裁かれるべき者
俺が異端審問をやる……?女神教の熱心な信者じゃない俺が?頭の中が混乱しているとマスターが自らトレイに入れた3つの深皿を持って来た。中には油が浮いたスープに入ったヌードルが入っていた。もやしとネギと薄切りの肉も乗せられている。女神が
「わーい!美味しそー!いっただきまーす!」
手を合わせてから、喜んで席に備え付けられた2本の木の細棒……箸っていうんだったよな……を使いながら、ヌードルを「ずずずっ」と音を立てながらすすり始め、シュマリアが真面目な顔で女神のやり方を完コピし始めた。
俺は教国でオリエンタルなヌードルを食べているので耐性はある。とりあえず食べてみようと席に備え付けられたフォークを使ってヌードルを口に入れると美味い……なんだこれ……美味すぎる……。夢中で食べていると女神はニヤリと笑い
「ふっ、ナラン君……私ととんこつラーメンを世界に広めましょう……もう異端審問なんて忘れて!」
シュマリアが冷静な表情で
「女神様の御冗談は面白いですが、この国も救わねばなりません」
女神は苦笑いしながら
「そうね!異端審問をさっさと終わらせてとんこつラーメンを世界に広めないとね!」
俺は邪神のいい加減な話を聞き流し夢中で食べ続け、スープまで完食してしまった。
幸せな食事をした勢いのまま、俺は宮殿の締め切られた門前に立っていた。当然、女神とシュマリアも横に並んでいる。シュマリアが数名いるうちの最も背の高い守衛に近寄ると緊張した表情で
「トラアス教国、上級テンプルナイトであるシュマリアです。国王様に面会を願います」
そう言って鉄札を見せた後、宙で離し、自らに近寄ってきた鉄札をキャッチする。守衛は怪訝な顔をすると
「少し、お待ちください」
宮殿門横の小さな門を開け、屈みながら入って行った。
しばらく待っていると、何と玉座の間で王と会っていたカワユ大司祭が、先ほどの守衛と横門から出てきた。明らかに焦った笑顔で
「王都で司祭を務めさて頂いているカワユと申します。教国の上級テンプルナイト様が、何の御用でしょうか……?」
シュマリアは相変わらず緊張したままの硬い表情で
「……カワユ・ムセ大司祭様ですね。お噂は教国にも響いております。用件についてはここでは……」
カワユは少し肩の力を抜き
「……聞き及んでいると思いますが、我が国は大変な事態になっておりまして……近くに私の家がございます。こちらです、どうぞ」
俺達をいざない始めた。
宮殿からすぐ近くの住宅街のそれほど大きくない2階建てレンガ造りの家に俺達は案内される。狭い庭が見えるリビングで、4人でテーブルを囲んで座るとカワユは
「妻にも先立たれ、茶も出せませんが……」
シュマリアは硬い表情で
「必要ありません。聖書にもございます。汝、茶を望むなかれ」
「十五章の聖鉄騎ビニャメンが魔鉄騎ガニャメンを訪ねた場面ですな。降臨された女神様がビニャメンに言われた言葉です」
カワユにシュマリアは硬い笑顔で
「……現代では不要な礼儀は省くべきと解釈されていますね」
俺がチラッと女神を見ると苦笑いをしているので、多分邪神的にはその解釈はギリオッケーという感じなのだろう。どうせ当時、適当に言っただけなんだろうな……。
シュマリアは軽く息を吐くと、ジッとカワユを見据え
「ミサ姫の事で、異端審問に来ました」
カワユは辛そうな表情で
「やはりそうですか……教国にまで、半日前の神の裁きの噂が?」
半日前ということは城跡の壁を消した神の裁きの事を言っているようだ。シュマリアは首を横に振り
「……教国の命令ではなく、女神様、直接のご指名です」
正直に言ってしまう。女神が「あちゃー」と言った表情で額に手を当てているので、今の発言は失敗のようだ。見かねた俺が
「大司祭様、従者のナランと申します。シュマリア様は、たまたまこの街に我らと訪れておられまして、宮殿へ落ちる2度の神の裁きを見たのです」
女神も続いて滑らかな言葉遣いで
「従者のスズにございます。シュマリア様は、それを女神様のご指名と表現されたのです。ミサ姫に落ちたというのは街の噂で聞きおよびました」
カワユは安堵した様子で
「つまり、未だ教国には伝わっておらぬということですね」
俺と女神が同時に頷くと
「……ならば、秘密裏にミサ姫に直接異端審問を行って頂けませんか?王への許可は私が取って参ります」
シュマリアが何か言おうとするのを女神が軽く手を上げて制すると
「我らも神に否定された異端者のみを、問題にしております。ここで待っていても?」
「もちろんです。シュマリア様、少しお待ちください。急いで行って参ります」
カワユは立ち上がると家から出て行った。女神は目を細め
「この家を見る感じ、倹約に励んでていいんだけど、剛腕のミサ姫の構造改革は止められなかったわけよねえ」
俺が気づいて
「そうか、大司祭なら教会ネットワークの元締めですよね?」
「利権受益者がまともだとさあ。大体別の悪人がその利権を乗っ取りに来るわけ。政治の世界ってその繰り返しよね。そしてほぼ悪い方が勝つ」
女神がニヤニヤしながら言って、俺は唖然とする。女神は目を細め、質素な居間を見回すと
「良い宗教家なんだけど、政治家としては二流ってこと。悪人だけど政治家としては一流のミサ姫には勝てなかった。茶飲み友達の老王にだいぶ愚痴ってたはずだけど、王の娘への信頼が勝ったわけですよー」
楽しげに笑う。
黙っていたシュマリアが急に涙目になり
「……女神様、ナラン様、申し訳ありません」
深く頭を下げてくる。女神はニコッと笑うと
「細かいことは良いのよ!さっさとミサ姫を詰めまくって、監獄島にぶち込む!」
「いや、そんな適当で良いんですか?」
女神は真顔で
「裁かれるべき者が裁かれないと、大きな悲劇が後々起こるわ。国民が法に則って自分たちの手で裁くのが最も良いのだけれど、悪人の権力者っていうのは、中々しぶといからねえ」
シュマリアは深く頷く。偉そうな邪神の超上から目線の講釈を聞き流した俺は、とりあえず事態を見守ろうと思う。今の感じだとメインで異端審問をしなくても良さそうだ。……邪神の真意がいまいち読めないので、まだ安心はできないが。




