これ、なに……
リースとサナーの分身の2人はパンをこねるのを止めると、その場に座り込んだ。コネられたパンが虹色に発光しながら蠢き出す。な、何だこれ……どういうことだ……俺だけが驚いていて、他は誰ひとり気にする様子は無く、蠢きながら発光するパン粉は、手袋をしたシスター達により銀のトレイに移され、直後にローウェルやシュマリアも参加した讃美歌の合唱が始まった。
「恐れるなよーみんながいるさー愛と絆はいつも友達だー、パン、パン、パンを食べし優しい勇者ー行くぞー女神様の教えー守り抜けー」
子供の頃、教会で聞き慣れた単純な歌詞の讃美歌のひとつだが、本気のシスター達の歌唱は感動的だ。
讃美歌と共にトレイに置かれた蠢き光るパン粉は丁重に両手で持った老年のシスターに室外へ持ち出された。ローウェルが小声でシュマリアに
「シスターさん達、何割結婚してるの?」
シュマリアは真面目な顔で
「五割くらいですかね。女神様は全てのものは恋愛をするべきであると聖書では説かれていますね」
「あー……その章は偉いと思うぜ。悲恋も叶わぬ恋も神聖である、通じ合わぬことを悲しむな、次の恋を探すことを恐れるな、合う相手は何処かに居る……だっけか」
「素晴らしい一節ですね」
「自分は一人の男神を追い続けて無理やりくっついてしまったんだけどな」
「ふふふ、女神様がそうされたならそれが正しいのですよ」
「シュマリアさん、今度王国来ない?美味い店沢山あるんだよ」
「申し出はありがたいですが、私は女神様に仕えると決めていますので」
「……下品かもしれねえけど、良い女が勿体ないぜ?女神も恋愛推奨してるだろ?」
「ダメですよ。ローウェルさん程の御方が私如きに時間を使っては」
などと笑顔のシュマリアにナンパを見事にかわされているローウェルを横目に、シスター達が中央に置いた分厚い布に入れられムシロをかけられた……恐らくは蕎麦粉をゆっくり踏み始めたリースと分身サナーに注目する。
ローウェルはシュマリアに
「足で踏むのはうどん粉だよな。何でコネられた蕎麦粉を踏むんだ?崩れないか?」
「……元々は蕎麦玉も踏むんですよ。この後、寝かせます」
「……あー……氷や水魔法を使った鮮度保持が難しい時代の名残ね」
「そうですね。しかし先代のパンメンとソバメンはどうしましょうか?教会では方針が定まっていないようです。大抵自然と去るので」
「まあ、食べるしか無いんじゃないか?……ナランが……」
2人は黙って俺を見てくる。その視線に嫌な予感しかして来ない。
蕎麦粉踏みも途中のところで俺はローウェル達に連れ出される。地下道を戻り、十字路を左に曲がり直進すると、錆びた鉄扉が現れ、シュマリアは鍵を開ける。中に入ると、壁や天井中に呪文が書き殴られた薄暗い部屋の中、2対の棺桶のようなものが置かれていた。恐る恐るローウェルに
「これ、なに……」
ローウェルは呆れた顔で
「先代の聖者が豊穣の祭りで創ったパンメンとソバメンだよ。天界的には一応、担当の大天使が食べる決まりになってる」
シュマリアは頷いて
「そのような噂はありましたが、やはり本当だったのですね」
ローウェルは片方の棺の蓋を少しずらし
「開けるぞ」
言い放った。




