この世界が好きなんだ
サナーはグリーンゴブリンの胸に刺さった剣を引き抜くと
「それは、結局のところ、明滅の明か滅なんだよなあ」
いきなり意味不明なことを言い始めた。さらに
「このゴブリンは死んだ。死んだから視点としての役割を失いゆっくりと肉体が崩壊していく。微生物が解いてく。私は生きている。生きているから視点として機能し、量子の揺らぎに作用する」
「おい、サナー?」
「全ての視点は揺らぎと混ざり合い、量子の波をうねりを形成するそこに先も後もないのだ。お前らは溶けていくスープの具材に過ぎない。複雑化する思考によりエントロピーの増大を消費するが良い。それは茶番だ。賽の河原だ。積んでは崩されるそれを無数に繰り返し、挑戦者達は明滅し、そして何れ、お前らの宇宙の泡は弾け、宇宙外の具材として溶けていく」
「おい!サナー!どうしちまったんだ!」
必死にサナーを揺らすが、意味不明なことを喋り続けるだけだ。途方に暮れていると、目の前に満面の笑みの女神が出現した。
女神はしゃがみ込み、突っ伏して死んだグリーンゴブリンの皮膚が剥き出しの頭に触ると
「この子には、愛する妻子が居た。妻子のため、危険な人間の領域に踏み入って、リンゴを取ったり畑を荒らしていた。それで討伐依頼が傭兵会社に出されたわけね」
「……そうだったんですか……」
急激に悲しくなる。女神はしゃがんだまま振り返ると
「争いは奪い合うために起こる。それは食料であったり、通貨などの概念上のものだったり、支配者達の名誉や利権だったり、同種族も異種族も争い合うのよ。満ち足りてもね、もっと欲しくなる。必要ないものが無いことに不安になる」
俺はサナーを抱えたまま呆然としている。女神も何かおかしい。女神は立ち上がると
「……愛は星を救うだなんて言うけど、星は星で自助するわけですよ。定期的に温度をちょっと調節して、表面にいーっぱいへばりついてる邪魔な知的生命体達を土に戻すわけ。チンケな肉欲に動かされてる生き物が語る愛なんて生存欲求とエゴと性欲が混ざり合ったものよ」
俺は堪えきれずに
「大丈夫ですか?」
女神に尋ねるが、気にしない様子で立ち上がるとジッと俺を見つめ
「あなたは、冷え切った残酷な世界にたまたま存在しているだけ。生きる意味などない。そんな世界と自分に価値はあるの?」
尋ねてきた。
言いたいことは少しだけ伝わった。クソみたいな世界で、俺は何で生きるのかと尋ねられているようだ。……わからん……でも、俺はこの世界を別に憎んでいない。子供の頃、ずっと虐められたし、最終的に家から追い出されたけど、それから1年も経たずに色んな人や存在に出会った。わけわからんことばかりだし、今の話も9割何言ってるかわからんが、でも、おもしれえなと思う。悲しみや過ちすら全て。
馬車から船から、ジン・スカイストリートから、海の上から、空から見た世界は晴れていても曇っていても美しかった。色んな光が差し、色んな匂いがして、何かワクワクした。旨いものも食べたし、こんな俺が愛を知った。ベッドを共にしたリースは神聖で、愛おしくて柔らかくて、でも壊れてしまいそうで、お互い癒すように優しく抱き合った。それは嬉しくてリースと同じ生き物になったようで……うん、そうだな、わけわからん色々も、きっと俺がもっと大人になればもっと!ずっともっと理解できるし自分のものにできると思う!俺はこの世界が好きだ。俺はこの世界をもっと見たい!
俺は、この世界が好きなんだ!全てを愛している!
そう思った直後、俺の胸から光が溢れ出し、辺りを真っ白に照らし出した。
……
海鳥の声に両目を開けると、浜辺に一人で寝転んでいた。少し離れた位置からヒハニーキの声が
「スキルも使わず、生きるの楽しいってだけのガキンチョパワーで、混沌の蓋を閉じるとはなあ」
「……よく分からないけど……終わったんですね?」
辺りは普通の浜辺で柔らかい太陽と、頬をくすぐる海風と寄せては返す波の音が優しい。
「ああ、もう大丈夫だ。大天使ナラン、少し休むか?大仕事を成し遂げたぜ」
「そうさせて、貰います」
両目を閉じると、吸い込まれる様に意識が落ちた。




