128 終幕へのソナータ - 12
「……一応、理由を聞いても?」
「俺の大事な弟と、その恋人になるはずだった2人に、これ以上命を背負わせたく無いから」
「……ふむ」
「命は重い。カタチは無くても、驚くほど、重い。それは重量では無く、質量でも無く、存在しないのに存在する重みだ。そしてそれは本来、転生した俺たち全員が、分担して背負うべきだったはずのもの」
これまでに無く、イル・バガットは真面目そうな、苦しげな表情で語る。
「それをあの2人は、あの2人だけで背負っている。九龍院の正義のもとで行われた殺しでは無く、自分たちの理屈や都合を押し通すための殺しだ。人はそれを殺戮と言う」
「…………」
「あれだけの人数の命は、2人で背負うには重すぎる。本来全員で背負うべきはずなんだ、なのにあの2人は……」
「貴方は、暁人様と玲華に、これ以上命を背負ってほしくないんですね。だから私に頼んでいる」
「そうだ」
「何故、私に?」
シシィは無表情にそう聞いた。
逸らすことなく彼の瞳を見つめ、その奥の真意を探ろうとする。
「……君は」
「?」
「君は残すべきだと思ったから」
「はい?」
「だってどんな神様とでも対等に話す権利が与えられているんだろう?どのタイミングでヴァーニアが死ぬかわからない。ヴァーニアの死を見届ける前に他のみんなを殺して【あちら】に返すことになったら、君がいないと話にならない。だから、君を選んだ。話にならなきゃ困るから」
「…………」
────感情論じゃなくて、本当に理屈。最適解がこれじゃないかと思考した結果の人選。
「──っ、はは」
「???」
「あっはは!そっか!うん!わかった!」
「えっ、嘘!?了承された!?」
「うん、了承しました!いいねですね。でも人殺しは期待しないでくださいよ。私、さっきも言った通りただ神様と話せるだけの凡人ですので」
「そこはいいさ、確実に彼女を消せるのならなんだって。基本は僕が引き受けます。情報収集班だって、殺しのプロですから。──ただまぁ、数人は任せるかもしれない、それは念頭に入れておいてくれると助かります」
「了解です」
シシィは笑って言った。
良い、面白い。
考えていたのはそんな簡単なことだった。
英雄ジークフリートを知っているだろうか。
【箱】に論文を持ってきた当主から言われたのはそんな一言だった。
当時高校生相当の年齢だった美沙夜には、ジークフリートの名前すら聞いたことがなかった。
わからないです。
確かそう言った気がする。
別に知らないことを怒られるわけじゃ無い。その後、軽く説明されただけ。
あらゆる人の願いを叶え続けた英雄ジークフリートは、その果てに、願いを叶え続けた“人”から、己の死を望まれた。
貴方たちの願いを叶えるために頑張ったのに、頑張ったその果てに、願いを叶え続けた人たちにこそ裏切られた。
自分たち九龍院は、彼の理念に敬意を持って、九龍院というのだ。
世界の、ただ生きたい人が生きられる世の中にするために、悪を裁くための【悪】になる。その旅路の果てに、自らを殺すことになろうとも。
その時はわからなかった。
当主が何を言っているのか。
でも歳を重ねるごとに、その言葉の“重み”に押し潰されそうになった。
だって。
だってそれじゃあ……
「世界のために傷ついた、血まみれになった、貴方たちが……貴方たちだけが、幸せにならないじゃない!!!」
叫んだ。
力の限り叫んだ。
どんなに叫んでも、誰も彼もが……
「そんなの、言われなくてもわかってる」
そうやって苦笑いしながら言うのだ。
「ならなんで!?」
「だって」
「「「「「生き続けたい人がいるから」」」」」
じゃあ貴方たちは?
何度問うても、いつだって自分たちの命はいらないと、どうでもいいと、言う。
馬鹿言わないで。
その『生き続けたい人』が、貴方たちが『守り続けた人』が──『彼ら』が、貴方たちに向けた刃は何?
『嘘つき』
『人殺し』
『視えてないくせに』
『出来もしないくせに』
『愚か者』
『人でなし』
『鬼子』
『忌子』
そんな罵詈雑言を浴びせ続けて貴方たちを虐げ、虐めて、嗤って、嘲笑していたくせに。
いざ命の危機が迫れば
『なんとかしてよ』
『なんで助けてくれないの?』
そればっかり。
そんな人間のために、なんで?
「なんでそこまで、自己犠牲を躊躇わないのよ!?もっと、自分のために生きてよ!散々嘲笑ってた連中を見返してやりなさいよ!もっと、もっと!」
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!
「生きることを、諦めないでよ」
人のため。
誰かのため。
褒めてもくれない、お礼も言ってくれない、ただ当たり前だと受け入れる。そんな人間どものために。
命が果てる最後の瞬間まで、血を被り血に塗れ血を吐きながら戦った貴方たちの。
「幸せは、何処にあるの──!?」
【箱】の中では、誰も返事をしてくれない。
ねぇ、答えてよ。
いつも散々、好き勝手に話しかけて。
私を孤独にして、でも独りにしてくれなかったあんたたちは、神様でしょ?
カミサマ、なんでしょ!?
「なんで、九龍院ばかりが苦しまなくちゃいけないの!?なんで九龍院ばかりが、護っているはずの人たちから、殺されなくちゃいけないの!?」
答えてよ。
「なんでなんでなんでなんで!!!!!」
答えてよ。ねぇってば!
「お願い、こんな能力、九龍院のために使うくらいしか……そのくらいしか、無いじゃない」
こた、えて。
「そうじゃなきゃ……なんで私は、生きているのか」
こたえてってばぁ……
「わかん、ない、でしょ……」
────嗚呼、そうか。
「…………みんなも、同じなの?」
人の身に余る能力。
力、才能、魔力、魔法……
そんなもの。
「抗う術を持たない人のために、使っていたの?」
じゃあ、じゃあ私は……
「何のために、使えば良いのよ。神様と話せる能力なんて」
私も、九龍院なんだから。
みんなみたいに……みんなみたいに、誰かのために──いいえ、誰かのために頑張る、みんなのために、使いたい。
そんな時だ。
「九龍院の人間を助けるために、君の能力を貸してくれないかい?」
そんな言葉に、考えるまでも無く、即答した。
「いいわ、どうすれば良い?」
それが、全ての始まり。
多くの仲間が死に、【こちら】に転送された、悲しくも愚かな物語の、誰にも語られることのなかった、序曲よりもずっとずっと前の話。
誰の役にも立たず、なのに誰よりも偉そうに、何もしないで生きていた美沙夜。
そんな愚か者が背負うには、最高の罪だ。
美沙夜ちゃんも、悪い子ではないんです。
ただ生きづらくて、生きづらいからもがきたいのに、そのもがき方がわからなくて。わからないから、わからないなりに頑張った。
でも結局、多くの人を──守りたかったはずの仲間を、傷つけてしまった。
自分は、何の責任も、何の罪も、何の怪我も、何の痛みも、背負うこと無く。
だから笑った。
だってやっと、みんなと同じになれるから。
誰よりも強力で誰よりも無力な、頑張り屋さんです。
次回更新は約2週間後、7月16日の12時です。
よろしくお願いいたします!




