お助けを
もう何もやる気が起きないので、いつもの屋敷の透けた地下室へ行き、水に満たされた球体の中に浮かぶサナーを、膝を抱えて見上げる。付いてきたマリオンヌは同情しているらしく
「僕が言うのもなんだけど、女神は底が抜けてて、頭のネジが幾つも飛んでるからね。ナラン君のせいじゃないよ」
「……分かってますけど」
マリオンヌは浮いているサナーを見つめ
「だいぶ、エネルギー使ったから落ち着くと思うよ」
「今更ですけどスペシャル神の裁きって、サナーのエネルギー使ってたんですか?」
「この子、因果が無茶苦茶になってるから、エネルギーが余ってるんだよね。そういう意味ではスペシャル神の裁きもやってよかったかも」
「これで、よかったんですかね」
「……悪くはないと思う」
少しやる気が出てくるとリースの様子も気になってくる。まだ下に居るシュマリアの為にジン・スカイストリートは移動できないので、俺は一足早く教国まで飛んで帰ることにした。
マリオンヌによると
「西にまっすぐ飛べば良いと思うよー。そんな遠くないからね」
とのことだったので、気分転換も兼ねて、次第に暗くなっていく空へと飛び立つ。しばらく高速で飛んでみて、それも飽きたので空中で急停止してみたり、急降下した直後に急上昇してみたり超低速で飛んでみたりしていると完全に夜空になり、星が出てきた。少し気分が晴れたのでまた速度を上げていく。
ガセッタ王国と地続きの高い山脈を越えると遠くで花火のような音と光が見え、俺は
「お祭りかあ……」
などとつぶやきながら、吸い寄せられるようにそちらへと飛んで行く。すぐにそれは十数隻の巨大魔法船団同士の激しい空中戦だということが分かり、俺は関係ないなと遠回りしようとした瞬間、数キロ先の空で大きな爆炎が吹き上がり、炎を噴き上げながら全長数百メートルはありそうな飛行船がこちらへとゆっくりと落下してきているのが見えた。飛行船は、帆船の帆の代わりに魔法で動くプロペラが看板から伸びている柱に幾つも設置されていて、船体の左右には自動で動く巨大オールの様な翼も見えるが、船の左舷側のオールがかなり攻撃により消失していて炎を噴き上げている。しかも甲板も激しく燃え盛っているようだ。
少し、迷った。聖者誕生祭で女神教圏が戦闘停止している今、争っている所は絶対にろくなことにはなっていない。ガセッタ王国で俺は女神に乗せられ、無用な恐怖を人々に振りまいてしまった。ここは関わらず、魔法船が落ちるに任せるべきではないか。……いやでも、きっとあの船にも人々が乗っていて、まだ死にたくない兵士や船員だって大勢いるだろう。俺は深呼吸すると
「リブラー!あの船を救出できるだけのスキルを今すぐ付けろ!」
すぐにリブラーの声が
幸運の使者、アンチファイアフィールド、雨雲を呼ぶ者を追加しました。後は聖者スキルの付属スキルで支えることが可能だと思われます。
俺は全速力で、ゆっくり燃えながら落ちていく巨大飛行船へと羽ばたいて行った。すぐに、炎を噴き上げ、走り回る多数の兵士や船員たちの悲鳴や怒号で阿鼻叫喚の後方甲板に到達する。水魔法で必死に炎を噴き上げる通路の先を消火しようとする灰色のローブ姿の老婆の魔法使いが目につく。老婆は呆然と羽ばたきながらその様子を見下ろす俺に気付くと、両手を振り上げ
「……中に避難民が!天使様お助けをおおおおおお!」
しわがれた叫び声を聞いた瞬間には身体が動いていた。同時に空から雨がポタポタと降ってくる。
炎に包まれた通路へと飛び込むと、火炎が左右に割れ、俺を避けていく。スキル効果の様だ。老婆も俺の背後から勢いが弱った炎に両手から水しぶきを噴射しながら付いてくる。高揚しているような冷静な様な不思議な気分で通路を駆けていくと、大きく分厚い扉が内側から激しく叩かれていたので、力任せに無理やり引きちぎると、中から中年の屈強な船員たちが出てきて
「助かった!まだ中に人が!」
そう言って逃げていった。俺の背後の老婆が
「下の共同船室に避難民が!」
俺は頷いて、階段を駆け下りていく。
階段を降りきった先の開けた船室内では、数百人の座り込んだ老若男女が寄り添って
「女神様……お助けください」
「ママ怖いよ……」
「大丈夫!きっと女神様が助けてくれるから」
「祈るんだ!怖くない!女神様は我々を見捨てない!」
「女神様……私達をお助けください……女神様……どうか」
などと祈りながら励まし合っていた。老婆はホッとした顔で
「煙も炎も来ておらんかったか……」
そう言った直後、大きく船内が横にかたむいた。悲鳴を上げる人々の中、リブラーの声が
この飛行船の飛行システムが故障しました。七分後に墜落します。直ちに船外へと出て、船底を物理的に支えましょう。
無茶苦茶なことを言ってきたが、迷っている暇はない。老婆の魔法使いに
「俺が絶対に着陸させます!皆さんを落ち着かせてください!」
「ああ……天使様……」
老婆を涙を流し、跪いて祈りだした。気にしている余裕はないので、急いで階段を上がり、甲板へと出ると外は、夜空から降ってきている大雨で炎は消え始めていた。視界が悪すぎる中、天使の羽根を出し、傾きながら落ちていく巨大飛行船の船底へ飛んで、回り込んで行く。
船底へたどり着いたが大きすぎて、一瞬、どうしたら良いか迷うと、頭の中でボニアスの呆れた感じの声が
「お人好しめが。両腕を上げ、船と逆に向いて羽ばたきながら前側の船底を思いっきり上に押すんじゃ。そうそう、もう少し手前……そこじゃ、そこをそのまま思いっきり押しながら全力で羽ばたけ」
やってみると一気に重みが全身にのしかかったが、先ほどの人々の顔が頭に過ぎると、急に力が溢れてきた。
そこからは必死でよく覚えていないが、気付いたら飛行船は滑りながら大地に着地して、直前まで支えていた俺は飛行船の船底と柔らかい土の間に挟まり、変な体勢で埋まっていた。間に挟まれて滑っていく間、服は擦り切れてなくなり、天使の羽根ももがれてすり潰されてしまったが、何で俺、死んでないんだろうな……手足も指すらあるんだけど……などと思っているとまたボニアスの声が
「さっさと横穴でも掘って立ち去れい。見つかると面倒じゃぞ」
俺はとりあえず少し動く右手で横方向に土を少しずつ掘り始める。




