第8話 王宮からの使者
第8話 王宮からの使者
穏やかな朝だった。
朝食を終えたマリカは、工房の窓を開けて新しい空気を取り込む。
庭では色とりどりの花が風に揺れ、薬草の優しい香りが漂っていた。
エリアスは作業台に向かい、小さな魔石を魔導具へ組み込んでいる。
集中している横顔は真剣そのものだった。
カラン、と澄んだ音が響く。
魔導具が淡く光り、ゆっくりと輝きを落ち着かせた。
「これで完成ですね。」
エリアスが小さく息をつく。
その時だった。
コンコン、と玄関の扉が叩かれる。
「こんな朝早くに?」
マリカが首を傾げる。
エリアスは作業の手を止め、玄関へ向かった。
◇ ◇ ◇
扉の前には、濃紺の制服を身につけた青年が立っていた。
「エリアス様、おはようございます。」
「おはようございます。」
青年は深々と一礼し、一通の封筒を差し出す。
「王宮より依頼書をお持ちしました。」
「ありがとうございます。」
封を切ったエリアスは内容に目を通し、静かに頷いた。
「今日中に来てほしいとのことですか。」
「はい。急ぎの案件とのことでした。」
「わかりました。昼前には向かいます。」
使者は再び一礼すると、馬車へ乗って帰っていった。
◇ ◇ ◇
「王宮からですか?」
マリカが尋ねると、エリアスは封筒を机へ置いた。
「ええ。」
「急なお仕事なんですか?」
「どうやら、新しく納めた魔導具に不具合が見つかったようです。」
困ったように苦笑する。
「原因が魔導具なのか、使い方なのかは行ってみないとわかりません。」
そう言いながら、工具や魔石を革の鞄へ丁寧にしまっていく。
「大変なお仕事なんですね。」
「失敗できない仕事ですから。」
穏やかな口調だったが、その言葉には責任の重さが感じられた。
◇ ◇ ◇
準備を終えたエリアスは、マリカのほうを向く。
「今日は夕方頃には戻れると思います。」
「はい。」
「一人で留守番できますか?」
まるで確認するような優しい口調だった。
マリカは小さく笑って頷く。
「大丈夫です。」
「何かあれば無理をしないでください。」
「わかりました。」
エリアスは安心したように微笑むと、屋敷をあとにした。
◇ ◇ ◇
一人きりになった屋敷は、とても静かだった。
掃除を終え、庭の花へ水をやる。
工房も少しだけ片付けた。
それでも時間はまだたくさんある。
「少し、本でも読もうかな。」
書斎へ入り、本棚を眺める。
魔導具の専門書や植物図鑑が並ぶ中、一冊だけ日記のような古い本が目に入った。
革張りの表紙には何も書かれていない。
「……?」
手を伸ばしかけた、その時。
胸の奥が、ドクン、と脈打った。
「え……?」
昨日、町ではぐれた時と同じ感覚。
身体の奥から何かが訴えかけてくる。
胸が熱くなる。
頭の中へ、ぼんやりと誰かの姿が浮かんだ。
それは――
「エリアスさん……?」
嫌な予感がした。
理由はわからない。
けれど、胸騒ぎだけがどんどん大きくなっていく。
マリカはぎゅっと胸元を押さえ、不安そうに窓の外を見つめた。
遠く離れた王都で、何かが起ころうとしていることを。
まだ誰も知らなかった。




