125 終幕へのソナータ - 9
【花影のさくら】
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完結済みの小説です!
お時間がある時に、ゆっくり読んでいただけると嬉しいです!
目を、覚した時。
そこは知らない場所でした。
見たこともない天井、見たこともない部屋、見たこともない家具、見たこともない服、見たこともない──自分の、顔。
きっとどこかの町娘。
けれどまったく覚えなど無くて。
「……ここは、何処……?」
思わず溢れた言葉を紡いだその声は、まったく知らない人間のもので。
吐き気が、した。
おはよう、と声をかけてくる夫婦も知らない。笑顔で声をかけてくれる子供たちも村の住民も知らない。
みんなみんな、私は知らない。なのに向こうは知っている、みたい?
────何これ、何これ、何これ、何これ!?
わかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんない!!!!!
神様、私は何かしたでしょうか?
ただ、歩いていただけ。
ウィンドウショッピングをしながら、そういえば好きなコスメブランドから春の新作が出てたなー、なんて思いながら、デザインと色と値段の偵察をしに行こうかな、と歩き出した。
ただ、それだけ。
九龍院の仕事が久し振りに休みの、ただの休日。そんなはずだった。
目の前で家族が殺されていて、泣きじゃくる子供を庇ってもう1人女性が死んだ。即死だと思う。別に医療に詳しくないから、全然わかんないけど、すごくたくさん、血が流れていた。顔はよく見ていない。子供の顔の向こうだったから。
「えっ?」
思わず声が出た。
周囲にいた野次馬が、家族が、蜃気楼のように景色に溶けて、消えてしまったから。残されたのは女性の遺体と鮮血だけ。
幻想?幻覚?魔術?魔法?
色々考えたけれど。
女性の首を刺し貫いたナイフ。
その刃がなぜか、私に向いて。
気がついた時には、喉にナイフが突き刺さっていた。
今際の際に見た、首の無い女性の身体は誰のもの?
泣きながら歩いて、泣いて泣いて、叫んで、咽び泣いて、絶望して、死を望んで。
でも死ねなくて。
そんな時、ある男性に声をかけられた。
「何してるの?」
叫び過ぎて喉が潰れた私は、声が出せなかった。
「声が出せないの?字は書ける?」
なんとなく無意識に指でなぞった文字は、自分でも訳のわからない記号。意味のわからない記号なのに、なんて書いてあるのかが読める。そういう、意味のわからない。
泣き腫らした目を見て、青年は言った。
「思い出すまで、一緒に旅でもする?」
青年はリオと名乗った。
皇城勤めの使用人だけれど、今は有休消化のために気ままに旅をしているのだそうだ。
旅。
何も知らないこの国を見て回るのも、悪く無いと思った。
青年に頷いて、目が覚めた家に戻った。
親と思しき夫婦が心配そうに見つめていたけれど、そっと笑顔を返して、目覚めた私室へ。
机の上には、大きなバツが書かれた便箋が沢山あった。途中で書き損じたものらしいことは、目が覚めた直後に確認している。
宛名は全て、同じ人。
だからこれから綴る手紙も、同じ人宛。
この身体の持ち主は、この手紙を出した相手のことを、好いていたのかもしれない。けれど今の私には、この宛名の人がどんな顔なのかすら、わからない。
『ベンクへ』
そう綴る自分の字は、書き慣れないからか酷くガタついている。
彼が一番、この身体の持ち主に未練を抱かない文章はなんだろう。急にいなくなった人が残しておく手紙と言ったら、『探さないでください』が一般的な気がするけれど、探すなと言われても普通は探すものだ。
じゃあ、いなくなる理由を書けばいいか。
いなくなる理由、いなくなる理由、いなくなる理由……
思いついたのは、他に好きな人ができました、系の文章だけだった。最近見たアニメでそういうシーンがあったから、その影響でこれしか浮かばなかった。
さっさと書いて、部屋を軽く探し、お金と鞄を見つけて外に出た。村の広場の中心にある噴水の前でリオは待っていて、駆け寄る。
「お、来たね〜行こっか」
村の住人の視線が刺さったけれど、まったく気にしなかった。だってもう、誰の顔も知らないから。
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旅を終え、仕事に戻るリオにくっついて皇城勤めの下働きになった。任されたのは厨房で、厨房勤め以外の人とは滅多に合わないけれど、第1皇女様の侍従の、さらに部下をしているリオから、お菓子やお茶のリクエストをもらうことが多かった。
指示通りに用意して使用人控え室に持っていけば、リオは嬉しそうに出迎えてくれる。尻尾の生えた犬みたいなリアクションをよくする男だな、と、その頃には思うようになっていた。しば犬系の尻尾が見えるのだ。
第1皇女様のお茶に付き合うようになった頃、だろうか。第3皇女の奇行を耳にするようになったのは。それから間を空けないうちに。
「結界……」
