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現し世の鑑  作者: 葵日野
第二章:神憑
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怪訝





聞きたいこと言いたいこと沢山ありすぎて言葉が出ずに、手のみが踊ってしまっている夏を見て、水姫はハッとする。手のひらにポンッと手槌を打った。


「そうでしたね。大事なことを言い忘れていましたが、夏様に勝ち取って頂きたい月は神無月──十月です」


水姫の口から出たのはまた全然違う話で若干イライラしながら「は? 十月?」と首をかしげる。


「はい。先程申し上げたとおり、月神となった暁には然るべき場所で暦を管理していただくことになります。それが、神無月の場合、出雲大社なのです」

「なんで十月なんだよ。お前水の神様だろ? 全然関連性がないじゃん」


夏の言葉に、水姫はピタリと動きを止めた。

その表情は、まるで、自分にとって都合の悪いことを言われたかのようで、夏はそんな水姫を妙に感じ振り返るが、次の瞬間にはいつもどおりの人懐っこい笑顔の水姫に戻る。


「神無月には、毎年日本全国の神々が集い、一年のことを話し合う『神迎祭』が行われます。神在祭とも言われていますね。これは聞いたことがありますか?」

「ま、まあ、聞いたことくらいは…」

「では、何故出雲に集うかはご存知でしょうか?」

「んー……豊作の季節だから、とか?」

「近いですわ。正解は、日本の総ての神々の長が出雲に住んでいるからです」

「近くねえ」


普通に不正解だよとツッコミを入れれば、水姫は楽しそうにクスクス笑う。


「総ての神のトップってことは…やっぱ、イザナミとかイザナギか?」

「まあ、よくご存知で。ですが答えは『いいえ』ですわ」


 そこで夏は先ほどの会話を思い出して「ああ、イザナミはもう死んでるんだっけ」と首を傾ける。それに水姫は再び笑った。


「いいえ、イザナミ様ほどの神格の持ち主はたった一度の死では亡くなりません。そうではなく、人間界にはいらっしゃらないのです」

「は?」

「人間の世……現し世があるように、神にも神の世があるのです」


“『高天原』”。

その一言を、水姫は強調して言った。


「その神だけが住まう世で今も尚活躍されていますわ」


神様だけの世界、『高天原』。

そんな世界があるというだけで夏の顔は歪んでいく。

水姫の語り具合を聞く限り神様と云うものは案外個性的な集団のようだし、きっとイザナミとイザナギは今でも喧嘩という名の戦争を繰り返しているに違いない。死んでも関わりたくない。


「これでアマテラスとかまでヤバかったら日本終わったな…」

「ああ、アマテラス様といえば、先日の神々新聞でまた喧嘩で神門を壊したと書いてありましたわね。無事に修復は終わったのでしょうか…」


………耳を疑うような情報が耳を劈いて、夏は小さく「日本終わった」と呟いた。


"神々新聞"と呼ばれる不可思議な情報メディアにもツッコみたいが、何よりも日本を代表する太陽神が喧嘩で門を壊すって……。

もし神界にも器物損壊罪なるものがあるなら、太陽神の名誉も何もないだろう。手錠を締められ連行される太陽神の姿が脳裏を過る。


夏は途端に襲う頭痛に頭を抱えた。

予期せぬうちにとんでもない面倒ごとに足を踏み入れてしまっていたような気がする。

このままではダメだ。この女から与えられっぱなしの混乱に混乱が上書きされて情報整理が追いついていない。


「ですが、彼らは何れも神界でのトップでございます。人間界には人間界でのトップがいる……それが月神になります」


水姫が夏の手を包み込んだ。

そして、まっすぐと自分を見つめてくるこの目には覚えがある。希望の眼差しだ。


「正直にいってしまえば、神憑など目に見えないだけで全国各地にゴロゴロ存在する。そんな中月神になれるのはたった十二人のみ……。千載一遇のチャンスなのです、夏様!」

「は…?」

「神無月の月神は事実上現し世のトップ! 人間界に存在する全ての長となるということ! 神装束を身に纏い、神々を洽く神々しくも思慮深い御心を忘れない──私はそんな存在になっていただきたく…」

