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現し世の鑑  作者: 葵日野
第三章:阿須波神
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産土神




その日。

水姫の機嫌は最高潮であった。



「ふんふんふーん♪」

「………」


朝からずっとこの調子だ。まあ、その原因は他でもない自分であることは変わりないのだが、ここまで喜ばれると複雑だった。夏はそんな水姫を一瞥すると、ため息混じりに鞄を持つ。


「やけに機嫌いいな…昨日までむくれてたくせに」

「当然ですわ!夏様と初めてのお出かけですもの!」

「お出掛けって…」


大学行くだけだろ、と苦笑すれば「だってずっと監禁されていたんですもの!」と誤解を生むようなことを言われたので後頭部を叩く。


──そう。


昨日の晩、連日しつこく懇願されていた“同行”を漸く許可したのだ。

初っ端から怖い目に合い、水姫を連れてくればよかったと後悔した夏だったが、“神憑”というよく分からない存在になったという事実を受け入れる為には、最低でも一週間の時間が必要であった。

そのため、先週は一人の時間がどーーしても必要で、外を出る際は部屋に括りつけて出かけていたのである。

田の神との出会いによる経験が幸をなしたため、街中で“人ならざるもの”を見てもとりあえず平然としているという処世術を得たし……まあ、ぶっちゃけ水姫が居なくてもなんとかなったので居なくてもきっと問題は無い。


(いたらいたで安全なんだろう、けど……)


それよりも心配なのは“社会の目”だ。どうも水姫がいると“独り言”が増える。

水姫の声は一般人には聞こえない為、はたから見れば独り言の激しい怪しい人だ。それは一度田の神の件で経験済みだが、あの恥ずかしさはきっと慣れない。

気を抜けば普通に会話してしまうだろうし、俺が世間的に死なない為にはこのまま閉じ込めておくのが正解だろうが……。


(……不貞腐れた水姫から毎日お経みたいな嫌味を聞かされるのも、そろそろめんどくさかったし)


今日はその面倒が無いだけ随分と気が楽だった。

今回連れていくと決めたのは他でもない自分。すべての責任は自分に返ってくる。誰の所為にもできない。

これはミッションだ。

他所様に迷惑をかけないように、そして、自分の名誉が汚されないように、なんとしてもこの女神の暴走を阻止せねば。

夏は握りこぶしに全身の筋力を集めると、意を決した。


「…いいか、絶対に余計なことはするなよ。約束だからな」

「はーい!」

「悪戯は?」

「しない!」

「勝手にどこかに」

「いかない!」

「講義中は…」

「話しかけない!!」

「よし」


準備万端。

夏は部屋の外に出た。


水姫との出会いから早一週間。やはり、どこに行っても普通の人の目には見えないものが視界にチラつく。

気づかないふりをしていればなんとなくやり過ごす事はできるが、水姫が憑いている限り状況は変わらないということは、ここ数日で嫌という程理解した。

ということで、いい加減慣れなくてはと思う次第である。

そういう理由もあって、先週はわざと正門から出て通学していたが……今日は"あの道"を通って登校しなくてはならない。

今日はせっかく水姫を連れていくわけだし、奴らに俺のお気に入りの場所から出ていってもらうよう、直々に言ってもらおう。


「……あっ!あいつら!」


やがてしばらく歩くと、やはり奴らはそこにいた。

あの時と同じく、朝っぱらから追いかけっこをしている目的の奴らを見つけて、夏は瞬時に水姫の背後に隠れた。

すると、水姫は面白いものを見つけたかのように目を輝かせた。


「まあ!あれは産土神うぶすなかみですね」

「…うぶすなかみ?」

「はい。土地神と同系神で、土地神ほどの規模ではありませんが、特定の地域を守護するとされています。あのように外見こそは可愛らしいですが、立派な神霊ですわ」

「へー…」

『わー!水分神だあー!』

「!」


そんな神様がいたのかと思うと同時に、ぎょっと身を引いた。何故なら、産土神と呼ばれた彼等がこちらに向かって勢い良く駆けてくるからである。足が速い。怖い。

顔を青くした夏が再び水姫の後ろに隠れると、水姫は小さなソレに合わせてしゃがみこみ、その奇妙な生き物たちを両手を広げて迎え入れた。


『きゃー!久しぶりだあ!』

『会いたかったー!』

『水分ー!水分ー!』

「ふふふ」


楽しそうに笑う水姫に言葉が出ず、自分だけおいていかれている感に到堪れなくなり始める。覚悟を決めた夏は、警戒しながらも水姫の後ろから顔を出した。


「し、知り合いなのか?」

「はい。おともだちですわ」


おともだち…。

なんとも不釣り合いなそれに夏は疑いの目を向ける。そのまま下にいる奇妙な生き物たちを見下ろせば、奴らはあろうことか、俺にあっかんべをしてきた。

つまんでやろうかと思ったが水姫が抱きしめていた為どうすることもできず、せめてもの反抗にとりあえず夏もあっかんべをしてみる。

水姫はそんな夏を見てクスクスと小さく笑うと、目を細めて産土神たちを優しく撫でた。


「彼らはこの林の守り神……私が夏様と再び出会うまでの数年間、彼らが貴方を見守っていてくれていたのです」

だから私は安心して任せることが出来ましたし、こうして再び夏様とまみえることができた。

水姫はそう言って、優しく目を細めた。

そんな彼女の言葉に引っかかるなにかを覚えた夏は、産土神たちを見下ろす。

自然と目が合い、不自然に見つめ合う形となる。


(──そう言えばこいつら、どこかで…)


夏の脳裏に幼い頃の記憶が浮かび上がる。

あれは確か…五歳くらいだった気がする。

風邪を引いて独りで部屋で寝ていたときの事だ。ふと目が覚めたら、薬草と木の実が枕元に置いてあったことがあった。あの頃は寝ている間に妹が持ってきてくれたのかな、なんて思っていた。

またある時は、お気に入りのおもちゃを出先でなくしたときやスマホを落とした時など、ちょくちょく失くしたものが返ってきたこともある。逆を言えば、部屋にあったお菓子が少しずつなくなっていることも。


(…そういうことか)


夏は苦笑する。

それは呆れや嫌味の籠ったものではなく、どこか嬉しそうで、気恥ずかしそうなものだった。何せ、自分はこんなにも優しい奴らを追い出そうとしていたわけだから。





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