良いやつだった
目覚めるとアン王女監視部屋の椅子に座っていた。アン王女は山道の端に停められた檻車の中で仰向けで寝ている。山道の草木が雑然と映し出され透過している目の前には腕を組んだモノラースが座っていて
「……ナラン、悪いな。俺が呼んだ。目覚めたお前を1人にしたくない」
眉をしかめながら、なんと謝ってきた。俺はリースのことを思い出し、項垂れる。モノラースが
「……知的生命体は自由だ。自由故にすれ違い、争いもする。恋愛とは、仕事や階級闘争では無い。ただ公平な2人がお互いを確かめ合うものだ。だが互いの環境や状況に左右され、うまくいく方が少ない」
「……」
小難しい話は良く分からないが、何か涙が出てきた。
座って項垂れたまま顔を覆っていると、モノラースが立ち上がり
「……お前は、半身がいなくなったかのように思うかもしれないが、何も失っていないんだ。ただ経験を積んだ新しいお前が居るだけだ。ここが大人への入口だぞ」
俺の肩を軽く叩いて出て行った。何か良く分からないがありがたい……こんなにも、本気で愛した人への失恋がキツいとは思わなかった。嘘が嫌いだというモノラースがここまで心配するとは……そうか……リースはもう戻らないのか。前あったみたいに、俺へのドッキリでもないんだろうな……。
涙がようやく止まったので、しばらく黙って座っていると、扉を開け、ボニアスが入ってきた。そして俺を見て噴き出し、大笑いしながら
「なんじゃ、ピュアボーイじゃったのか!」
隣の椅子に座ると俺の背中をバンバン叩きながら
「オナゴなど星の数程おるわ!良かったのう王族なんて質面倒くさいものにならんで!いやースッキリしたわ!大天使で惑星管理者ともあろうものが、たかが人間に振られたくらいで落ち込むとはなあ!いやー痛快じゃ!」
好き勝手言言いまくると立ち上がり、口笛を拭きながら上機嫌で部屋から出て行った。全然ムカつかないのが不思議だ。ボニアスなりに励ましてくれていると思うことにする。
俺は立ち上がり、部屋を出ていく。エシュリキアコーライ達で溢れた屋敷内を地下室へと向かう。そうだ、確かめなければならない。本当にリースが俺から心を離したのか。階段を降りきって、心の本棚がある壁の近くまで進むと、黒装束のサナーが立っていた。
「モノラースがな、呼び出してきた。事情は聞いたが、金髪女は本当に行ったのか?」
「ああ、振られた……心の本で確認しようと思ってる」
サナーは首を横に振り
「やめとけ。きっとナランが嫌になる。もっと悲しくなるだけだ」
「そうだろうか……」
サナーは俺に抱きつくと涙声で
「……うう……ナラン、なあ、きっとな、重いマイナススキル持ちの苦しさって本人にしか分からないんだ。それが急に全て消え失せたら人格が変わってしまうほどにな……」
「だろうな」
リースは本当に大変だっただろう。
「……だから私は友達として金髪女を黙って送り出そうと思う。あいつが、嫌な女ならもう代わりに復讐に行ってる。でもリースは本当に良いやつだった。奴隷の私から見ても努力家だった」
また涙が溢れてくる。サナーは抱きついたまま
「大丈夫。私が居るし皆が居る。ナラン、大丈夫だ」
「サナー……ありがとな」
そこで俺は意識が落ちていった。
……
暗い部屋で1人目覚める。まだ夜か……しばらく天井を見上げ、ベッドから出ていく。きっと思い出したらダメだな。一階へと降りていき、光石のカバーを取り、人けの無い家の庭が見える居間のソファに座り、薄暗い外を見つめる。ふと、王都へとリースを追うべきなんだろうか……と思う。いや、ダメだな。きっと俺は今持っている全ての力を使い、リースを引き寄せようとするだろう。それはもう愛じゃない。今度こそ本当にリースを奴隷にしてしまう。
「……終わった」
大きく息を吐いて、キッチンへ向かい酒を取り出そうとしてやめる。飲んでも余計に苦しいだけだ。
外へと出て廃墟群を散歩することにする。リースとの思い出が頭に浮かんでは消え、浮かんでは消える。ダメだ……もうここから引っ越そう……ここに居るとどうしてもリースを思い出してしまう。フラフラと歩き続けると俺はいつの間にか傭兵会社の本社社屋の前に立っていた。




