14.侵入と解体線
豪雨に煙る貴族街の一角。カスパル伯爵の別邸は、鉄格子の高い外壁と精緻な探知結界に守られた堅牢な要塞だった。
だが、ロルフから引き出した情報に狂いはなかった。
ジャンは雨樋を無音で伝い、二階東側の飾り窓へ取り付いた。
色鮮やかな聖人画が描かれたステンドグラスの縁。その真鍮枠の継ぎ目に、ジャンは細工用の極薄ヘラを差し込む。
カチリ。
枠の裏側に埋め込まれていた親指大の魔力核――淡く青く明滅する魔導結晶が露出する。
ジャンは呼吸を極限まで落とし、右手の千枚通しで結晶の魔力導線を一本だけ、静かに断ち切った。
青い光がフッと霧散する。
屋敷の外壁を覆っていた目に見えない探知結界が、警報を鳴らすこともなく音もなく崩壊した。
ジャンは窓枠を外して室内に滑り込んだ。
絨毯が敷き詰められた廊下に、濡れた足跡すら残さない。
豪奢な回廊のあちこちに、革鎧を着込んだ『アイゼンシュランゲ』の精鋭と、銀の甲冑を纏った伯爵の私設騎士たちが巡回している。全員が手練れであり、装備も下町のチンピラとは比較にならない。
だが、ジャンにとってそれは「人の群れ」ではなく、「解体すべき機構」に過ぎなかった。
――曲がり角の手前、巡回兵がすれ違う刹那の死角。
ジャンは梁の上から影のように舞い降り、先頭の男の口を背後から塞ぎながら、首の骨を一瞬で捻り折る。崩れる体を抱き留め、物陰に引きずり込む。所要時間、一秒。
――階段の踊り場。
松明の光が届かない闇の中から、二本の目打ち針が同時に放たれる。
二人の騎士の喉元を正確に貫き、甲冑の擦れ合う音すら立てさせずに絶命させる。
音もなく、血飛沫すら散らさず、巡回網が外側から一枚ずつ、淡々と剥ぎ取られていく。
かつてネーベルクレーエが最も得意とした、少数による拠点制圧の手法。
正面からぶつかるのではない。敵が「何かがおかしい」と気づいた時には、すでに背後の退路も連絡網もすべて断ち切られている。
そして、ジャンは最上階――重厚な樫の木の扉が閉ざされた執務室の前へと辿り着いた。
扉の向こうからは、豪雨の音に混ざって、高価なワイングラスが触れ合う乾いた音と、下品な笑い声が漏れ聞こえていた。
「ハハハ! 見事な手際だったぞ、グレゴール。下町の連中も、明日の朝には泣き寝入りで土地を手放すだろう」
「すべては伯爵閣下のお導き通りでございます。あのボロ屋どもを一掃すれば、新しい歓楽街とカジノから上がる利権は莫大なものになりますぜ」
扉の隙間から漏れる明かりを見つめながら、ジャンは腰の二本の短剣に両手をかけた。
残るは、アイゼンシュランゲの組長グレゴール、そしてすべての元凶であるカスパル伯爵。
ジャンは足元の重心を沈め、蹴りの一撃で樫の木の扉のカンヌキを粉砕した。




