私を抱きしめて
ノヴェナの入ったスズをアン王女から引き離しながら、山頂入口付近でスズの無数の幻影に纏わりつかれているローウェルの側まで戻ると、彼は立ち上がり
「お、帰って来やがったな」
そう言って、煙草を革ケースに突っ込んで揉み消しケースを懐に入れた。直後に俺の横に居たスズが異様な気配を放ちながら
「……私を討伐しようとしてるでしょ?」
ローウェルが
「まあ、そうだな」
そう言った次の瞬間、スズごと俺達の周囲を直径50メートル程の六角形の桃色のバリアが空の上まで包み込む。
スズは呆れた様子で
「……忍術秘奥義ね。私のこの位置に集中した意識を隔離する戦略か」
ローウェルはダルそうに頷くと
「このくらいしねえと宇宙中に無尽に広がるお前は停められんだろ」
スズはニヤリと笑うと十メートル程、俺達から距離を取り、両腕を左右に広げると
「……私が本気を出すのは、一方通行の時間計算で、千年ぶりよ」
そう言いながら、自らの右側に直径5メートルはありそうな鷲鼻で厳しい女性の顔、そして左側に充血した両眼を見開いた馬の頭で筋骨隆々とした肉体を革鎧に包んだ獣人を出現させた。
ローウェルは落ち着いた様子で
「ナラン、こっちから見て左側の浮いてる顔がヴァゾグルで、右側のがウマミイだ」
俺は黙って頷く。ここまでは大天使セイが予測していた展開通りだ。2体共に女神の別人格が具現化したものらしい。スズは腕を組み
「ふっふっふ!ここまで私を本気にさせたのは久しぶりよ!」
左右に結んだ髪を揺らがせながら
「さあ!行くのよ!ヴァゾグルちゃん!ウマミイちゃん!神に逆らった不届き者達に裁きを!」
そう言った直後、大きな顔が大きな両眼を不快そうにスズに向け
「嫌じゃ」
よく響く威圧的な声色であっさりと拒否した。ウマミイも腕を組んでスズを見ながらウンウンと頷く。
ヴァゾグルと言われた大きな顔は
「そもそも千年も我々を寝かしておいて、いきなり呼び出す性根が気に食わぬ」
ウマミイも口を開き
「その間、好き勝手、楽しんでた。私、見てた」
片言でしっかりと抗議する。スズは涙目になり、慌てて
「ちょっと!神の裁きしたら、身体あげるから!分離して遊んでていいから!」
大きな顔は「へっ」と嘲笑うと
「信用出来ぬ。一人で戦え」
そう言って薄れて消えていき、ウマミイも腕を組んで何度も頷きながら薄れて消えて行った。
スズは唖然としているが、完全に計画通り進んでいる。大天使ナーニャによると、別人格達ですら女神が邪神過ぎて愛想を尽かしているだろうとのことだ。……気持ちは分かる……短期間の付き合いの俺でも信頼がマイナスになっているのに、無数の時間、好き勝手する女神を見ていたら別人格でも嫌気が差すと思う。
その後、スズは、老若男女や様々な有象無象、どんだけ自分の中に飼ってるんだよ……と呆れる程に別人格達を呼び出しては断られ、呼び出しては断られを繰り返し続け、とうとう心が折れて座り込んだ。そして
「うう……タカユキい……タカユキい、皆から嫌われてた私を抱きしめて……」
謎の名前を呼びながら大の字に寝転んだ女神の横に、突如、白い半袖シャツと黒いズボン姿の俺と同じくらいの年齢の特徴の無い黒髪黒目の男が現れ
「……隔離空間に呼び出すな……まあ、隔離空間だから、来られたのもあるが」
そう言うと、右手に虹色の光で出来た剣を出現させると
「ローウェル、手を出すな。ナラン、本気で来い」
俺の名を呼んで来た。




