129 君に捧ぐノネット - 1
「ね、ぇ」
玲華は、掠れかけた歪な声で従者たちに声をかけた。
何の疑いもなく、マリンが、アラドが、ベンクが、振り返る。『どうしたんだろう?』そんな表情で。
「……っ」
何故。
何故そんなにも、平然としていられるの?
「わたしは……!」
涙の滲んだ目で、目の前の3人を見つめる。
これから起こること、何をされるのか。それら全てを理解しているような、そんな表情で。
「私、は……「姫様」」
「なにも、言わないでください」
「どうして……」
「なんとなく、わかって、いるんです」
寂しそうな泣き笑いで、マリンが言う。
「だって、私──知らないから」
「???」
「私は、ずっと姫様専属のメイドだったはずです。いかに執務には関わらないとはいえ、姫様の部隊の部下の顔を1人たりとも知らないのは、おかしい」
「ぁ……」
「顔を合わせて、挨拶をしようとした途端に、口からはいとも容易くその方の名前が出てくるし、どう接してきたかの記憶が思い出せるんですよ──今になって思えば、急遽記憶を補填するみたいに」
うんうん、と、アラドやベンクも頷く。
「レイカ。俺たちに会ったばかりの頃、自分の護衛になってほしいと、貴女がおっしゃった時のことを覚えていますか」
「……えぇ」
「俺たちは元々、『女帝』所属のはずでした。でも、おかしいですよね?俺たち、見習い騎士を卒業してすぐに『女帝』に配属されたはずなのに、『女帝』の組織内部にどういった問題があるのか知っていた」
「だって、それは」
「貴女は1週間療養していた」
────ぁ。
「俺たちが見習いを卒業したのは今年の6月。貴女が事故に遭ったのはその1ヶ月後。正式に護衛の任に就いたのは事故から2週間後でした」
「1ヶ月半で組織の問題点は、おそらく洗い出せない。配属されて、でもあまり来ない仕事をゆっくり覚えて──あっという間の1ヶ月が過ぎたら貴女が事故に遭い、1週間療養して。そんな状況で、知っているはずがないんですよ」
だって、ほら。ただでさえあまり仕事が回ってこない部署ですし?
人懐こい笑顔で小首を傾げて笑うベンク。
ぐちゃぐちゃと情報が混ざり合う。
「何で知っているのか、自分でも分かりませんでした。この1ヶ月間大した仕事はなく事務作業をこなしていた。なのに何故一部の隊員同士で勢力争いが起こっていることを知っていたのか……ベンクといくら話しても、『見た記憶はないけど知っている』以上の情報が出てこなかった」
「記憶に齟齬があるって言ったら、伝わりますかね?何故か、1ヶ月間の記憶はちゃんとあるのに、“覚えのない記憶”まであるんですよ。それが本当に、気持ちが悪かった」
「その違和感の理由が、聖女様の言葉で納得できたんです。嗚呼そうか、“今まで無かったものを急遽補ったのか”、と」
────嗚呼、嗚呼。
「私も、みんなも。疑問に思いながら“それが疑問だと思わなかった”」
「だから、いいんです」
マリンが満面の笑みで、玲華を抱きしめる。
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「貴女の旅路のために、どうか」
躊躇わないで。
「……っ、ぅ」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「あ、りが、とぅ……」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
スッ、と離れたマリンが、玲華の目元の涙を拭った。
「姫様……いいえ、レイカ。どうか負けないで。そしてどうか、貴女の生きるべき世界で、長生きして幸せになってくださいね」
その言葉に頷きながら、玲華はそっと右手を前に伸ばした。
城下町の人間たちにそうしたように、彼らに刃を突き立てるような殺し方はしたくない。
やるのなら、欠片も痛みを感じないような方法が良い。
「──ありがとう、マリン、アラド、ベンク」
3人の周囲が金色に輝き出す。
「大好きよ、ずっと」
3人の笑顔が、金色の光に消えていく。
「──あいしてる」
玲華の耳には、確かに。
「私もです、レイカ」
そう、聞こえた気がした。
3人が立っていた草むらの上に、ぽとりと、3つの石が落ちる。
ベンクの黄色い石。
アラドの赤い石。
マリンの青い石。
玲華の握り拳よりも大きな石。
肉体も、魂も、命そのものを凝縮して、包んで、大事に大事に封じ込めた宝石。
3つ揃えて抱え上げて、ふぅ、吐息を吐き出した。
「もう、躊躇わない。絶対帰るんだから」
もう涙はこぼさない。
だから──
今だけはどうか、見逃して。
【次回更新】
7月30日 12時
【転生者】
1. 九龍院玲華
2. 九龍院暁人
3. 九龍院秀夜
4. 九龍院洸一
5. 九龍院修二
6. 九龍院桐人
7. 九龍院鏡花
8. 九龍院美沙夜
9. 【献上】九龍院浩二




