熱量消費
瘴気を放つ漆黒の本を持った大天使セイが俺の横に出現すると
「ナーニャ、良いのか?」
「うんー……多分さあ、みんなで読めば大丈夫だよ?」
モノラースが苦笑いしながら
「俺も付き合わされるわけだ」
セイが苦い表情で、座っている俺に禍々しい本を手渡してくる。そして
「セイ様は時間を大切にする大天使だ。迷わずに開け。分かってると思うが、この”心と身体のずれ”が読まれるのは2回目だ」
ジッと俺を見下ろし、促して来た。
俺は深呼吸して、瘴気を放つ黒い本を開いた。何でそうするべきかは聞かなかった、大天使達とモノラースの様子でそうするべきだと理解したからだ。1ページ目には一行だけこう書かれていた。
結局、何をやってもダメで、全ては意味はない。
セイが真顔で
「虚無だ。無力感を通り過ぎた諦めが、お前の半身だな」
ナーニャが微笑みながら
「悪いものじゃないよ?前ばかり見てたら疲れちゃうでしょう?」
モノラースが腕を組み考え込みながら
「思考や行動の複雑化によるエントロピーの増大にまつわる熱量消費が、宇宙での知的生命体の崇高な使命だとするならば、前向きも後ろ向きもないからな。どちらも生産的だ」
大天使セイが不満げにモノラースを見つめ
「そう言う側面はあるが割り切れずに、秩序と混沌を繰り返しながら前に進む姿が美しいとセイ様は思うぞ」
モノラースは皮肉めいた笑みを浮かべ
「女神は混沌そのもの、まさに膨大な熱量消費に特化しているではないか」
セイがウンザリした様子で
「あいつはアホだから仕方ない。ナラン、二ページ目に進め。セイ様達の話は気にするな。特殊な生命体達の世間話に過ぎない」
ほぼ2人が言っている意味が分からないので次のページをめくるとこう書かれていた。
俺、俺ってなんだろう……俺って何で生きてるんだろう。いじめられ、頭も悪くって、ずっとみんなと違う。俺も仲間にしてくれよお……俺もみんなと一緒がいい……俺も……。
セイは何でもないような顔で
「自己否定と、他者との同調を渇望だな」
ナーニャが腕を組んで胡座のまま浮き上がり
「うむー……これは私も同じ考えですねー」
「強烈なオリジナリティがあるほど他者と交われないんだ。それを肯定できなければ、こうもなる。例えばナーニャはナランと比べると良い環境と、膨大な才能を持っているからな……」
セイがそう言うと、モノラースが顔を顰め
「くだらんな。同調が出来ないなら、自覚してそういう生き方をしろ。そのナランのオリジナリティというものも、同調圧力が激しい中世でたまたま抜きん出た公平性を持って生まれた程度だ。そもそもナランは既に同調する必要の無い力を持っている。解消されたと考えても良いのではないのか?」
セイが苦笑いで
「そう言ってやるな。20年も存在していない個体だぞ?」
「うむー私と同年代ですねー」
ナーニャにモノラースとセイが
「嘘を吐くな」
「それは無理がある」
同時にそうツッコんで涙目にすると、モノラースが
「早くめくれ」
急かして来た。頷いてめくると
サナー……何なんだよこいつは……俺につきまとって来て……1人にしてくれよお……俺はもういいんだよ……放っといてくれよお
ナーニャは浮き上がったまま逆さになり
「ふむー……ずっと興味を持たれるのも辛いですなー」
セイが鼻で笑い
「嫌でも周囲の状況が突っついてくるから面白いんだぞ?贅沢だなナランは、内面に虚無を持ちつつ、他者から興味を持たれ、人間的で健全だよ」
モノラースは腕を組むと
「果たしてそうだろうか。サナーという激しい命の炎に照らされ続け、ナランは焼かれて行っていないか?」
ナーニャは逆さのまま頷くと
「サナーちゃんこそ強いからねえ……ヘラった時も凄いしー……うむー」
セイは天井を見上げ考えると
「恋をする個体は強い。特に迷いのない者は強いぞ。もはや性別不詳のセイ様やナーニャは分からんがな」
「何を言ってるんですかー。セイさんも私も永遠の女の子ですよー?」
宙に座ったままグルグル回り出したナーニャに、モノラースが苦笑いしながら
「次を開け、ちっぽけな人間ベースのお前のチンケな悩みを見せろ」
そう言って来たので更にページをめくっていく。
それから何ページめくっただろうか、どのページも俺の人間的な悩みが数行書かれていて、大天使セイ達がそれについて喋り、ということを続けていくと、不思議と心が軽くなっていった。そして「観閲注意」と血文字で書かれたページにたどり着いた。
いきなり俺の背後から
「あっ、それ私も見たいー」
全員がそちらを向くと、身体をサッと後ろに向けた女神が立っていた。セイが呆れた表情で
「姿を現す必要がないだろ……黙って見とけ」
ナーニャが
「トーキングソウルの侵食に興味があるのー?」
モノラースが驚いた表情で
「リブラーが、元村長から魔力を汲み上げるのは危険だと思っていたが、こんな所に侵食が出ていたのか?」
女神は後ろを向いたまま、黙って頷くと
「うん……ナラン君、めくって」
俺は手元の本に向き直り、次のページに手をかける。




