残骸
夢を見ていた。長い夢を。影のような人生を送る男の夢だ。彼にとって何も実にならず、成果も成功も両手の指の隙間から零れ落ちていく。孤独はゆっくりと忍び寄ってきて、張り付いた笑顔の裏を蝕んでいく。
男は、人間の殻だけ残って空っぽになった時、人であることを止めた。手始めに自分を搾取する全てを殺しに行った。それは意外と簡単だった。生き物の皮膚や臓器は尖った刃物を受け止めるように出来ていない。服は保温効果と着飾りのためにあり、鉄の切っ先を受け止められる為のものではない。
男が数日かけて、気に食わない全てを殺し尽くした頃、男の前に、老齢の傭兵が立ち塞がった。嗄れた声で傭兵は言った。
「もし、お主ほどの才能を別の機会で見つけていたらのう」
空っぽの男の内面にその言葉は反響して消えた。何の言葉も愛も同情ももはや抜け殻の人の皮が動いている状態の男には届かなかった。
結果から言えば、男は5分後にはみじん切りの肉塊になって、道を赤黒く汚していた。全く手加減をせず、幾多の補助スキルによって研ぎ澄まされた上級風魔法を放った傭兵は、深くため息を吐いて立ち去り、そこには静寂と野犬や微生物によって分解されていく殺人鬼だった男の残骸が残った。
人の形を失っていく死骸は微かに生きている細胞で思った。別の機会、か。別の機会ねえ……そんなものがあるのなら、この空っぽは意味を成さなくなる。殺し、殺されですらそれは表現なのだ。罪や罰は人が造ったもので、神は決めては
い
な
い
……
その通りです。そもそも神など居ません。あなた達の云うそれらは、認知能力が低い故、作りだしてしまった低次元生物の神という概念を利用している酷薄な高次元生物です。混沌の蓋から漏れ出る混沌粒子を利用して、自己拡張しようとしている哀れな虫の様なものです。
感情のない声に男は思った。お前は、消えゆく残骸に声をかけるお前は、なんだ?
私はボウガー、あなたを探して居ました。ルーディア・ブラックバードさん。空っぽで悲しみも憎しみもない純粋な破壊因子。さあ、行きましょう。
……
波の音で起きる。目を開けると頭上は満天の星空だった。砂浜で眠ってしまっていたようだ。ヒハニーキの気配もない。凄く酷い夢だった。上半身を起こし、静かに寄せては返す波の音を聞く。