「あああああああ!」


頬を赤く染めながら夢を語りはじめた水姫の言葉を遮る。

夏に理想像の口述の邪魔をされた水姫は、不服そうに唇を尖らせた。


「もう、なんです?」

「なんです、じゃないわ!神の長!?ふざけんな!そんなんなるか!!」


夏の拒否を現す言葉に水姫はぎょっと目を丸くした。慌てて夏の袖を掴み抗議の目を向ける。


「なっ、何故ですか! 神無月の月神は皆の憧れ!全国の神憑の殆どが目指すとされる、最も倍率が高い人気月なのですよ!?」

「知るか!人気とか人気じゃないとか関係ないんだよ、俺には俺の生活があるの!大体、せっかく大学通い始めたってところなのに、そんなのやってられるか!俺は勉強で忙しいんだよっ」

「ご安心下さい夏様!神無月の月神になったあかつきには、労働活動など不要!衣食住に不自由などなく、三食昼寝付きで、資金は底なし沼でございます!」

「わ〜すっげえ最高じゃんってバカ野郎!!」

「きゃあ!」


縋り寄ってくる水姫を弾き飛ばして夏は荒々しく立ち上がった。何が何でも認めないとばかりの仁王立ち。水姫は殴られてもいない頬を抑えながら再び夏に抗議の視線を送った。


「何故ですか夏様!」

「親にはなんていえばいいんだよ!“就職先決まったんで家出ます!出雲で神様やってきます!”ってか!?」

「素敵にございます!!」

「バカ野郎!!!」


話にならんとばかりに、昨日作成した巨大ハリセンで水姫の頭を殴る。バチイィン!!と大きな音がしたが、これがたいして痛くないのだから不思議な道具である。

我が家とて拙いが神社だ。邪気払いの神具などは一式揃っているため、相応のものを用意しても良かったのだが……正直、そこまでしようとは思わない。曲がりなりにも命の恩人だ。俺もそこまで鬼ではない。

つまり、現状として これ(ハリセン)が、水姫撃退用の辟邪具へきじゃぐとしては最適なのである。


水姫は過剰に痛がって上目遣いで見てくるが、そんな事に靡きはしない。痛くないのを知っているからだ。夏はため息混じりに頭を掻いた。


「悪いけど、本当に無理だよ。俺には家族がいるし、医学部通ってんのも、単に将来性があるからじゃない。俺の夢だからだ」

「夏様…」


それだけいうと、夏は鞄を持って引戸に手を掛ける。そして、勢いよく振り返ると人差し指をビシッと突きつけた。


「月神がなんだか知らないけど、とにかく俺はパスだから! てことで大学行ってくるから、ついてくるなよ」

「ええっ!? 無茶です夏様!神憑が神を突き放すなどっ…」

「はあ?」


また妙な演技をしてくる水姫に顔を顰める。


「片時も離れてはなりません…! いえ、離れられません。私たちは、片時も……」


水姫は顔を青くして夏にしがみついた。離れんとばかりに強く腕を抱きしめる水姫に、夏ははっと目を丸くする。

昨晩の水姫の言葉が脳裏に浮かぶ。


『神憑となった人間は生涯"人間"に戻ることはできない。もしあるとすれば、神が人間から自らの命を自らの身に返した時だけだ』


それはつまり、事実上の“死”を意味する。

俺が生きていられるのはこいつ──水姫の命が体の中にあるからで、もしかしなくても、水姫が俺から離れた場合、俺は死んでしまうのではないか…?


(血を分けたも同然の存在……)


漫画によくある展開で、ふたりで “ひとつ”の命であり、常に側にいなくてはお互い生きられない…とか、そういうやつなのでは──。


夏は段々と血の気が引いていくのを感じた。

…もし、もし本当にそうなのだとしたら…


「………う、嘘だろ?」


そんなわけないよな。

夏は嘆願するように水姫を見つめた。

だって、もしそれが本当なら、自分に“自由”なんてないのだから。

緊張した様子の夏を一瞥し、水姫は苦し気に胸を押さえた。


「はい……私、常にお傍にいないと寂しくて死んでしまいますっ!! あれですわ、私と仕事どっちが大事なの!?のアレですわ! もういっそのこと大学など辞めて二人で出雲に住みましょう!!」

ダンッガッギュッ───!


夏は自前の器用さで水姫をあっという間に縛り上げ、壁に釘で貼りつけた。目にも止まらぬ速さである。


「いーーやーー! 夏様ぁーーー!解いてくださいいい!」

「うるさい黙れ。


…いいか、ついてきたら───殺す」



ピシャリ! 引戸が勢い良く閉められる。

鬼の様な血走った目で睨み付けられて、水姫は滝のような涙を目に溜めた。



「ふえぇ……夏様あああ! カァムバックですぅぅぅ!!」



その叫びは誰にも届くことはなかった。





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