ブレイヴァー
レッドドラゴンはこちらを見つめると大きな口を開け、炎を微かに噴き出しながら
「……シーネファルトか……我は、女神より約束された……」
地響きがするようなその声に、シーネは微笑みながら
「お父さんみたいに聖竜になりたいんですよねー!?」
レッドドラゴンは黄金の両目を細めると
「……そうだ。女神は言った、父より偉大なるドラゴンライダーを見つけると」
シーネは俺の両肩を持ち
「ナランさんです!マスタークラスレベル75!女神様の加護もあり!職業はなんとー……」
そこで嬉しそうにためた後、シーネは八重歯を見せて笑い
「ブレイヴァー!勇者ですよ!千年ぶりの勇者職の誕生です!」
一瞬、レッドドラゴンは俺を注視したが、すぐにダルそうに
「どうせ……お前が、スキルを付けたのだろう?」
シーネは嬉しそうに何度も頷き
「そのとおりですがあ!適性があったナランさんが不利益を被っていたので、補償をしただけですねえ!」
レッドドラゴンは瘴気と炎混じりのため息を吐くとダルそうに、巨体を四つ足で立ち上がり
「……どの程度か、試してやる。そこのアークデーモン」
アンジェラがサングラスを外し微笑みながら
「私のことかしら?」
「手助け無用だ。我がここに居るのは、そのシーネファルトに騙されたからだ」
シーネは薄ら笑いを浮かべ
「心外ですねえ」
「騙された、とは?」
レッドドラゴンの鼻が長い大きな顔が皮肉めいた表情に歪み
「この者は、ヘコムなる隠者の出現を利用し、世界の危険因子を暗黒地帯へと封印したのだ。我もその一つよ」
そう言った直後に、数十メートル離れたこちら目掛けて一直線に炎の息を吐いた。
アンジェラとシーネはサッと左右に回避し、取り残された俺だけが何の準備もないまま、炎の息に焼かれて死んだ……いや、死んだはずだった。腰に提げた彗星剣が青く光輝き、俺の身体は半透明な水の壁にに包まれていた。観客席まで退避したシーネが得意げに大声で
「彗星剣固有スキルの水属性バリアです!さあソングァーク!どう攻めますかあ!?」
レッドドラゴンは嘲笑うかの様な表情を浮かべ地鳴りをさせながら飛び上がり、瘴気を撒き散らしながら羽ばたくと、俺へと一直線に急降下してきた。
今度こそ死んだ……と思った瞬間だった。辺りの景色がスローモーションになり、右肩を叩かれる。右肩に虹色に光るマントを着た半透明な白猫が二本足で立っていて
「良いですか、つまり全ては前後の入れ替えなのです。その未来は過去との引き換えにすぎません」
意味の分からない事を言ってきて、右方向を指差してくる。よく分からないが、とにかくそちらへと必死に走り出す。だが俺の身体もスローモーションなので上手く動かない。すると頭の中で神々しい女性の声が不満げに
シーネちゃんさあ……スキル盛りすぎでしょ……あーナラン君、聞こえる?
多分女神らしき神々しいがぶっきらぼうな声に
「は、はい……聞こえてます」
加護スキルの裏スキルをこれから発動するんだけど、移動速度3倍と、飛行能力でいい?倒せそう?
