その一部
教国に戻った俺は、宿屋に直行した。何故か分からないがとてつもない疲労感だ。ベッドに倒れ込むように寝転ぶとそのまま、寝入ってしまった。
……
吐息をかけられて目覚める。起きると黒装束姿のシーネが八重歯を見せていて添い寝していた。まだ外は暗く、月明かりが窓から差し込んでいる。悪意は一切感じないので
「何でしょうか?」
尋ねると嬉しそうに
「お母様も、わざわざ私の為に器を作るとは芸達者ですねえ」
「器……?」
「サナーさんの方のダブルミーですよーっ。アレは囮ですねえ。因果を手繰って乗っ取るとズドンッ!って感じです」
「女神様の罠ってことですか?」
「お母様は、一筋縄ではいきません。見えている部分は極僅かですよ」
シーネは微笑みながらベッドから立ち上がり
「ローウェル、既に死んだという事実を消しました」
気持ち良さげにそう言うと、素早く窓から出て行った。直後に壁から滲み出るように黒装束で血まみれのローウェルが出てくる。両手には刀身が光る刀を逆手持ちしている。俺は慌てて上半身を起こし
「おっさん!どうしたんだ!」
ローウェルは、刀を腰の鞘に戻すと、開いた窓の外を見回し、そのまま煙草を取り出し吸い始めた。そして
「細切れにした。死角を突いてな」
「……またダメだったのか?」
「……女神が多重に罠を張ってるから何れ殺れるだろう。俺もその一部だ」
複雑な心境になりながら大きく息を吐く。ローウェルはこちらを見ず
「次の豊穣の祭りの準備が始まってるぞ」
「警護だな?」
「ああ、俺も行く。一本吸い終えるまで待っとけ」
「おっさん、あのさ」
「そろそろ王国に帰りたくなったんだろ?俺もだよ」
「昨日サナーを連れて帰ったんだけど……」
一連の話をローウェルに語る。
語り終えるとローウェルはクローゼットから、いつの間にか入れていたらしき自分用の代えの黒装束、黒頭巾と黒マスクを出して着ながら
「……女神から計画は聞いているし、お前もその一部ではある。まあ、もう少しの辛抱だ」
「……近いうちに正式に帰れるのか?」
ローウェルはいきなり窓の外へ向け煙を思いっきり吐き出すと
「そう言うパターンもあるってことだ」
肩の力を抜いた。
「おっさん、何かしたよな?」
ローウェルは後ろ頭をかきながら
「調整だ。シーネの気配がチラついてたんでな。散らしてた」
「よく分らんけど、もう良いのか?」
ローウェルは黙って窓から飛び降りた。俺は今更、警護用の黒装束と黒頭巾でないことに気付き、慌ててクローゼットから自分の分を出すと、素早く着替え、聖塔へと夜更けの街を駆け出した。
聖塔裏口の前ではローウェルが警護のモンク達と話していて、俺に気付くと
「行くぞ、ナラン」
そう言って開いた裏口から入っていく。付いていくとローウェルは上には行かず、一階ホールへと出ると、そこから真っすぐ進み、地下への古びた階段を降りていく。
等間隔で光石が壁に並べられた階段を降りていく。十字路状になっている地下道をローウェルは真っすぐ進むと、扉の前に立つ芯の強そうな老年のシスター達にマスクをずらし顔を見せながら
「警護のローウェルとナランだ」
俺もマスクをずらし顔を見せると
「シュマリア様がお話があるそうで、先に入られています」
左のシスターがそう告げると扉を開けた。
入ると光石で煌々とした石造りの地下室の中心で十数人のシスター達に見守られながら、褌一丁のリースと、サナーの分身が汗まみれになりながら一心不乱にテーブルの上のパンをこねていた。周囲には様々な調理用機材が置かれている。シスター服を着たシュマリアが笑みを浮かべながら近寄って来て
「おつかれ様です」
ローウェルが儀式の様子を見ながら
「この後、蕎麦粉踏みだな」
シュマリアは頷き
「そうですね。蕎麦は食べられましたか?」
ローウェルは頷いて
「教国の蕎麦もうどんも好きだよ。ナコミのはもっと美味いが」
「本場ですからね」
雑談を始めた。俺はリース達の神聖な儀式を真摯な気持ちで眺め始める。