【神々の泥】とやらが迫ってきて、人がたくさん、亡くなっているのだそうだ。城にもたくさんの国民が逃げ込んできていて、反対に使用人たちは外に出て、慌てふためく国民を落ち着かせるために走り回っている。
私も、その1人なわけです。
男性に水を渡して、城の中に誘導して、泣いている子供に声をかけて──仕事は尽きない。一通りの報告のためにリオの元へ行き、状況と追加の指示がないか質問をしていた。
そんな、時。
「えっ」
背後から、声がした。
「ん?」
「リオ?」
立ち位置的に私の背後が見えていたリオが、声を上げた人に意識を向けたので、私も振り返る。
そこには、紫と黒が混ざった独特の髪色をした青年が突っ立っていた。避難誘導もせずに何を?とも思ったけれど、その視線はバッチリ私に向いている。
「アー、ミィ?」
その言葉にハッとする。
それは、目が覚めた時に村中からかけられた言葉だったからだ。
『おはよう、アーミィ』
『今日はいい天気だよ、アーミィも一緒に、散歩にでも行くかい』
『おや、浮かない顔だねアーミィ』
『どうしたのあーみぃ、げんきないの?』
『あーみぃ!どこいくのぉ!?』
『あーみぃもあそぼうよぉ!!』
『どうしたんだいアーミィ、酷い顔色だよ?』
思いもしなかった。
きっとその言葉は、この身体の持ち主の名前だったのに。意識を向けることもしなかった。
「君のこと?アーミィって」
「た、ぶん……そう……」
「行ってくれば?こっちは平気だからさ」
「うん、ごめんね」
「いってらっしゃーい」
そう言って送り出したリオに軽く手を振って、歩み寄る。
一連の流れを見ていた青年は、震える唇のまま言った。
「彼が、好きになった人?」
嗚呼、やっぱりそうだ。この人が。
「ベンク、さん……ですか」
私には記憶がありません。
それをわかってもらうのに、一番わかりやすいのは『他人行儀に名前を呼ぶ』だと思うのだ。
今までニックネームやら呼び捨てやらで読んでいたはずなのに、急に名字にさん付けとか。あれ?おかしいな、記憶無くなった?みたいな感じ。アニメとかドラマとかでよくあるやつ。『ボウヤ、誰?』的な。
例に漏れず、この青年にもちゃんと伝わったらしい。
「もしかして、記憶が、無いの……?」
「はい」
「…………」
青年が顔を顰めた。疑っているのかもしれない。
本当に記憶がないんです!って、言い募ろうとした時。
「ねぇ」
先に、青年が口を開いた。
「アキヒトとレイカって名前に、心当たりある?」
「!?」
驚きで目を見開いた。
なんでこの人からその名前が出てくるの?
アキヒト。字は【暁人】で合っているだろうか。
レイカ。字は【玲華】だろうか?
それならば。
「知ってる、わ」
「そっか、なるほどね」
急に出て行った(ということになる)私に詰め寄るでも、怒るでもなく、青年は文字通り、なるほどね〜!って表情で頷く。
テストで解けなかった数式を、改めて先生に解説されて納得した、みたいな表情だ。腕組んで頷いてたら100点満点じゃない?知らないけど。
「なら納得。今さ、時間ある?2人のところに──」
「ああいた。ベンク、何をしているの」
「あっ、レイカ!丁度いいや!」
ベンクに声を掛けたのは、私の見間違いじゃなければ第3皇女のレイエンフィリア。件の奇行が目立っていた皇女のはずだ。そんな彼女を、ベンクは『レイカ』と呼んだ。
────ま、さか。
私と同様に、この世界に転生した人がいたのだろうか。まさか自分が何処かに転生するなんて、考えたこともなかったから──というか誰が想像するの?──他の誰かの可能性なんて考えもしなかった。
それも、あの殺しの天才が。
それならば奇行も納得かもしれない。
九龍院玲華のことは、名前と噂くらいしか知らないけれど。
「ねぇレイカ、この人も転生者だったよ」
まさかこの世界の人の口から『転生者』というワードを聞く日が来るとは。
「そうなの!?」
「うん、故郷に残してきた恋人の話、したでしょ?帰ったらいなかったやつ。それが彼女だよ。向こうでの名前は、まだ聞いてない」
「そう……えっと、はじめまして?九龍院玲華です。今はこの国第3皇女、レイエンフィリアですが」
「厨房で下働きをしています……えと、名前はパルフィ。向こうでの名前は、九龍院鏡花。婚約者候補にも入っていないオバサンです」
「鏡花さん……!名前はもちろん知っていますよ!医務室で龍平先生のお手伝いをしていた鏡花さんですよね!」
「あー、ええ。まぁ。こんな20代に転生して、自分でもびっくりしてます……」
九龍院鏡花、36歳。
非戦闘員で、九龍院を学校に例えるなら保健室の先生の補助みたいな仕事をしていた。
なーんでこんな私が、転生したんですかね?
ただのドラマとアニメとラノベが好きな、結婚もできないオバサンですよ?
鏡花さんは自分に全然自信がないので自分のことを自分でオバサンとか言っていますが、まったくオバサンじゃないのでそれ以上言うと私が怒ります。年齢は所詮、ただの背番号。数が幾つであれ、輝ける瞬間は誰にでも等しくあると思うのです。
次回更新は2週間後、6月18日の12時です。
新たな仲間が加わりました(加わったのか?これ)。
次回もよろしくお願いします!




