118 終幕へのソナータ - 2
コツ、コツ。
シシィの履くヒールの音が、暗い石造りの螺旋階段に響く。
「今から向かうのは、文字通り世界を創った者が眠る場所。先ほどお話しした、世界創生のドラゴン・シルヴィオが眠る場所です」
かつてはここにも大穴が空いていて、埋め立てるの大変だったんですよ。なんて言いながら、シシィは手元の蝋燭の灯りを頼りに、ゆっくりと降りていく。
螺旋階段の壁には、ぼんやりと光る水色の線で、壁画が描かれていた。地上から地下に進むにつれて、過去に遡っていくように描かれている。それが妙に、暁人は気になった。
「シシィ、この壁画は?」
「これらは、今の私と同様に、世界が作り直される前の記憶を持つ特殊な人間が、過去を忘れないために描き残したものです。今では、歴史を正確に知る者は私1人になりましたが」
「皇族は、彼女たちから世界創生の歴史を聞いているわ。ただの言い伝えではなく、実際にあった出来事として。でも、かなりぼかして伝えられているのよ」
「ぼかして?」
「神様同士の事情を知らないのは当然としても……聞いていた話にはシルヴィオなんて登場しなかったし……『ヴァーニアは女神になり、人間に怒って世界を泥で覆った。神獣だった蒼銀のドラゴンが、世界を作り直した』でお終いよ」
「ずいぶん雑に伝えてあるんだな、シシィ?」
「…………」
振り返ったシシィの目は冷たくて、人間に対し冷めた視線を送る、一般人を下に見る九龍院のお歴々のような目で暁人と玲華を見た。
「正しく伝えて、それでどう変わるんですか?先ほどのあなたたちと同じです。『信じられない』。ただその一言で、片付けられてしまう。目の前の専門家の言葉より、ネットの言葉を信じるように。大衆の意思につられて、自分の意思を覆い隠すように。今まで見てきた記憶が、間違いであることを恐れるように」
「…………」
「だから私は嫌いだった。己に見えているもの、見るもの全てが正しいのだと信じてやまない人間が。自分の見たもの聞いたもの、得た知識、獲得した記憶。それらが誤りであると認めたくない年寄りどももそう。立場だけがあって“今は”既に現役時代ほどの実力も無い頭の硬い耄碌爺ども」
「後半は完全に愚痴だな」
「耳が痛いわ……」
九龍院にも、頭の硬いお歴々はたくさんいる。かつての栄光から与えられた立場を、未だに自分のものだと思っている人間たちだ。知識のアップデートも、力量の向上への努力もせず、立場・役職という高く積み上がった座布団の上に偉そうに腰掛けている。
まぁ、そんな連中からしたら、彼らよりよっぽど現場を見て、実力もあって、なんなら自分たちの立場を一瞬で灰に出来るような【暁】の人間や壮也の存在は、邪魔でしかないわけで。
「お歴々からは、俺も散々嫌がらせされたからなぁ」
「あら、流石ですね」
「嬉しくもなんともない。誰の子供でもない、実力があるから招き入れた外の人間が、一瞬で九龍院のトップに成り上がったら──そんな奴が見初めた選りすぐりの実力者集団【暁】なんて作ろうものなら、激昂するだろう、普通」
「自分たちが何十年とかけて積み上げてきた立場を、たった数年で超えていきましたものね、壮也様は。恐ろしい方だこと」
「お前が言うな」
「私は“超えた”のではなく“違う”です。壮也様はお歴々と同じ地面に立ち、同じ山を彼らより早く登った。けれど私は違う。そもそも同じ地面に足をつけていないのです。壮也様方が富士山を登っている時に、私がK2を登っているようなものです」
「おい待て、なんでK2なんだよ。そこはエベレストでいいじゃないか」
「難易度はエベレストより上らしいので、K2の方が……登ったことないし詳しく知らないですけど」
「富士山と北岳でいいじゃないですか……」
「身近すぎて面白くないかなって。だってほら、九龍院はワールドワイドですし?世界中の国の開国に関わってますし?」
────だったらもう、どこでもいいじゃないですか……
日本で2番目、或いは世界で2番目に高い山なんて、知っていても別に役に立たないし……知っているに越したことはないけれど。頭脳集団じゃあるまいし。
「私は特に、お歴々から目の敵にされたことはないですね」
