123 終幕へのソナータ - 7
「イル・バガット!」
見覚えのある後ろ姿に、キリルは息を切らして声をかける。
「良かった、見つけられて」
「やぁ、キリルくん。さっきの騒ぎは君たちかな?」
「そんなところです。薔薇園に来ていただけますか。殿下が策を練りたいとおっしゃって……」
「易々と僕の結界に穴をあけてくれたもんねぇ。ちょっと頭にきたんだよ?宮廷魔術師総動員で編んだ結界だったのに」
「あー、それは、その……ソウデスネ」
「困るなぁー。みんな頑張ったのになぁー」
「あぁ、いやその、スミマセン」
暁人は慣れたように返答する。
いつものことだ、こうやって半分くらいしか思っていないことを、グチグチネチネチと言ってくるのだ。
当然ふざけて言っているのだとわかっているので、暁人も特に気にはしない。
しない、の、だけれど──
────あ、れ?
この感じには──こういう、軽妙なやり取りには、覚えがあった。
『……なんで』
『……いやぁ、そのぉ……』
『ぬぁんで!俺が!教えたのに!!こんな点数なんだ!?!?!?』
『ごめんなさい!!!』
『散々教えただろ!?モノ、ジ、トリ、テトラは法則だから覚えろって!なんでお前は後半ばっか覚えてんの!?』
『……ペンタグラムとかヘキサグラムはよく耳にするから……』
『モノレールとかテトラポットだって聞くだろうが言い訳すんな!あーもう!ぜってー期末では高得点取らせてやる。弟に勉強教えられずにどうやって化学教師になれるってんだまったく!!』
『兄さん怒った……?』
『いや?全然?』
『声張り上げておいて……』
『お前はまず反省しろ阿呆。モノからデカンまで完璧に覚えるまで夕飯抜きだぞ』
『サイテー』
『兄貴の担当教科で32点取った阿呆に言われたく無いね』
『まだ教師じゃ無いくせに……』
『あ“あ”ん?これから免許取るんだよ』
『ソウデスネー』
『……お前、将来的にヘキサクロロシクロヘキサンとか習うの知ってるか?』
『……!?……じゃ、ジャパニーズプリーズ!?』
『イッツジャパニーズ。カタカナ以上の日本語表記はない。覚悟しろ、似た名前のオンパレードだぞ』
『…………化学嫌いになりそう……』
『安心しろ、俺がさせない』
『畜生、兄さんがカッコいい……腹立つー』
『なんか聞こえた気がするけど?』
『ナンデモナイデース』
────あー待って、思い出したくない一連のやりとり全部思い出した。ちょっと待って、脳のリソースをそこに割かないで。
ちなみに期末では兄の意地のおかげで80点は獲得した。
「……ってそんなことはどうでも良くて!」
「どうしたのキリルくん?」
「あ、いえ」
いきなり叫んだ暁人を、イル・バガットは珍妙な生物でも見るかのような目で見ていた。そうなるのはわかるが、いざそんな目で見られると辛いものがある。
「気にしないでください……兄さん」
「…………」
返答はなかったけれど、その反応で暁人は確信を得た。この人は確実に、自分の兄──九龍院桐人だ。
不意を突かれると真顔になって黙ってしまうところなんて、まさしく兄じゃないか。
「やっぱり、そうなんだね」
「なんでわかった?」
「息をするように会話が成立したから?」
「感覚で生きてるねぇ、相変わらず……」
はぁ、と重くため息をついて、イル・バガットは表情を変えた。いつも意味もなくニコニコしていた表情が、困り笑いみたいな見覚えのある微笑みに変わる。
「そ、せーかい。俺はお前の兄貴、桐人だよ。バレるとは思ってなかった」
「俺も、兄さんがこっちに来ているなんて、思ってなかった……」
「なんでお前は自分で言っておいて自分でびっくりしてんの?まったくもー」
わしわしわしわしと、気恥ずかしさを誤魔化すように頭を撫でるのも。
「ちょ、兄さん痛いって!」
痛くないけど、痛いって頭撫で攻撃を止めさせようとするのも。
「わーるいわーるい。面白いし懐かしくってつい」
謝る気ゼロで、口先だけで軽ーく謝ってくるのも、全部、全部。
「……っ」
────兄さん、だ。
なんだか泣きそうだった。
嗚呼、目の前に血の繋がった家族がいる。
それだけで、お互いの孤独と痛みの傷を舐め合うように、玲華に、暁人に、依存し縋り合っていた自分たちが──まともな人間に、戻れたような気がして。
「暁人」
「な、に……?」
「全部聴いてた。ごめんな。俺たち転生者がみんなで背負うべき責任を、全部全部、2人に押し付けて。傍観していて」
「……っぅ」
辛かった。
痛かった。
苦しかった。
肺に流れ込んだ水を吐き出せないまま、浮上することもできずただ沈むだけ、みたい、だった。
目の前に彼女がいたから、理性を、人間性を、捨てずにいられたけれど。
本当は。
「つらかったんだ。苦しかったんだ。救われたかったんだ。逃げたかったんだ」
「うん」
「でも、あの子が──玲華が、誰よりも傷ついているから。誰よりも血まみれだから」
「うん」
「そばにいて、あげたかった。守りたかった。愛したかった。抱きしめてあげたかった。救い上げたかった」
「うん。わかってるよ」
話しながら溢れた涙を拭いもせず、暁人は桐人を見た。兄の表情をした彼は、優しく、優しく、微笑んでいて。
「暁人、なんとしてでも帰ろう。ここからは反撃の狼煙を上げる時だ」
涙を見せるのは、これで最後にしようと、胸に誓った。次に流すのは、【あちら】に全員で無事に帰った時だ。
絶対に。全員が、無事で帰る。
そのために、策を練るんだ。
右腕で涙を拭って、暁人は顔を上げた。
「行こう、玲華が待ってる」
次回から最終決戦です。
と言ってもあっという間に終わらせますが。
戦う、というよりも、終わらせる、という表現が合っていると思います。頑張って書き綴ります。
前回の更新時にちょっとタイミングがずれてしまいましたが、GW連続投稿の小説が連載・投稿されています!
タイトルは【花影のさくら】。
やさしくて、やわらかくて、ちょっと切ないけれどあたたかい物語です。鬱要素なし!戦闘シーン無し!
そして本日(5月7日)【完結】します!
【最終話】が掲載されるのは本日21時ちょっと過ぎを予定しています。ぜひとも、更新をかけてお待ちいただけると嬉しいです!!
ぜひ読んでやってください。短いです。
花影のさくら
https://ncode.syosetu.com/n7959ie/
次回更新は、2週間後の5月21日、12時を予定しています。どうぞよろしくお願いします!!




