良い神
いや、でも出てる水が綺麗だぞ……臭いもしない……どうなってんだ……などと混乱しながら、澄んだ水を噴出し続けながら3メートル程浮き上がっているアン王女を呆然と見上げていると、スズが大きくため息を吐き
「大気中から水分を集めすぎね。吸引する水分のスキルを入れたなら、躍動する代謝も追加すべきよ」
そう言って、すぐ隣に居ながら水しぶきを一切浴びてないリースを見つめ
「本物の聖者の邪魔になる前にさっさとやるわ。私なら」
我に返った俺は急いで
「アン王女に!躍動する代謝、スキルよ!付け!」
そう叫んだ。直後にアン王女の剥き出しの全身から汗や各種体液が一斉に噴き出し、一つの出口から噴出している水は治まって行き、ペタリと着地した。大量に噴出した水で冷えた岩の上でアン王女は座り込み、顔中からも色々垂れ流しながら
「ぴょ……ぴょうええええ……」
空気がぬけたような声を出した。
正直、ここまでされる必要あるか?誰もアン王女を恨んでないし、ただ偽聖者スキルを出来心で付けてしまっただけだ。教会的には大罪だろうが、信仰対象の女神は本気でどうでも良さそうなので、どうにか解放させられないものだろうか。ローウェルが背中を向け煙草を吸いながら
「……これでアン王女が死ぬことは無くなった。女神、ナラン、さっさと続きやるぞ」
いつの間にか俺の横に立っていた大天使セイが
「抜けた栓と同じデザインのワープ装置を付けておく。これで……ああ、馬鹿馬鹿しい……とにかくこれでまたスムーズに肥溜めに直送されるからな」
そう言うと消えた。スズは真顔で青空を見上げ
「宜しい。マリオンヌ、三組目を」
そう言った。
全身から大量の水分を垂れ流し白目を剥いているアン王女の様子を見ていると、急に頭上が陰り、見上げると、空から巨大な岩がゆっくりと降下して来ていた。直径十メートルはある磨かれた様な光沢を放つ、丸い大岩が、リース達の居る中心部を避けるように岩場へと着地すると、大岩の上からよろけながら飛び降りた豪奢な貴族服と真っ赤なマント、そして王冠を被った老いたゴブリンがスズへとヨタヨタと駆け寄り、跪きながら
「女神様!守護神をお戻しになり、ゴブリンキングダムを再興して頂き、ありがとうございます!」
嗄れた声で精一杯の感謝を伝えてくる。スズは老ゴブリンの手を取り立ち上がらせると
「スモッチャ、いつも我々は、あなた達を見守って居るわ。困りごとが無いなら、後ろのボゲネグーワの通訳をして貰える?」
優しい調子でそう言うと、老ゴブリンは申し訳なさそうに
「女神様……実は、世界中から、安定したわが国へと同族の移民が押し寄せておりまして……受け入れるのは吝かではありませんが……」
スズは頷くと
「宜しい。にゃかちゃん!ルール造り宜しく!」
スズの頭の上に出現した、腕を組んで黄色いマントをはためかせた二本足で立つ白猫姿の大天使にゃからんてぃは黙って頷き、消えた。
老ゴブリンは丁重に頭を下げると
「どうぞ」
背後で佇む大岩へとスズをいざなって行く。ローウェルが俺に小声で
「あの大岩は無機生物の王だ。彼らは思考が独特過ぎて、女神でも通訳が要る」
「マジか……」
あの女神が直接喋れないとはどういうことだよ……ローウェルと少し離れた所に立ち、怖怖と、丸い大岩のすぐ側で腕を組んで立ったスズと、腰が曲がった老ゴブリンを眺めていると、突然、大岩の正面が口の様に大きく開き、まるで風穴に突風が通っていくような不思議な声で
「……感謝を……女神よ……」
スズが黙って頷き返すと、大岩は
「スヴァタウ星雲が……傾いた頃……強度の強い雨が……降った……のです……曇りの朝日が……エンフェルナを……差し……震えが……逆光を生みました……十七度の森は……如何か?」
スズは、はっきりと
「なるほど分からん!……ごめんね、通訳お願いね」
老ゴブリンは会釈すると、軽く咳払いをして
「では通訳いたします……地磁気の流れが不安定です。不安に思っている同族が多く居ます」
スズは腕を組んだまま大きく頷くと、大きめの声で
「それに関しては、現在私が直に対処中よ!ポールシフトの前兆だと思うわ!どうにかするから心配しないで!」
少し間を置いて、大岩は口を大きく開けると
「……感謝を……女神よ……」
「スモッチャ、悪いけど後がつかえてるの。長生きしてね、賢く優しいあなたが頼りよ」
スズは何と老ゴブリンを強く抱きしめ、老ゴブリンは涙を流しながら黙って何度も頷いた。
大岩に乗って再び青空へと上昇していく老ゴブリンを見上げながら、ローウェルに
「女神様、あのゴブリンと親しげだったな」
俺が想像していた女神の慈愛そのものだった。女神教徒に対する態度と真逆と言えるかもしれない。ローウェルも大岩を見上げながら
「……シーネが守護神を暗黒地帯に封印して、長年不安定だったゴブリンキングダムをどうにか保ってた賢王だったんだよ。ついこの間、王位を子供に譲ったんだが、どうしてもこの場に自分で来たかったようだな」
「……ああ、自分の娘が迷惑かけてたからか」
ローウェルは軽くため息を吐き
「シーネの管理者としての方針を尊重はしてたが、裏で不利益を被っている存在にフォローもしてたわけだな」
「……すげえ良い神に聞こえるけど……」
「良い神ですけど?ゴブリンちゃん達好きだし」
いつの間にか横に居たスズに思わず飛び退く。ローウェルはスズに呆れた顔で
「だったら人間を襲う野良ゴブリンを何とかしろよ」
「それは人間とゴブリンがどうにかする問題よ。次!」
まだまだ陳情と直訴は続くようだ。岩場の中心部を見ると、アン王女は安定したようで、汗だくのまま跪いて祈り始めた。




