そして、バスから降りて大学への電車に乗るその途中に、目的の店は悠然と佇んでいた。

赤い屋根に白い壁。

おしゃれな店だが、入口には奇妙な顔をした太陽のお面がぶら下げられている。

キイ、キイ、と風に揺れる度に目が合うその太陽のお面が怖い。今にも呪われそうであった。

今から面接を受ける店だというのに、なんとも入りにくい雰囲気…………


───カランカラン。


「!」


その時、丁度ウェイターの服装をした男が店内から出てきた。


(……あれ?)


赤茶の切りそろえられた前髪に、印象的な泣きボクロ。

夏は既視感を覚えた。

この人、どこかで…

──ダッ!


「あっ、ちょっと!」


目が合ったその瞬間、男は出てきたはずの店の中に再び入ってしまった。

引き留めようと伸ばした手は宙を泳ぎ、行き場を失う。

人の顔を見た途端顔を青くして逃げられると、なんとも微妙な気分だ。

見たことはあるが、どこで見たか思い出せないほどの人だ。

今の様子だと顔見知りであることは間違い無いだろうが、逃げられる覚えなど夏にはなかった。


「なんなんだよ…」

「やあ、君がアルバイトの面接の子?」

「!」


続けてカランカランと再び音を鳴らして出てきた真っ白なコックコートを身に纏った色黒な中年の男に、夏は背筋を伸ばした。

それもその筈。

親しみやすい気軽に掛けられた声に振り返るやいなや、目に映ったのはプロレスラーの様なムキムキのボディ。服の隙間から見える艶やかな筋肉は、夏に偉大な存在感と恐怖心を与えるには充分だった。


「ようこそ神話喫茶 天照(てんしょう)へ!」


さあさあ、中に入って!と強い力で引っ張られて腕がもげそうになった。

外見に反比例して気さくで明るい人だが、残念なことがひとつ。人は見かけによらないというが、見かけと比例してしまうのはその筋力である。夏の細腕はもう悲鳴をあげていた。

中に案内され、客席の一角に座るように促された。『ちょっと待っててねえ~』とウインクをして一時去る店長を他所に、最早蛇に睨まれたカエル状態だ。

夏はゆっくりと店内見回す。

開店前なのか、店内は静寂としている。スピーカーがあるのを見る限り、店内音楽は流しているのだろう。

白を基準にしたテーブルと椅子、赤のカーテンやレース、と赤と白を基準にした店内は、どれも若い女性が好みそうな可愛らしいものだった。

それはいい。

だが、ところどころに釣り下げられるあの奇妙な太陽の形のお面に夏は気を取られていた。気になって仕方が無い。


(いかにも怪しい喫茶店だな……水姫のやつ、なんでこんなとこ…)


既に逃げたい。

どうなるかわからない緊張と店長に対する恐怖で汗が滝のように溢れ出る。

煮られるか焼かれるかわからないこの現状は、ヘタレな自分には過酷すぎた。


「やあ、おまたせ!」

「っあい!」

「おお、元気だね!」


やがて店長が戻ってきて、慌てて席を立ち上がる。


(変な声出た……!)


しかしそんなことを気にする様子もなく、店長はいつの間にか開けていた履歴書を眺めていた。


「月代 夏くん、か。珍しい名字だね。うんうん……よろしく、なっちゃん!」

「え? 」

「面接をはじめるよ!じゃあ早速だけど、夏くんは神話は好きかい?」

「えっ!」


次々と来るツッコミどころに、夏は突っ込む気になれずにいた。というよりも、話のペースを完全に持っていかれてるのだ。

つか、バイトの面接…だよな?

質疑応答の序盤は決まって“志望動機”だろうに。


「は、はい、そこそこ…」

「本当かい!?じゃあ、どの神様が好き!? 信仰を深めてるものは!?」

「え」


信仰とか言う話まで来るとは思わなかった。

宗教的なものではないだろうが、なんとも危険な香りのする会話か。


(……………)


水分神………とは決して、口が裂けても言いたくなかった。

何故なら、あいつを信仰したくなるような尊敬できる部分が見当たらないからだ。あえて言うならあの図太さくらいだろう。

とはいえ、特段神話に詳しいわけでもないし、八百万の神の名称なんて詳しいわけがない。でも水姫の名前は出したくない。

なにか、適当に………


「ア、アマテラス…?」


何とか絞り出した声は裏返った。

ぶっちゃけ水姫の話に出てくる太陽神の話を聞くとこっちも信仰したいとは決して思えないが、仕方がない。水姫よりかはマシだ。

そう思った瞬間だった。

───ガシッ!

