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現し世の鑑  作者: 葵日野
第二章:神憑
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遭遇





「たくっ、あいつに構ってたらキリがない」


沸沸とこみ上げる苛立ちと共に、夏は実家の神社から出た。


いつもどおり裏の林を抜けて、その先のバス停からバスで約十分程、その後、街に出る予定だ。いつもと同じ通学路、同じ過程である。

しかし、林をしばらく歩いたところで、夏はそれがいつもと同じでないことに気がついた。

一本道を歩いて数分後。きゃっきゃっと子供が走り回るような笑い声が聞こえ始めたのだ。

実家の敷地内ということもあり、普段からこの道には自分以外の通行人は無い。ましてや、子供など今まで一度でも出会ったことがない。

訝しげに辺りを見回して間もなく、夏はぎょっと目を見開いた。


(な、なんだあれ…!)


その目に映ったのは、一尺ほどの小さな身体をした不可思議な生き物たちだった。

裸に白ふんどしの顔に大きな目ん玉が一つだけ付いている奴、また、顔面に御札のようなものを張り付けた奴など、様々な外見をした小さくて不可思議な生き物が数匹、追いかけっこをしていたのだ。

体は異様に小さいが、見る限り我々人間と同じような造りにも見える。

なんとも奇妙な光景に、夏の体はカチンコチンに冷え固まった。

昨日までは、確かにいなかった。つまり、見えなかったはずのものが、水姫が現れたことによって見えるようになった…ってことか?


(お、落ち着け夏……あれも、きっと神様の類に違いない。水姫と同じ、水姫と同じようなバカ神…)

『誰が馬鹿だとー!』

「ヒッ!」

『バカはお前だ! バーカバーカ!』

「うわああっ!」


さっきまで走り回ってたはずのチビ神が、気がつけば足元にいた。

夏は反射的に飛び跳ねると目にも止まらぬ速さで走り出す。


(なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよアレ~~~~~~ッ!)


この道をこんな猛スピードで進んだのは初めてだった。

結局、いつものバスより一便早いのに乗り込んだのである。




***




バスから降り、夏はしきりに前後左右を挙動不審に気にしながら、やっと一息を着いた。

さっきの奴らはここまで来ていないらしい。

水姫は部屋で縛ってある。


(よし…!)


今度こそ安心安全快適ないつも通りの通学路に……


「うわああっ!」


夏は顔を真っ青にして目の前の存在から後退る。

街のど真ん中であるにも関わらず大声をあげた夏に、バスから降りてきた人達は訝しげに凝視した。何事と言わんばかりに自分を見てくるということは、やはり周囲の人には “これ”が見えていない。つまり……


(神サマ、か)


夏は冷静にも気づいてしまう。


そう。

バスから降りた直線上にあるベンチに腰掛けながらキセルを吸っている、平安時代の貴族を連想させる服装をしたコイツは、神霊かみだ。

目もとには札と思わしき何やら達筆な字が描かれた紙切れを巻いていて、若草色を基準とした平安装束を身に纏い、極めつけには頭に青々とした茅草を輪冠のようにして付け、左右の耳元には米の生った稲を付けていた。

なんとも現代の街中には不釣り合いな存在である。


(……にしても、こいつ……)


目もとを隠していようと、何故かわかってしまう。穴があいてしまう程に、俺を凝視している。

身構えていた夏だが、相手はこちらを見つめるばかりで微動たりともしないことに気付き、少しずつ構えを解くことにした。

見られてはいるものの特に何かが起こるわけでもなく、予想に反してその場は淡々としている。


(…これは、何ごともなかったかのように歩き出すのが得策だな)


過剰にも叫んでしまった手前、見えてませんの言い逃れは聞かない。ならば、いっそ他人のふりをすればいいのだ。

夏はすぐに行動に出た。わざとらしく腕時計で時間を覗き、「やべ、もうこんな時間だ」なんて独り言をボヤいてみる。

ここから早々に退き、電車に乗り込めばゲームクリアだ。

そう心の中で作戦を組み立て、行動に移した。

………が、何故かはわからないが、そいつは俺の後ろをついてきた。

夏は背中に冷や汗が伝うのを感じながら、さりげなく歩く速度を早めてみたり、普段は通らない道を通ってみたりを繰り返した。

──しかしそれも無念。

何度振り返ってもそいつは俺の後ろにいた。


(こ、怖ッ…!? マジでどうすりゃいいの!?)


普通に怖いよ! 顔見えないし! まずオーラが怖い!

夏はガタガタと震えながら、心の中でやっぱり水姫を連れてくるべきだったと後悔した。こんなの、知識も耐性もない俺一人でどうにかできる問題じゃない。


落ち着け。

そう心に何度も諭す。

あれがなんの神サマかは分からないが、もし俺が何かに祟られるようなことを仕出かしたのなら、謝るのが最善の選択だ。土下座でも下駄磨きでも何でもしてみせる。

…プライド? そんなもの俺には必要ない。世渡りはこの世で生きていく上で最も不可欠なものだ。下っ端は下っ端なりの誠意とやらを見せるのが礼儀であり、上に立つものを立て、下の者は下の者なりにつつましく生きる。決して上のものよりも目立ってはいけない。"安寧秩序第一"………!!


「あ、あのぅ…」

「オマエ神憑カ」

「!」


…驚いた。見かけによらず随分と可愛らしい声で喋り出した神に夏は息を呑む。


「水ノ鼓動ヲ感ジル…オマエ、神憑ダナ」


どくん、と心臓が波打つ。

水の鼓動とは、水姫の心臓が自分の中にあることを表している。

途端に焦燥感が夏を襲う。


(もし…仮にここで神憑であることを明かした場合、どうなるんだろう)


どっちに転んでも先が見えない──しかし、だからと言って黙秘がベストアンサーとは言い難い。目の前の神からは殺意に似た何かをも感じる。

夏はこの時、何故よりにもよって人気の少ない公園に足を運んでしまったのだろうと後悔した。


「オマエ、カカ様ノ気配モスル。オマエ、何者ダ」

「は、カカ様…?」

「オマエ、」

「おーい、お米様ー」


どこからか男の声が降ってきた。

突如として緊張感が断たれて、反射的に振り返れば、そこには金髪の……いかにもチャラそうな男が立っていた。長い前髪をヘアピンで頭上にまとめ、耳にはピアスをつけている。夏が一番関わりたくないタイプの、いわゆるパリピな男だった。

男は、自らが"お米様"と呼んだ神と夏を交互に見ると、不思議そうに首を傾げる。


「え、なに? どういうこと?お米様」


いっそのこと逃げ出したいのが本音だ。だが、緊張感が再び復活して、脂汗が滲む。

男は一頻り夏と"お米様"を見比べると、今度こそ夏に視線を移した。


「え、君、お米様が見えるの?」

「っ……」

「てことは同業? んー、でもおかしいね。憑き神がいないみたいだけど」


うーん、とわざとらしく唸りながら首を傾げる男から逃げ腰になる。伊達にヘタレをやっていない。何が危険で、何に近づいてはいけないかなど、本能が語るのだから。

すると男は途端に人懐っこい笑顔を咲かせる。


「ねえ、君~。どうして“コイツ”が見えるの? もしかして………神憑?」


耳元で低い声が囁かれる。




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