我々の罪ではない
桃髪のヒト女性は手足の長い長身の身体をバキバキと変形させていき、全身が黒い甲殻に覆われそして、左右5枚の漆黒の羽根が背中からメキメキと嫌な音をさせながら生えてくる。更に二本の燃え盛った様な瘴気で出来た角が甲殻に覆われた頭から伸び、低い声で
「ヘコム様あ……誰から殺しますかあ」
ヘコムは薄ら笑いを浮かべ、黙って俺を指差し
「彼の準備ができるまで待ちなさい」
と言った。
やっぱり俺が戦うんですかああ……目の前の化け物はどう考えても異常な強さのヒト族ですけど!周囲を見回すと全員から頷かれる。アンジェラとゴウダイゴウとビャクダイインジとミヤは少し離れ携帯端末を見ながら何かを小声で話し始めた。うわあ……早くもヒト達は俺に興味持ってねえ……。リースが
「私も戦うわ!リブラーにも尋ねて!」
確かにもうこうなったら頼るしかないので
「リブラー」
と唱えると
我々リブラーの生存にも関わるので現状の正確な情報を詳しくお伝えします。残された時間が少ないのでこの情報伝達は百倍速で行っています。前方に居るのは推定レベル2500のバアルゼバブ級ヒト族です。そしてこの城の直下の地上では、超高エネルギー反応があります。70パーセントの確率でこの城のこの位置を狙う砲台だと思われます。
現在直下では大天使と酷似した異常エネルギー存在2体と、シーネさんと思われる異常エネルギー存在が猛烈に交戦中です。亜空間層と次元間を生き来しているようですが、直下にある砲台は破壊できておりません。我々がすべきことはバアルゼバブ級の撃破と三分以内の退避ですが、現状味方のヒト族は交戦意欲と現状認知に乏しく、困難であると思われます。
これは提案ではなく、我々の生存欲求のため要請です。味方のヒト族全員とリースさんを利用します。ナランさん、申し訳ありませんが、現状のシーネさんは女神への造反者なので神罰はないと判断し、シーネさんの追加したスキルを全削除して、無償の愛をばら撒く花のみ残し、強制的にヘコムさんと同様のマイナススキルを追加します。……闇の眷属を従えし王、さらなる混沌、酔狂なる支配者を追加しました。彗星剣を抜いてください。
……
なんだろう……頭がクリアだ。目的がはっきりしている。世界は俺のもので、邪魔者は全員殺せばいい。彗星剣を抜くと、赤黒く光輝いていた。
「グルルル……」
全身から漆黒の瘴気を噴き出したリースが目を真っ赤に光らせ、まるで獣の様に俺に身体を擦り付けてくる。アンジェラ、ゴウダイゴウ、ビャクダイインジ、そしてミヤがこちらへと近づいてくると、跪いた。俺は嬉しくて堪らなくて笑いながら、前方の甲殻を纏ったヒトに彗星剣を向けると
「殺せ」
と命じた。
スローモーションに流れる景色の中、5体1の凄絶な戦いが始まる。瞬く間にミヤとビャクダイインジが壁に吹き飛ばされ気絶したが、羽根を生やしたアンジェラ、宙に浮くゴウダイゴウ、そして壁や柱を蹴り上げ跳躍する邪悪な魔物の様なリースは、飛びながら魔法や空気圧を使い攻撃する甲殻を纏ったヒトに張り付いて、瞬く間に羽根や甲殻を剥がしていく。魔法や異常な攻撃の連射で部屋の屋根は吹き飛び、壁は崩れ、虹色の膜で覆われた先の暗い空が露出した下で、俺は黙って彗星剣を振りながらヘコムへと近づいて行く。
彼はギョロ目で俺を見つめると
「私に戦闘能力はない」
そう言ってから大きく息を吐いて
「この事態の責任を取るべきなのかどうか、五十年考え続けたが、どうしても自分のせいだとは思えなかった。……ヒト達のおかげで王のような暮らしも出来たことだ……ここで死ぬのは悪くない」
両手を開いて、両腕を大きく広げた。俺が躊躇無く彗星剣を心臓へ刺そうとすると、腕が動かない。宙を浮いた半透明でマントを着た白猫が俺の右腕をガッシリと掴まえながら
「今まさにここなのです。ここが分水嶺です。あなたの行動が世界を変えるのです」
そう言った瞬間、俺の口が勝手に動き
「はろー……ヘコムちゃん、二つ尾の女神よ」
何ともやるせない口調で喋った。
ヘコムは真顔で、ジッと俺を見つめ
「……本物の女神か?」
「そうよ。女神よ。彗星剣を媒介にナラン君の身体を乗っ取ってます。ごめんね。うちの娘が」
勝手に口は喋り、身体は動かない。ヘコムは少し笑うと
「ずっと言ってやりたかったことがあるのだ」
「どうぞ」
勝手に口が動く俺に対して、ヘコムは目を見開き、腹に力を入れると
「なんていう酷い世界を創ったんだ!あんまりじゃないか!どうして私達マイナススキル持ちが世界の歪みを背負わなければならない!これは神の罪であって!我々の罪ではない!」
ヒト達の激しい戦闘も止まるほどの叱責を浴びせてきた。
俺の口はモゾモゾと動くと、何か言おうとして止め、何かを言おうとしては止めを繰り返した末
「あの……まあ、そう興奮なさらず……えっと、うん。とりあえず、皆、この部屋から出ましょうか」
俺の身体が真っ白に激しく発光すると、メキメキと嫌な音をさせ、背中から大きく真っ白な翼が生えたかと思うと、手が勝手に彗星剣を腰の鞘に戻し、ヘコムを抱え、そのまま室内を飛び回り、気絶しているミヤとビャクダイインジを念力で浮かせ引き寄せると、戦闘を止めている全員に
「ついてきなさい!」
言い放った。
漆黒の獣の様なリースは瘴気を撒き散らしながら俺の右足に抱きつき、アンジェラとゴウダイゴウ、甲殻がほぼ剥がれて血まみれのヒトも近寄ってくる。俺達全員を虹色の膜が包み込むと、直後に太い閃光が何本も床を貫いて空へと昇って行った。
「反抗期ってやあねえ……」
俺の口はそう喋ると、虹色の膜ごと崩れた天井から空へと高速で浮き上がっていく。




