デコイ
真夜中に飛行船は発着場へと降下して行く。俺は既に体力の限界に達していて、どうにかリース達とタラップを降りたところまでは覚えている。
……
気づいたら自宅のベッドで寝ていた。当たり前の様に左右に人肌がくっついている。カーテンの隙間の日差しが眩しく、多分昼過ぎだ。2人を起こさない様にベッドを抜け出て、適当に着てから一階へと降りた。
適当に食べ物を漁ってテーブルに並べ、食べていると扉が叩かれて出てみると、服と鎧がボロボロのフォッカーとエロマンが立っていた。荷物の袋を2人共背負っている。
「隊長!帰ってきました!」
エロマンもニコッと笑って、以前と雰囲気が違う。健康的というか。
「とりあえず、入ってくれ」
「いえ隊長に真っ先に帰宅を知らせたくて。一度、家に戻ります。それから会社に報告に行こうかと」
「そうか。元気そうで良かった」
エロマンが前に出ると
「あの……アン王女の件はお聞きになりましたか?」
「あ、はい」
彼女は深刻そうな表情で
「……冒険の途中で王族として耳に挟んだのですが……どうやらリマスターボードを使ったとのことです……」
「なんですか、それは」
フォッカーが苦笑いしながら
「……大きな代償を差し出せば望んだスキルを1つだけ、手に入れられる古代遺物です。サーガ共和国には、アンリミテッドボードに連なる古代遺物が多くあるのは知ってるでしょう?」
「ああ、リメイクボードってのがあったな」
あれもアンジェラが飛行船に持ってきて、その後は行方不明だ。エロマンが
「リメイクボードは、調査を終えたアンジェラさんに頼まれて私達が返還しました。それはともかく」
「はい……」
フォッカーが眉をひそめて
「……女神の加護スキルを望んでしまって、リマスターボードが与えきれず……あれは偽スキルではないかとの噂です……」
「ああ……」
何となく話が見えてきた。まあ、良いか……もう関係ないし。俺は手を振ってフォッカー達と別れる。
ソファに座り、庭を見ながらダラダラしていると、シャツとショートパンツ姿のリースが起きてきた。フォッカー達の話をすると
「……分かったわ」
とだけ言って、エプロンを着て昼食を作り始めた。疲れが取れていないらしい。俺も何も考えられないので、リビングのソファに座ってミヤとサナーが本棚に並べた雑誌や物語などを読んでいると、扉が叩かれてローウェルが入ってきた。
「美味そうな匂いに釣られてな。少し頂いて良いかな」
リースが黙ってローウェルの分のスープを出すと
「暗黒地帯は話がまとまりつつある。もう聞いたと思うが、問題はアン王女だ」
俺も食卓に行き、椅子に座ると
「アンジェラさんにも、帰って来たフォッカーにも教えられた。しばらく休暇にしたいんだけど」
ローウェルは頷き
「良いと思うぜ。あ、ただなあ……」
「サナーの仕事の埋め合わせだろ?悪いけど
サナーが元気なら本人に……」
階段を駆け下りてくる音と共に
「あああああああ!じいさんから彗星剣もらい忘れたああああ!くそおお!」
下着姿のサナーが駆け下りて来た。すっかり元気になったらしい。
しばらく使わなそうなので、石刀スズナを俺から預けられたサナーは鼻息荒く
「レア装備を持った伝説の勇者サナーの出陣だ!従者ローウェルのおっさん!行くぞ!」
「サナーちゃん、力抜かんと怪我するぞ」
苦笑いしたローウェルと共に出かけて行った。俺はリースから出されたスープを飲み、再びソファに座って読書をしていると、いつの間にか日が暮れて、いつの間にか道に設置されていた光石の街灯が輝き出した。うちの家もリースと共に明かりを付けて行く。
夜になり、俺が風呂を焚いて、リースが夕食を作り、2人で風呂に入り、夕食を食べ、戸締まりをして抱き合って寝る。言葉はほぼ無かったが、これで良いと思う。静かな1日だった。
翌日は、朝からリースと近所を散歩してみた。街からの買い物帰りのノヴェナとスヴェナ姉妹と会って挨拶を交わすと、ノヴェナが
「……あのさあ……言いにくいんだけど……」
姉のスヴェナが毅然とした表情で
「ナランさん、アン王女の件は聞いていますよね?」
またか……と思いながら
「もう3人から」
とだけ返すと、スヴェナは頷いて
「リブラーがアン王女をデコイに選出しました」
「デコイ……?」
「身代わりということです。偽スキルを擦り付けられたのも、アン王女が聖者認定されれば、サナーさんや、広い意味でナランさん御自身が助かります」
スヴェナが困った顔で
「アンリミテッドボードってねえ……ニャバロンにある現物も、もうリブラーの支配下になってるんだけど……」
黙って俺が頷くと
「サーガ王家ってアンリミテッドボードや、その子機である他ボード共に精神的繋がりが深いからさあ……要するにアンリミテッドボードを乗っ取ったリブラーが王族達を操り放題なんだよねえ……」
「……サナーみたいに?」
スヴェナが真面目な顔で
「サナーさんは、モノラースがある程度守っていますが、サーガ王家は直接操ることができます」
俺は深呼吸をして
「問い詰めてみます。リブラー」
全員に聞こえる声で唱えた。すぐにいつもの声が
お尋ねの件ですが、確かにアン王女を、ナランさんや周辺の人物の身代わりとして利用する予定です。これはナランさんに不要な恋愛感情を抱いたアン王女を遠ざけ、ナランさん達の関係を安定させる意味と、偽聖者として挑戦させることで、儀式や修行についてのデータ収集と、その後の教国とサーガ共和国の綻びを観察するという目的があります。
呆然としながら言われたそのままを、3人に教えると、リースは真剣に
「アン王女が、偽聖者になりたいと望んだか尋ねてみて」
すぐに頷いて、リブラーに尋ねると
勿論、偽聖者となる説明とリスクを彼女が持つミリオンボードを通して本人に説明済みです。アン王女本人が自身の価値を高める為にやると決めたのです。その上で我々リブラーが、アン王女をナランさん達の身代わり、つまりノヴェナさん達の言うデコイとして利用することにしました。
なんか小難しい屁理屈をこねているが、どうせ誘惑してお前に都合がいい存在に作り変えただけだろ!いつものリブラーじゃねえか!ホントにろくでもねえ……。リースに今言われた事を伝えると、腕を組みながら
「本人が良いなら、しばらく放っておくのもありかもね」
意外な答えが返って来た。双子姉妹も頷いている。
「いいんだろうか……」
ノヴェナが苦笑いしながら
「必ずしも悪い結果になるか分かんないし」
そう言って姉と頭を下げて家へと帰って行った。しばらく立ち尽くすが、アン王女、そんなに親しいわけでもないし……まあ、良いか。と思い直し、リースと散歩を再開する。




