第1話 奪われる人生
第1話 奪われる人生
子どもの頃から、欲しいと思ったものは、いつも誰かのものになった。
最初は、小さなぬいぐるみだった。
誕生日に一つだけ選んでいいと言われ、何日も悩んで決めた白いうさぎのぬいぐるみ。けれど、店を出る直前、妹が泣き出した。
「その子がほしい!」
母は困ったように笑い、マリカの頭を撫でる。
「お姉ちゃんなんだから、譲ってあげよう?」
結局、うさぎは妹の腕の中へ。
その代わりに選んだぬいぐるみは、あまり好きではなかった。
そんなことが、一度や二度ではなかった。
新しい服も。
お気に入りのお菓子も。
両親の「よく頑張ったね」という言葉も。
気づけば、"欲しい"と思うこと自体を諦めるようになっていた。
◇◇◇
高校生になる頃には、友達にも同じようなことが起きた。
仲の良かった友人は、いつの間にか別のグループへ。
「マリカって優しすぎるから、一緒にいてもつまらないよね。」
そんな言葉を偶然聞いてしまった日、泣くこともできなかった。
大学では好きな人ができた。
勇気を出して告白しようと決めた矢先、その人は親友と付き合い始めた。
「ごめんね。相談に乗ってもらってるうちに好きになっちゃって。」
親友は悪びれもなく笑っていた。
「おめでとう。」
そう言えた自分を、少しだけ嫌いになった。
◇◇◇
社会人になっても、それは変わらない。
何ヶ月もかけて準備した企画は上司に横取りされ、成功は別の人の手柄になった。
後輩のミスをかばえば、自分の評価だけが下がる。
恋人ができても、忙しさですれ違っているうちに、別の女性と結婚したと風の噂で聞いた。
「マリカはいい人だから、きっともっと幸せになれるよ。」
その言葉が、一番残酷だった。
幸せになれるなら、とっくになっている。
◇◇◇
二十歳になった冬。
残業を終え、夜風の冷たい帰り道を歩いていた。
街はイルミネーションで輝いている。
楽しそうに笑う恋人たち。
親子で手を繋ぐ姿。
誰かの「大切」があふれる景色が、今日は少しだけ眩しかった。
「……いいな。」
ぽつりと漏れた本音。
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
「私も、一つくらい……誰にも奪われないものが欲しかったな……」
その瞬間。
耳をつんざくようなクラクションが響く。
悲鳴。
ブレーキ音。
気づいた時には、強い衝撃が全身を貫いていた。
倒れ込む視界の先で、夜空がゆっくりと滲んでいく。
(結局……最後まで……)
(何も手に入らなかったな……)
そう思ったはずなのに、不思議と涙は出なかった。
もう慣れてしまっていたから。
失うことにも、諦めることにも。
意識が静かに遠のいていく。
世界の音が消え、光も闇も溶け合った、その時――。
どこからか、優しい声が聞こえた。
「……あなたは、本当によく頑張りましたね。」
その声だけが、今までの人生で一度も聞いたことのないほど温かかった。
そしてマリカは、ゆっくりと目を閉じた。




