11.無音の解体
カチリ、という音に、車座になっていた男たち全員の視線が天井の梁へ向いた。
「ああん? 誰だ、ネズミか?」
焚き火の火の粉が爆ぜる。その一瞬の明滅の間に、男たちの一人の視界がふっと歪んだ。
梁の上から、雨風のように滑らかに黒い影が舞い降りていた。着地音すら立てない。
――ヒュッ、ヒュッ。
空気を切り裂く微かな呼気。
焚き火の右側にいた男二人の喉元へ、鋼の目打ち針が正確無比に吸い込まれた。
「が、……ッ!?」
「ごふっ!」
二人は首を押さえ、声にならない泡を吹いて前へ突っ伏した。
何が起きたのか理解できない残りの男たちが立ち上がろうとした瞬間には、すでにジャンは男たちの懐へと滑り込んでいた。
右手に逆手で握った黒打ちの短剣。
流れるような体さばきで、三人目の男の鎖骨の隙間から肺へ刃を深々と刺し入れ、引き抜きざまに四人目の膝裏の腱を無造作に断ち切る。
「ぎゃああっ!?」
悲鳴が上がるが、遅すぎた。
ジャンは左手の革袋から取り出した灰色の削り粉――鉱物粉末と刺激薬の混合物を、残る二人の顔面へ思い切り叩きつけた。
「目がっ……! 息が、吸えねええっ!」
激痛と呼吸困難に狂乱する男たちの顎下へ、掌底を叩き込んで頚椎をへし折る。
わずか五秒。
焚き火を囲んでいた六人の男たちが、血だまりの中に物言わぬ肉塊となって転がっていた。
「な……んだ、テメエは……!?」
ボリスが慌てて腰の大鉈を引き抜き、椅子を蹴り倒して後ずさった。
血走った目で、返り血を一滴も浴びずに佇む黒装束の男を凝視する。フードの奥、冷え切った双眸と目が合った瞬間、ボリスの背筋に本能的な戦慄が走った。
「テメエ……道具屋の、ジャン……!?」
吊るされていたニコも、信じられないものを見る目で目を見開いていた。
目の前で起きているのは、喧嘩でも乱闘でもない。熟練の解体職人が、無駄のない手順で淡々と肉を切り分けていくような、あまりにも冷徹で機械的な「作業」だった。
ジャンはボリスの問いかけに答えず、無言のまま吊るされたニコの元へ歩み寄った。
「動くなよ」
短剣を一閃。
ニコの手首を縛っていた太い荒縄が、寸分の狂いもなく両断される。
脱力して落下したニコの身体を、ジャンは左腕一本でしっかりと抱き止めた。
「……ジャン……? 本当に、お前なのか……?」
ニコの掠れた声に、ジャンは小さく息を吐き出し、少年を静かに壁際へ座らせた。
「言ったろ。腹が減ってると手元が狂うってな」
ジャンの声は、いつものように低く穏やかだった。しかし、その瞳には依然として深い闇が沈んでいる。
ジャンは懐から小さな油紙の包みを取り出し、ニコの膝の上に置いた。昨日の残りの、林檎タルトの半分だった。
「それを食って、目を閉じてろ。……すぐ終わる」
「ま、待てよ! ジャン!」
ニコの制止を背に、ジャンはゆっくりと振り返り、大鉈を構えて脂汗を流すボリスへと向き直った。
「テ、テメエ……ただの小道具屋じゃねえな……!? その身のこなし、どこのギルドの刺客だ!」
ボリスが威圧するように大鉈を振り回し、怒号を響かせる。
しかし、ジャンは短剣をだらりと下段に構えたまま、まるで壊れた時計の歪みを点検するような無表情で、ボリスの肉体の隙間を値踏みしていた。
「……ただの道具屋さ。壊れたもんを、直すだけのな」
ジャンの身体が、前傾姿勢をとった。
その瞬間、ボリスの視界から男の姿が完全に掻き消えた。