そう、玲華が呟いた瞬間、シシィと暁人の動きがぴたりと止まり、油を差していないブリキの人形みたいに、ギギギギギ、という嫌な音がしそうな動きで玲華を振り返る。
「「そ……」」
「そ?」
「「そりゃあそうでしょうが!!!」」
「えぇ?」
玲華はキョトンとした顔をしている。そんな彼女に、暁人とシシィは詰め寄った。
「あのなぁ、お歴々がお前にあれこれ下手なことを言えるわけがないだろ!?」
「そうですよ!貴女はあの磨羯の隊長と副隊長の娘さんなんですよ!?じゃなかったら私だって貴女相手に敬語使ってませんよ!私だってそこそこの立場にいるんですから!」
「余計なことを言うんじゃない!やっぱりお前黙ってろ!いいか、お歴々の立場になって考えてもみろ。九龍院の中でも、特に戦いに秀でているものが所属するのが防衛・執行部隊だ。その中の一つの部隊の、隊長と副隊長の娘なんだぞお前は!下手なことを言って、戦いに秀でた隊長夫妻を怒らせてみろ」
「立場云々も抜きにして、数秒後には社会的に消されますよ」
「そんな、両親はそんなこと」
「「する、絶対する」」
「そ、んなこと……」
「育児休暇3年寄越せって言って、結局5年に引き延ばしたって噂の男だぞアイツ。お前への溺愛っぷりが刃に変わらないわけが無い!」
「えっ、そんなに貰ってたの?と言うかそんなにくれたの九龍院!?」
「寄越さないと仕事しないからって、当時の隊長を脅したって噂だ。脅して休暇勝ち取ってそこから一回落ち着くけど、小学校入学になったら6年間休みをくれって言い出すわ、中学高校に上がるごとに3年休みをくれってのたまうわ……これが親バカじゃなくてなんだって言うんだ」
「そこまで言ってたの……」
玲華の記憶にある両親は、いつも仕事ばかりしていて、血まみれで、笑っていて──
「親バカな要素なんて、見たことないけれど……」
「なんで九龍院を飛び出しているのに追手が来ない?仕事が舞い込まなくなった?学校に入れてる?九龍院からの連絡が無くなった?」
「世界のどこにいようが、かの九龍院の目から逃れられる人間はいないわ。地球の裏側にいたって、指の一振りで命が途絶える。それをやってのける異常な人間の集団なのよ。そんな人間たちが、たかが娘1人を見逃す理由は何があると思う?」
「…………」
「『好きなように、やりたいようにさせてあげたい』。仕事の依頼を送らなくなったのも、御身を探さなくなったのも、遠距離から見守るだけで介入しなかったのも、全部、磨羯からの命令があったからだ。俺が玲華を好いているのを知った上で、壮也に頭を下げて俺を監視役にするくらいには、お父上はお前が大事なんだよ」
「【暁】の人間を監視役に据えるとは、磨羯もやりますねぇ。何を対価に差し出したんだか」
「………………………………………………………………」
ニマニマしながらシシィが暁人の脇腹をつつく。聞かないでくれ、と言ってつつきから逃れるが、暁人の顔は赤かった。
「ふふっ、今は下に降りましょう。後ろの3人が、先からずっとはてなマークでパーティーしています」
はてなマークでパーティー?
そう思って、玲華の後方から降りてきていた3人を見上げると、『意味不明を通り越した虚無の顔』で立ち尽くしていた。
それはそうだろう。富士山だK2だ、思い切り【あちら】の話である。聞いたこともなければ山の名前であることすら気づいていない可能性もある。特にK2。
「お、置いていってごめんねみんな……」
「いえ、いい休憩になりました!」
「ベンク、いい子すぎる……」
最下層まであと少し。
下からは神聖な気配を纏った風が流れてきていた。
最近よくYouTubeを見るようになりました。
料理中に食材を煮込みながら、知識集団のクイズ動画を見ていると、なんだか頭が良くなったような気がしてしまいます。ゲーム実況も大好きですが、ホラーが苦手で……心臓が止まるようなホラーより、ジワジワと背筋が冷たくなるようなホラーの方が、まだ見ていられます……心臓キュッ!は、ダメです……止まっちゃう……
次回更新は、3月26日を予定しています。
が、急遽変わることもあるかもしれません。ないことの方が多そうですが。
よろしくお願いします!