大きくて熱い手によってホールドされる両手。

ぎょっとその手を見下ろしたあと顔を上げれば、目に映ったのは見た目に似合わずキラキラと輝いたつぶらな瞳だった。


「本当かい!?」

「え、えっと…」

「いいよねぇ、いいよねぇ!アマテラス!最高だよ~!かの有名なイザナギとイザナミを両親に持ち、三貴子の長子としてイザナギの左目から生まれ、父の命を受け高天原を統べる存在となった美しい太陽神!」

(……アマテラスって高天原のトップだったんだ……)


そんな神が神門を壊すってどうなんだよ、と顔を引きつらせる。

突然のことで何が起こったのかと最初は耳を疑ったが、饒舌にアマテラスとは何たるかを語り始める店長に夏は引いた。

水姫がここを選んだ理由がわかった。

神話喫茶…つまり、そのままの意味だ。


「アマテラスはすごく心優しい、穏やかな女性なんだよ~!」

「え……」

「なんだ、知らないのかい? 鼻から生まれたと言われる末っ子の弟・スサノオは生粋の悪戯好きだったらしく、アマテラスに散々嫌がらせをしたんだ。水田をメチャメチャにしたり、アマテラスの部屋にう〇こしたり!」

(えげつねぇ……)

「それでもアマテラスは寛大な神だったから、決して怒ろうとしなかったらしいよ。…まあ、結果的に酷く心を痛めた彼女は天岩戸に引きこもっちゃったんだけどね~」

「その話、まったくもってデタラメですね!」

「うわあああ!!」


背後から突如顰めっ面を覗き込ませる見慣れたソレに夏は悲鳴を上げる。

椅子を倒すほどの勢いに、流石の店長も目を点にして心配そうに夏を見つめた。


「ど、どうしたんだいなっちゃん!」

「い、いいえ!なんでも!本当に!」


なんでそこに!!

本当はそう叫びたかったが、なんとか持ち堪える。

とにかくここはごまかさなくてはならなくて、懸命に両手を左右に振りまくった。

そんな自分を顧みることもなく水姫は頬を膨らましながら「全く、人間界の神話に対する理解はどうなっているのです? デタラメもいいところですわ」とぷりぷり怒る。

それよりこっちはなんでここにいるんだと問い質したい。


「寛大なお方なのは事実ですが、報復をしなかったなんてそんな!アマテラス様が黙って見ているわけないじゃないですか。そのあとスサノオ様は全治九ヶ月の大怪我で入院しましたよ?命からがら、刃傷沙汰もいいところです」

(ええ……)

「それに、アマテラス様が天岩戸に引きこもったのは心を痛めたからではありません。スサノオ様に全責任を負わせ、仕事を押し付けるためです。その間、アマテラス様は天岩戸にて女官付きで素敵な休暇をお過ごしになりました」

(えええええええ)


日本に代々伝わる日本神話がガラガラと崩れていく音がする。

流石にこれ以上は聞きたくなくて両耳を塞いだ。

こちらからすれば、そんな人間らしい性分は聞きたくない。あくまでも相手は神様だ。そんなことあっていいはずがない。

しかし、そんな水姫の話に反応を示しているのはこの場では夏ただ一人。普通の人間には水姫の姿も声も届いていないのだから、他者からすれば夏はひとりで顔芸をしているように見える。


「な、なっちゃん?大丈夫かい?」

「あ、はい……あの、店長、詳しいですね」


人間界的には詳しい部類だが、実際のアマテラスを知っている神からすればほぼ間違った知識だ。真実を知った夏はますますいたたまれなくなった。


「い、いやあ!知識程度だよ!でも嬉しいなあっ!アマテラスを好きな子がいてくれて!今時神話なんて信じない子がほとんどだからね」

「………」


“神話なんか信じない”。

まさにそのとおりだと夏は思った。

普通に生活していれば、自然と神へのありがたみなど薄れていく。それどころか、神の存在を信じなくなるだろう。自分だって、数日前まではそうだった。

……でも、今は。


「合格だよ、なっちゃん!明日からよろしくね!」

「あ……はいっ!」


お願いします!と夏は頭を下げた。

余計なこと考えてる暇はない。

とりあえずは通過点。これから始まる神様の仕事とやらのための資金調達……も大事だが今はまず、帰ってからすぐにでも水姫を糾弾してやりたい。そしてお縄だ。そう心に決めたのだった。




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