襲撃
朝の風と匂いの中、縦一列で2台の檻車は山道を進む。色々と考えることはあるが、考えても仕方ない気もする。しかし、サナーから吹っ飛ぶくらい殴られたのに、全く傷も痛みもなかったよな……。歯が折れててもおかしくないんだけどな……。空いた左手で自らの右頬を触りながら思っていると、前方の檻車が停止した。俺も馬を停めると直後にサナーが面倒そうに声を荒げ
「ゴブリンの襲撃!」
瞬く間に前方の檻車と、後方のこちらの檻車7がそれぞれブラックゴブリン一匹に指揮されたレッドゴブリンの別々の集団に囲まれる。
前方の檻車の周囲では素手のサナーがレッドゴブリン達と乱闘を始め、こちらでは俺が檻車から静かに降りると、レッドゴブリン達の輪の中からブラックゴブリンが進み出てきて
「かっ……金と食料をだ、出せ……」
何処か怯えた様子で言ってくる。不思議な程なんとも思えないので、冷静に
「金も食料もそんなには無いし、今、教国に聖者を移送中だ。邪魔するなら相手になるが?」
そう俺が答えるとブラックゴブリンは急に跪き、レッドゴブリン達も一斉に跪いた。
檻車の中からリースの祈りの声が響き出し、前方でサナーにボコボコにされたレッドゴブリン達もこちらへと逃げてきて次々に跪いて行く。そして空へと向けて何か祈り始めた。妙に神聖な光景と言うと変だろうか。黙ってそれを見つめていると、ブラックゴブリンが顔を上げ
「あなたも、神聖なる存在だと感じます。一つ、我らの話を聞いて頂けないでしょうか?」
俺は黙って頷いた。
鼻血を出したもう一匹のブラックゴブリンもこちらへと逃げてきて、二匹で素早く何かを話し合い出すと、俺に話しかけてきた方の一匹が
「我々は、人間の支配権から脱する為、ゴブリンキングダムへの旅の途中です。どうにか手持ちの金と食料でやってきましたが、それも尽きました。どうか、助けては頂けませんか?」
あの強力なブラックゴブリンが俺に慈悲を乞うている……すげー光景だなと思うが、それに酔ってはいられない。
俺は人間としてブラックゴブリンに
「今まで、人間を何人殺した?」
そう尋ねると、慌てた様子で
「滅相もない!ウィズ王国の王都圏内ではゴブリンが人を殺すと執拗に討伐隊が追ってきます。我らはここより北方の山野で細々とリンゴやミカンなどを育て生きてきました。人間との売り買いすらあったのです」
もう一匹のブラックゴブリンが
「しかし……もう限界です……。今のウィズ国王はゴブリンを積極的に排除する方針ですし、今年は不作で……そんな時、旅のゴブリン商人が、ゴブリンキングダムに神が戻ったと教えてくれました。五十年に渡る、長い、王族たちの権力闘争も終わったと……」
俯いて黙り込んだブラックゴブリン達の事情はよくわかった。
全く恐怖を感じないので、ボコボコにして追い返すのは容易いが、俺は今は管理者で大天使らしいので、一応、女神の代理として考えると……などと迷っていると、俺の隣にいきなり出現した大天使セイが、寝ぼけ眼をこすりながら
「ジャラルエアの息子のビャグヴァルよ。超神聖大天使セイ様だ。大天使ナランは未だ見習い期間中でな。私がお前らの面倒は見る。ナラン、行け」
俺は慌てて御者席に戻り、既に進み始めた前方の檻車に付いていく。
山道を抜け、人けのない林道を進み出すとようやく気持ちが収まってきた。しかし大天使セイはよく俺の面倒見てくれるよな……もしかして、女神じゃなくて聖書外伝で恐ろしく書かれているセイの方が、偉いのでは……などと不埒な考えを浮かべていると、朽ちた墓石が左右に大量に並ぶ廃棄された墓地の様な地点に差し掛かった。前方の檻車が停まり、サナーがダルそうな大声で
「アンデッドの襲撃ー!」
と警告した直後に、左右の墓地や土の中から大量のゾンビやスケルトンが腕や顔を覗かせ出てこようとした直後だった。リースの入った檻全体が光輝き、瞬く間にアンデッド達は墓地や土の中へと戻っていく。すげーな聖者……これがリアル聖者のリアル奇跡か……などと馬鹿なことを考えながら、馬の手綱を握り直した俺は再び進みだした前方の檻車に付いていかせる。




