第4話 初めての居場所
第4話 初めての居場所
森を歩き始めてしばらくすると、木々の間から一軒の屋敷が姿を現した。
白い石造りの外壁に、赤茶色の屋根。
庭には色とりどりの花が咲き、小さな畑には薬草や見たことのない植物が整然と植えられている。
「すごい……。」
思わず声が漏れた。
豪華というより、丁寧に手入れされた温かみのある屋敷だった。
「ここが私の家です。」
エリアスが門を開ける。
「どうぞ。」
マリカはおずおずと足を踏み入れた。
庭には風に揺れるラベンダーの香りが広がり、緊張していた心が少しだけ和らぐ。
「薬草がたくさん……。」
「魔導具の材料になる植物も多いので、庭で育てているんです。」
エリアスは穏やかに微笑んだ。
「私は王宮直属の魔導具師をしています。」
「王宮直属の……?」
思わず聞き返す。
「ええ。魔導具の開発や修復が主な仕事です。たまに王宮へ呼ばれることもありますが、普段はここで研究をしています。」
棚に並ぶ見たことのない道具や、机の上に置かれた魔石を見て、マリカは納得した。
森で魔物を一瞬で退けた魔法も、王宮直属と聞けば頷ける。
(すごい人に助けてもらったんだ……。)
◇ ◇ ◇
屋敷の中は木の香りに包まれていた。
広すぎず、けれど窮屈でもない。
暖炉には火が入り、部屋全体が心地よく温められている。
「座っていてください。」
エリアスはそう言うと、奥の部屋へ入っていった。
一人になったマリカは落ち着かない様子で椅子に腰掛ける。
(本当にいい人なんだ……。)
初めて会ったばかりの自分を、こんなふうにもてなしてくれるなんて。
これまでの人生なら、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
けれど、不思議とエリアスからはそんな気配を感じなかった。
やがて、湯気の立つカップを持って戻ってくる。
「温まりますよ。」
「ありがとうございます。」
恐る恐る口をつけると、優しい甘さのする薬草茶だった。
「おいしい……。」
「少し蜂蜜を入れています。」
マリカの表情がほっと緩む。
誰かが自分のために温かい飲み物を用意してくれた。
そんな当たり前のことが、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。
◇ ◇ ◇
「お腹は空いていませんか?」
そう聞かれて初めて、自分が何も食べていないことを思い出した。
ぐぅ……。
静かな部屋に、小さくお腹の音が響く。
「あっ……。」
恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
エリアスは笑うこともからかうこともなく、小さく頷いた。
「ちょうど良かった。」
そう言って立ち上がる。
「夕食を作ります。」
「えっ、私も手伝います!」
「今日はお客様ですから。」
「でも……。」
「明日からお願いするかもしれません。」
穏やかにそう言われると、それ以上は言えなかった。
しばらくすると、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。
焼きたてのパン。
野菜がたっぷり入ったスープ。
柔らかく煮込まれた肉料理。
どれも素朴なのに、とてもおいしそうだった。
「いただきます。」
スープをひと口飲んだ瞬間、身体の芯まで温かさが広がる。
「……おいしい。」
思わず涙が滲んだ。
温かい料理を、誰かと向かい合って食べる。
そんな時間が、自分にもあっただろうか。
エリアスは何も聞かず、静かに食事を続けていた。
その気遣いがありがたかった。
◇ ◇ ◇
食事を終えると、エリアスは二階の一室へ案内してくれた。
「今日はこの部屋を使ってください。」
部屋には大きな窓と、小さな机、清潔なベッドが置かれていた。
「着替えも用意しました。サイズが合うといいのですが。」
「こんなにしてもらって……本当にいいんですか?」
マリカが尋ねると、エリアスは少し驚いたような顔をした。
「困っている人を助けるのに、理由は必要ですか?」
その一言に、胸が締めつけられる。
今までの人生では、何かをしてもらうには理由が必要だった。
我慢すること。
譲ること。
役に立つこと。
そうしなければ、自分には価値がないと思っていた。
けれど、この人は違う。
「ゆっくり休んでください。」
そう言って部屋を出ていくエリアスを見送り、マリカはベッドへ腰掛けた。
柔らかな布団に触れた途端、張り詰めていた気持ちがほどけていく。
「今日だけ……。」
小さく呟く。
「今日だけ、この優しさに甘えてもいいよね……。」
窓の外では、静かな夜風が木々を揺らしていた。
マリカは久しぶりに安心した気持ちのまま、深い眠りへと落ちていった。




