第5話 小さな工房
第5話 小さな工房
小鳥のさえずりで目が覚めた。
見慣れない天井を見上げて、マリカは一瞬だけ自分がどこにいるのかわからなくなる。
けれど、柔らかな寝具の感触と、窓から差し込む朝日を見て、昨日の出来事を思い出した。
「……夢じゃ、なかったんだ。」
ベッドから起き上がり、窓を開ける。
朝露に濡れた庭はきらきらと輝き、色とりどりの花々が風に揺れていた。
どこまでも澄んだ青空を見上げると、胸の中の重たいものが少しだけ軽くなった気がする。
◇ ◇ ◇
一階へ降りると、香ばしい匂いが漂ってきた。
工房へ続く扉が少しだけ開いている。
中を覗くと、エリアスが作業台に向かっていた。
机の上には大小さまざまな魔石や金属、見たことのない道具が並び、青白い光を放つ魔法陣がゆっくりと回転している。
エリアスは小さな指輪を手に取り、魔力を流し込んでいた。
淡い光が指輪を包み、やがて静かに消えていく。
「成功ですね。」
満足そうに呟いたところで、マリカに気付いた。
「おはようございます。」
「あ……お、おはようございます。」
「よく眠れましたか?」
「はい。すごく……久しぶりにぐっすり眠れました。」
その言葉に、エリアスは安心したように微笑む。
「それなら良かった。」
◇ ◇ ◇
朝食は焼きたてのパンと卵料理、野菜のスープだった。
食事を終えると、エリアスは紅茶を一口飲みながら口を開く。
「今日は王宮へ納品に行く予定だったのですが、明日に変更しました。」
「私のせいですか?」
思わず身を縮こませる。
迷惑をかけてしまったのではないか。
そんな考えが真っ先に浮かんだ。
「違います。」
エリアスはすぐに首を横へ振った。
「あなたを一人にしておくのは心配だっただけです。」
「……。」
「知らない土地でしょう?」
その言葉に、マリカは小さく頷いた。
「今日は屋敷の中を案内します。」
「ありがとうございます。」
自然と笑みがこぼれる。
それだけで、エリアスも少し嬉しそうに目を細めた。
◇ ◇ ◇
屋敷の一番奥にある工房は、まるで宝物庫のようだった。
棚には完成した魔導具が整然と並び、机には設計図や工具が置かれている。
「これは全部、エリアスさんが?」
「ええ。」
照れくさそうに頷く。
「便利な道具が増えれば、誰かの生活が少しだけ楽になりますから。」
マリカは棚に並ぶ魔導具を見つめた。
夜でも明るく照らすランプ。
飲み物を冷たいまま保つ箱。
疲れを和らげる腕輪。
どれも戦うためではなく、人々の暮らしを豊かにするものばかりだった。
「素敵なお仕事ですね。」
思わず口にすると、エリアスは少し驚いたような顔をした。
「そう言われたのは初めてです。」
「え?」
「魔導具は地味だと言われることが多いので。」
マリカは首を横に振る。
「そんなことありません。」
「毎日の生活を便利にできるって、すごいことだと思います。」
その言葉を聞いたエリアスは、少しだけ照れたように笑った。
「ありがとうございます。」
◇ ◇ ◇
工房を見学していると、小さな銀色の腕輪が棚の端から落ちそうになっているのが目に入った。
「あっ。」
マリカは慌てて手を伸ばし、落ちる寸前で受け止める。
「危なかった……。」
その瞬間、腕輪が淡く光った。
温かな光が手のひらを包み込み、すぐに消える。
「今のは……?」
マリカが首を傾げると、エリアスも少し驚いたように腕輪を見つめていた。
「魔力に反応したのでしょうか……。」
しかし、それ以上は何も起こらなかった。
マリカ自身も、なぜ胸が少しだけ温かくなったのかわからない。
けれど、その光はまるで「ありがとう」と伝えてくれたような、不思議な優しさを感じさせた。
まだ誰も知らない。
この小さな出来事が、マリカの《刻印》の力と、この世界の魔導具に深い関わりを持っていることを。




