御聖体大青雲御祈祷
通路やホールの節々で祈りを捧げているシスター達やモンク達を横目に、前後を固める警護のローウェルと俺達に、挟まれてリースとアン王女が左右に並び進んでいく。リースは静寂と穏やかさ、そして慈愛が同居しているような佇まいだが、アン王女は全身が小刻みに震えながら時折、尻の方へ右手を向けようとしては止める。ということを繰り返している。やはり栓を取りたいらしい……。
一階大ホールを抜け、聖塔の正面門から外へ出ると、左右にズラッと、御聖体沐浴行水の儀式で見た各国貴人達が並んで、こちらへと微笑みかけていた。俺達がその中を通ると、順に祈りのポーズになっていく。ウィズ国王もミャーマもヘグムマレーもしっかり居て、祈っていることを確認する。
遠巻きに見守る大観衆の中、貴人達が作る道を通っていくと、その先に屋根の無い粗末な馬車が待っていた。車輪もボロボロですぐに外れそうだ。手前には粗末なサンダルを履き、古いローブを纏った教皇が立っていて微笑みながら
「さあ、御聖体大青雲御祈祷の儀へとお連れします」
そう言ってリースとアン王女を馬車に乗せ、自らが御者となり大観衆からの大歓声の中、聖塔を迂回し、その背後にそびえ立つ大ルパーソナ山へとゆっくりと進み始めた。
ボーッと眺めていた俺は、ローウェルに背中を叩かれ
「追うぞ」
大衆に囲まれてゆっくりと進む馬車を走って追いかけだした。すぐに追いつき、遠巻きに馬車を眺めながら早歩きしていると黒頭巾と黒マスク、黒装束姿のスズがいつの間にか俺達に合流して来て
「しょーもない儀式の第二幕が始まったわね」
そう言いながら、右手で軽く馬車を指さすと、すぐに下げた。ローウェルが真剣な
口調で
「車輪の補強だな?」
「そうそう。アン王女の偽スキルで、もう外れそうだし。アレやめたら良いのに。本物の聖者しか乗って無くても、結構ギリギリなのよ。時々、手伝ってる」
ローウェルはしばらく黙ると
「栓はどうすんだ?」
「さあ?ナラン君が、脳内の住人達と相談してやれば?」
2人に同時に見られ
「いや、山に着いてから考えます……」
前方の視界一杯に広がる大山脈を見上げる。
結局、数万人の大観衆を引き連れながらゆっくり進む馬車は、正午過ぎにようやく大山脈の麓にたどり着いた。山頂まで一本道で伸びている広い山道の入口を屈強な七名のモンク達が警護していて、到着した馬車へと頭を下げる。ローウェルがモンクの中の最年長であろう枯れた身体の老人を見ながら
「ヤン老師か。ファブリーナからよく出てこられたな」
スズが頷いて
「ヤンちゃんは、神聖化されすぎよ。年中ジョークばかり言ってるおちゃめさんなのに」
などと雑談を始めたので、黒装束の懐から携帯食の乾燥した豆を取り出し、黒マスクをずらしボリボリ食べていると、いつの間にか近寄ってきた豪奢なローブ姿のヘグムマレーに横から
「ナランよ」
ビクッとして
「ど、どうしました」
ヘグムマレーは微笑むと
「娘が完璧なのは分かるが……正直なところアン王女は……」
小声で尋ねてきた。山道の近くでは教皇と聖者2人が降り、馬が馬車から外されて離された瞬間、馬車の四輪全て外れて崩れ、見守っていた大観衆から大歓声が上がっている。
どう答えるべきか悩んでいると、スズとローウェルが近づいて来て、スズが
「偽聖者よ。つーかさあ、私はどうでも良いんだけど、ナラン君とかセイちゃん達が守っちゃって」
ローウェルが黒マスクの下で明らかに苦笑いしながら
「ヘグムマレーさん、この子、女神だ。会うのは確か2回目だよな?」
雑に紹介すると、ヘグムマレーは慌てて跪こうとして、スズとローウェルに腕を取られて止められる。スズの手にはしっかり緑のバリアが張られていた。ローウェルは軽い調子で
「ヘグムマレーさん、そんな大層なもんじゃない」
ヘグムマレーは明らかに感動した様子で涙ぐみ
「女神様、娘をどうぞよろしくお願いします」
スズはしばらく、崩れた馬車がモンク達によって片付けられていく様子を眺めると
「……ヘグムマレー君、リースちゃんには大き過ぎるマイナススキルで迷惑かけたわ。アレは、ある意味、私なりの補償よ」
そして、尊敬と感動が表情から溢れているヘグムマレーの視線を避けるようにそっぽを向き
「数日以内にナコミ帝国が祝賀団をここに発するわ。意味は分かるでしょ?」
そう言うと、逃げるように観衆の中に紛れ込んで行った。
ヘグムマレーはしばらく呆然とした後、女神が去って行った方へ両手を組み合わせ
「女神様、沢山の実りを感謝いたします」
短く祈ると俺に真顔で
「……外交上の優位をわが国は女神様から頂いた。早速、国王達に伝えよう」
そう言って、後方へと去って行った。ローウェルはダルそうにため息を吐くと
「行くぞ、護衛再開だ」
そう言って、山道の入口付近で遠巻きにモンク達や教皇に見守られながら、ローブを脱ぎ始めた2人の聖者へと近寄っていく。




