第2話 新しい世界と、刻印のスキル
第2話 新しい世界と、刻印のスキル
――温かい。
さっきまで冬の冷たい空気の中にいたはずなのに、不思議なくらい心地よいぬくもりに包まれていた。
「……ここは?」
ゆっくりと目を開けると、一面が白く輝く空間だった。
床も天井も境界がわからず、どこまでも続く白の世界。
痛みはない。
寒さもない。
ただ静かで、穏やかな空気だけが流れていた。
「目が覚めましたね。」
優しい声に振り向くと、一人の女性が立っていた。
年齢はわからない。
長い銀色の髪は光をまとい、澄んだ青い瞳はどこまでも穏やかだった。
美しいという言葉だけでは足りないほど神秘的で、見ているだけで心が落ち着く。
「あなたは……?」
「私は、この世界を見守る者です。」
女性は柔らかく微笑む。
「あなたたち人間からは、神と呼ばれることもあります。」
神。
あまりにも現実離れした言葉に、マリカは呆然とした。
「じゃあ……私……。」
「はい。あなたは命を終えました。」
その言葉は驚くほど穏やかで、悲しみよりも静かな納得が胸に落ちていく。
「……そうですか。」
思ったより冷静な自分に少し驚く。
未練がなかったわけではない。
けれど、あの人生に戻りたいとも思えなかった。
神はそんなマリカを見つめ、少しだけ眉を下げる。
「あなたの人生を見ていました。」
「……え?」
「たくさん我慢しましたね。」
その一言だけで、胸の奥が熱くなる。
誰にも言われたことがなかった。
頑張ったね、と。
辛かったね、と。
ずっと欲しかった言葉を、初めてかけてもらえた。
目頭が熱くなり、気づけば涙がこぼれていた。
「ごめんなさい……。」
「謝る必要はありません。」
神は優しく首を横に振る。
「あなたは十分すぎるほど耐えてきました。」
マリカは両手で顔を覆い、小さく泣いた。
悲しい涙ではない。
初めて認めてもらえたことが、嬉しかった。
泣き止むまで、神は何も言わず待っていてくれた。
◇ ◇ ◇
「さて、本題です。」
神が軽く手をかざすと、目の前に淡く光る扉が現れた。
「あなたには、新しい人生を歩んでもらいます。」
「新しい……人生?」
「はい。別の世界で生きてください。」
異世界。
小説や漫画でしか見たことのない言葉に、マリカは目を丸くする。
「どうして私なんですか?」
「あなたには、まだ幸せになる資格があります。」
その言葉に、マリカは思わず首を振った。
「私なんか……。」
「その『私なんか』という言葉も、もう終わりです。」
神の声は穏やかなのに、不思議と力強かった。
「新しい世界では、自分を大切にしてください。」
「……できるでしょうか。」
「できます。あなたなら。」
その言葉を聞くだけで、不思議と少しだけ勇気が湧いてくる。
◇ ◇ ◇
「もちろん、何も持たずに送り出すわけではありません。」
神が指先を鳴らすと、一冊の本が現れた。
表紙には金色の文字でこう書かれている。
『固有スキル』
「あなたには一つだけ特別な力を授けます。」
本が自然と開き、文字が浮かび上がる。
【固有スキル:《刻印》】
対象に印を刻むことで、以下の能力を得る。
・刻印対象の居場所を把握できる。
・刻印対象の危険を感知できる。
・刻印対象が第三者に奪われる危険を察知する。
・スキルは経験によって成長する。
「……奪われる危険?」
思わずその一文を見つめる。
まるで、自分の人生を知っているかのようだった。
「この力は、あなたの願いから生まれました。」
神は静かに言う。
「あなたはずっと、大切なものを守りたかったのでしょう?」
マリカは何も答えられなかった。
欲しかった。
守りたかった。
でも、いつも手の中からこぼれていった。
「この力は、人を傷つけるためではありません。」
「……はい。」
「大切なものを守るための力です。」
その言葉に、マリカはそっと胸へ手を当てた。
もし今度こそ、大切な誰かに出会えたなら。
今度こそ、守れるのだろうか。
◇ ◇ ◇
「それでは、行ってらっしゃい。」
神が微笑み、光の扉がゆっくりと開く。
「最後に一つだけ。」
「はい?」
「あなたは、誰かから奪われるために生まれたのではありません。」
その言葉が、胸の奥深くまで染み込んでいく。
「あなた自身が幸せになるために、生まれてきたのです。」
マリカは目を潤ませながら、小さく頷いた。
「……ありがとうございます。」
そして一歩、光の中へ踏み出す。
眩い光が視界を包み込み、身体がふわりと浮かぶ。
次に目を開けた時、そこには見たこともない深い森が広がっていた。
木々のざわめき。
小鳥のさえずり。
どこまでも澄んだ空気。
ここから、マリカの新しい人生が始まる。
――まだ、この先で運命の人と出会うことも知らずに。




