陳情
山頂岩場の中心地である広い岩石が何枚も重ねられた場にリースとアン王女は並び、目を閉じて膝を折って座る。俺達護衛は十メートル程距離を取って、岩場に立ったまま警護をする。
とは言え、他者の目もないので、我々警護もすぐに座ってマスクや頭巾を取り、雑談をし始めた。スズが面倒そうに重ねられた岩上の一糸纏わぬ2人を見つめ
「……まず、熱くなる」
ローウェルが目を細め
「それから鳥……なら良いけど、色々と飛来する」
何か怖いことを言い出したので、俺がビビりながら
「あの上で裸で七日座るだけでは?」
スズは真顔で
「そんな楽なら、聖者である必要はないでしょ?一般の修行者もここ使わせてるはずよ。普段は山頂付近は禁足地なの」
知らなかった。勉強不足で恥ずかしくなる。急にローウェルが立ち上がると、青空を見つめ
「もう来やがった。早くねえか?」
女神は大きく息を吐くと
「よっこらしょ」
立ち上がり、俺にも立ち上がるよう促すと、ローウェルにも手招きし、3人で岩場の中心地へと近づいて行く。
俺の視力でも、何か大空から近づいて来ているのが分かった後は早かった。数百匹の全身毛むくじゃらで両腕が羽根になっている人間もどき……いや、ハーピーだ。アンリミテッドボードでノヴェナスヴェナ姉妹が演じていたモンスターとそっくりだ。ハーピー達は瞬く間に降下してくると、祈っているリース、アン王女、そして俺等3人を見回し宙で羽ばたきながら小声で話し合いをした後、スズに向け、緑の毛並みの体格の大きな雄1体が降下してきた。
雄のハーピーは着地し、2メートル半はあるだろう身長から派手な顔を微笑ませて見下ろしてくると、スズに深く頭を下げ
「女神様、お初にお目にかかります。ネベラキシャの息子であるシャキヤラニです」
スズは腕を組み、偉そうに頷くと
「出来が良さそうで良し。で、困ってることをさっさと教えて」
シャキヤラニと名乗ったハーピーは顔を上げ、あくまで穏和な雰囲気を崩さず
「我らが住処の大樹の一本が枯れかけております」
スズは真顔で頷くと
「宜しい。ナーニャちゃん!」
大天使ナーニャがスズの横に出現しシャキヤラニを見上げながら
「私は見えるねー?」
「はい。この時の為、私は育てられたが故、大天使様のお姿も見えております」
「ごめんねー。もっと早く気付けたら良かったんだけど。じゃ、先に行ってるから」
ナーニャがスッと消えるとスズが
「次がつかえてるから。私やナーニャちゃんへの礼儀や供物は必要ないわ。自分達で使いなさい」
顎を上げて立ち去る様に促す。シャキヤラニは長身を折り曲げ、深くスズに頭を下げると飛び上がり、仲間達と飛び去って行った。
何が何だか分からないので、ダルそうに座り込んだスズに
「何なんですか?」
「この七日間に世界中の種族が、大天使への陳情とか私への直訴しに来るわけ」
ローウェルが風下に向け、煙草を吸いながら
「……人間達の聖者発生の儀式に、必ず女神や大天使が居ることに目を付けたドラゴン達が、陳情に来たのが始まりだ」
「そ、そうなんですか……習ったことなかったですけど」
スズは大きくため息を吐いて
「女神教信徒の乳飲み子達を怖がらせないように、セイちゃんがお空で交通整理と、光の屈折率を調整して偽装をしてるわ」
ローウェルが青空を見上げ
「今回はジン・スカイストリートが待機所代わりになってるな。次の組だ」
急にゾッとする感覚が俺の全身を包む。
近くに揺れている人影が立っていた。また長身だ、2メートル弱ありそうだ。ローウェルは後ろを向いて煙草を吸い、スズは少し嬉しげに
「どうしたのレオナルド」
人影は胸に手を当て軽く会釈すると
「ヒト世界への潜入任務に飽いた。刺激が欲しい」
聞き惚れるような美しい男性の声を聞いたスズは腕を組み、少し考えると
「トーキングソウルの調査を頼んで良い?ウィズ王国都に1体居るわ」
人影はしばらく黙って揺らめくと
「……引き受けよう。報酬は?」
「新鮮な血液千年分。私が培養して作るから犠牲者は出ない」
「……マイゴッドに忠誠を」
人影は薄れて消えた。
恐ろしいというか悍ましいが、声色は魅力的な存在に呆然としていると、ローウェルが煙草の煙を風下へと流しながら
「ヴァンパイアのレオナルドだな」
スズは頷くと
「リッチに化けてヒト界に潜入させて居たわ。ナラン君の調査もさせていたから一度、地下に行った時、すれ違っているはず」
記憶にない。スズは青空を見上げ
「マリオンヌ、一旦、止めて。アン王女がそろそろ限界よ」
そう言った。
重ねられた岩場を見ると、アン王女が
「ほえあっ!ほあっ!あつっ!」
などと言いながら飛び跳ねていた。足元の岩場が熱されて座っていられなくなったらしい。隣のリースは一切揺らがず祈り続けている。スズが
「ナラン君、スキルで助けるか、偽聖者として教会に報告するか、早く決めて」
冷ややかな目つきで言って来る。俺がローウェルを見ると
「へっ」
軽く噴き出して横を向かれた。手伝う気はないようだ。当然助ける。今度こそは、付けるスキルを人に頼らず自分で考えようとすると、頭の中でボニアスの声が
「ナランよ。内蔵する濁流、吸引する水分、そして勇者の腹筋じゃ。この3つのスキルを付ければ、アン王女は助かるぞい」
「アドバイスとか珍しいじゃねえか……」
何か企んでるだろ……この性犯罪者……無視しようとしているとノヴェナの声が
「ナラン君やってあげて。師匠は真剣な顔してる」
「大丈夫なんですか?」
絶対罠だと思う。しかしノヴェナは真面目な声色で
「サナーちゃんを失ったナランに何かしてあげたいんだって」
いや別に失った気はないけど、そういう理由なら信用しても良いかもしれない。ボニアスも案外良いところがあるのかも。
大きく息を吐き、アン王女へ向け手を翳し
「内蔵する濁流、吸引する水分、勇者の腹筋スキル達よ!アン王女に付け!」
そう強く祈ると、岩の上で飛び跳ねていたアン王女がピタッと停止して、その直後、ガタガタガタと大きく左右に震えだした。そしてまたピタッと停止すると、全身が真っ赤になり腹が急に膨れ、そして
「おっ!おはーっ!」
と叫びながら……うん……噴射される水の勢いによって3メートルくらい真上に身体が飛んだ。何処から噴出されたかは脳内で描写すらしたくない……とにかくひどすぎる光景が目の前に広がる。
直後にズズの真顔にポンッとコルクの栓が当たり、ローウェルが堪えきれずに笑い出して、スズは足元に落ちた栓を見下ろすと、表情を変えず、それに指を差し燃やした。