一瞬不安が過ったが
「やってみます!ありがとうございます!」
どうにかそう答えると、メキメキと背骨が音をさせながら盛り上がり、俺は暗い空へと大きな白い羽根を羽ばたかせ飛び上がっていた。すぐ横にはスローモーションで降下して行くレッドドラゴンの頭がある。俺は鞘に入ったままの彗星剣を両手持ちすると、思いっきりドラゴンの広い眉間目掛けて振り下ろした。
直後に、大空をつんざくような
「グギャアアアアアアアア!!!」
という悲鳴が上がり、なんとレッドドラゴンの巨体が観客席まで吹っ飛んでいった。
俺は羽ばたきながら、ゆっくりと着地する。レッドドラゴンが頭から突っ込んで埋まっている観客席は深く崩れている。何これ……ドラゴンを一撃で倒したぞ……嘘だろ……?俺が……。呆然としているとメキメキと背中の羽根が、背骨に戻っていき、そして全身に激痛が走る。鼻から何かが垂れてきて、右手の指で触るとそれは血ではない、黒い液体だった。次の瞬間、意識が落ちた。
……
目覚めると、薄暗い地下室のベッドの上だった。カンテラの光が照らす机で背中を向けたサナーが熱心に何か読んでいる。見慣れた天井を見ながら、何となく全て理解してしまう。全部夢だった。傭兵になんてなっていなくて、リブラーもリースも全部、俺の夢だった。
ここは実家で、俺はサナーと冴えない日々を送っているだけか……しかし、ひでえ夢だったけど、リースと愛し合えたのは良かったな。……それも全部夢だと思うととてつもなく悲しくなるから、もう一度寝ようとすると、サナーが後ろを向いたまま
「……私って、下手でねえ」
「サナー?」
「大きな力は持っているけれど、上手く使いこなせないわけ」
サナーがこちらを諦めた様な表情で見つめてくる。俺は上半身を起こし
「サナー、どうしたんだ?」
サナーは苦笑いして
「ここは、本当に貴方とサナーちゃんが、旅立つ前の時間よ。リブラー達の創った精神世界ではないし、パラレルワールドでもない、ちゃんとした現実世界」
「い、いや、そりゃそうだろ。追い出される前に、出ていこうって昨日話したら、お前も来るって」
サナーは立ち上がり、ゴブリン語の辞典を持ちながらベッド脇に座ると
「……」
しばらく黙り込み。そして
「やり直したくはない?」
「……やり直すも何も、これから出ていこうって……あっ……」
自分の勘の悪さに恥ずかしくなる。
「もしかして、女神様……サナーに」
サナーはニカッと笑うと
「よろしい。気付いただけ上等ね」
「あの……なんなんですかこれ……」
サナーはカンテラの揺れる火を見つめ
「リブラーが、私のデータを取るために、アン王女に偽スキルを付け、更にナラン君にべた惚れしてるシーネちゃんを煽って、好き勝手やってたから、リブラーのサーチが届いていないこの時間のポイントで接触しているわけです」
「要するに、俺と話すために時間を巻き戻したと」
サナーはまた苦笑いすると
「置き換えたってのが正しいけど、どっちでもいいけどね」
そう言うと立ち上がり、本棚にゴブリン語の辞書を収めた。
サナーは立ったままジッと俺を見つめ
「シーネちゃんは……言っちゃうと、私の末の娘でねえ」
「ぶはっ!!」
いきなりとんでもないことを言ってきた。サナーは後ろを向くと
「愛する我が夫との、愛の結晶なわけですよ。ただ……身体を持って生まれなかった」
「……生まれたときから幽霊的な?」
サナーは黙って頷くと
「……それで、この星を任せることにした。詳しい説明は省くわ。とてつもなく長い年月を経て仮の身体も使いこなし、最近、良い仲間達と出会って、親として良かった良かったと思っていたら、貴方が現れた」
「俺ですか?」
サナーは困り顔で頷くと
「あの子は、長い年月で生き物の死に触れすぎた。そんな中、ただ生きる光を放つ貴方とサナーちゃんが現れたものだから、強烈に惹かれたのね」
大きく息を吐いて薄暗い天井を見あげると
「……正直、ナラン君は、リブラーに無茶苦茶にされてる。加えてうちの娘が、無茶苦茶にしつつある。このままで良いの?」
俺は少しだけ迷ったが
「……女神様、俺、幸せだと思います。リースに愛されて、皆が居て、金の心配も要らないし」
サナーは天井を見あげ
「聖者サナーとブレイヴァーナランの物語、何の介入もなければ、そうなっているはずだった。二人は愛し合い、国を創り、世界を平和にする。でも、もう、汚された。この地点からやり直さない?」
「ねえ、女神様、上手くいかないのが人生ですって。俺もサナーも上手くいってるほうですって。気にしないでください」
サナーは振り返ると、俺に抱きついてくる。
「ごめんね」
意識が薄れていくのと同時に、そう聞こえた気がした。




