一石二鳥
サナーが服を着ているのを横目に、俺とリースは並んで窓から射し込む朝日を眺める。集落の住人達も次々に外へと出てきて、歓声を上げ始めた。扉が叩かれ、ローウェルが入って来ると
「……ナラン、東区域だけでリブラーは妥協したな?」
「ああ、おっさん、リース、ちゃんと説明をしたい」
ベッド脇に腰掛け、サナーに補足して貰いながら、寝た後やっていたことを説明するとローウェルはすぐに理解した様子で頷き
「アンジェラさんや村長と話合ってくる。できるだけ早く、ヒト達はここから退避させるべきだ」
俺が頷くより早くローウェルは部屋から出て行った。リースは不満げに
「……私、行けなかった……」
「ごめんごめん……リブラーも聞いてるはずだから、今度は連れて行くと思う」
サナーがニヤニヤしながら
「所詮は第二嫁だからな!」
思いっきり煽って、リースから本気で睨まれている。
その後、朝食を取り、昨晩の瘴気出しの様子をサナーに話したりしつつ、部屋でダラダラしているとアンジェラが入ってきて
「特殊ルールも消えたので、ヒトの避難は終えたわ。我々の情報網によると午後には国王がこの集落に来そうだから、打ち合わせしない?」
俺たちは即座に立ち上がり、付いていく。
一階の応接間には、ローウェル、シドミドリ村長、そして血色が良くなったナズナが既に座って待っていた。シーネも壁にもたれかかっている。俺たちとアンジェラが着席するとローウェルが俺たちに
「暗黒地帯の東部地方は解放されたので、この近辺の亡者とヒト達は、特殊ルールから自由になった……ってとこまでは良いよな?」
村長が頷きながら
「既にヒト達にこの状況は伝達して、アンジェラさんが考案してくれた誘導ルートを使い、避難をさせ始めている。この話し合い後、最後に残った私も国へと戻る」
アンジェラが憂うげに
「問題は、この集落を拠点に、残った暗黒地帯へと親征をしようとする国王をどうやって止めるか、よ」
ナズナが顔を真っ赤にしながら
「デュランなら知っているにゃ!私が説得してみるにゃん!」
リースが心配そうに
「……未だ、サナーちゃんの支配が?」
ナズナは困惑した様子で
「あっ、あにゃ……にゃんで喋り方が……さっきは治ってたのににゃ……」
サナーはニヤリと笑うと
「ナズにゃんは永遠に私の奴隷だな!」
ローウェルが苦笑いしながら
「話を戻すと、そう簡単にはいかんぞ。何せ予定の四分の一だからな。もっと欲しがるに違い無い」
リースが真顔で
「私に考えがあります」
と言ってくる。
午後、マシズ集落のドラゴンが居た空き地へと、巨大な飛行船が降下してくる。王家の紋章が機体に描かれた国王が乗る旗艦だ。空中には同程度の大きさの飛行船が二十隻は浮いていて、こんな荘厳な光景は初めての俺が口を半開きにして見上げていると、隣のリースが
「良い?多分、私の考えが合っていれば上手くいくから、予定通りにね」
逆隣で俺と同じように口を半開きにして見上げているサナーが
「国王……やべーな」
「やべーよな。飛行船デカい……」
「ちょっと!2人共しっかりして!ちゃんとやらないと沢山の人間とヒト達が不幸になるんだって!」
俺とサナーは何とか頷いた。
俺たちやローウェルにシーネ、少し離れた位置にアンジェラが待っていると、降下してきた飛行船の扉が開いた。黄金の鎧を着た近衛兵達が飛び出てきて、外からタラップを組み立て扉の下へと接続すると、正装にプラチナのプレートメイルを着て真紅のマントを羽織った大柄な国王と、地味なロープ姿のヘグムマレーが並んで出てきた。ヘグムマレーは俺達を見ると安堵した表情になり、背後からゾロゾロと出て来そうになっている数十人の兵士や文官達を振り返り
「この迎えの6名は我が娘や側近であり!残らず剛の者たちじゃ!我々はこれから占領統治の話し合いに入る!良いか!?飛行船内部や周辺で待機せよ!短時間で済む!」
そう命令して、飛行船内に下がらせた。
住人が居なくなった集落内を国王を囲んで守るように歩き、村長も退避して空になった屋敷へと入り、シーネが
「国王様、ウィズ公様、こちらにございます」
見たことのない丁寧さで応接間へと国王とヘグムマレーを案内して行く。室内の奥の上座へと国王とヘグムマレーが並んで着席すると、彼は威厳溢れる様子で
「皆!座ってくれ!」
俺は予め言われていた位置のリースの隣に座る。その左隣はサナーで、右隣の国王の真正面にはリースが座った。アンジェラは気配を消しながらサナーの左隣に座り、ローウェルは警戒の為に窓側で外を向いて立った。シーネは優雅な身のこなしで
「屋敷外の警備をしてまいります」
国王へと頭を深く下げ退出して行った。
扉が閉まると国王はニカッと笑い
「飛行船の上から見たぞ!東部だけ暗闇が綺麗に晴れていた!東部地区の制圧、見事である!」
俺たちは深く頭を下げ、リースが
「デュランお兄ちゃん、礼儀は良いよね?」
国王は苦笑いして、肩の力を抜くと
「ああ、言いたいことがあるんだよな?」
「ナズナさん!」
扉が開いて、ロープ姿のナズナが入ってくる。国王は面食らった顔になり
「ナズナ姉ちゃん!?生きてたのか!?若いな……変わってない……」
ナズナは頭を下げると黙ってリースの隣の空いた席に座り、リースが
「ちょっと、言語に呪いが残ってて喋れないんだけど、今回一番の戦功だよね?」
国王は感心した様子で唸りながら
「そうだな。ポーラ家も安堵するだろう」
リースは国王を真っ直ぐ見つめ
「当然、お兄ちゃんが引き渡すよね?この地方はウウゴ地方と隣接しているわけだし」
国王は気づいた表情で少し笑い
「……そうなるな。おじさんによると、リース達に先行討伐を命じたのも俺だ」
遠回しな言い回しをしつつ、真剣な表情を崩さないヘグムマレーを見つめる。リースは父親を見ながら
「お父様が見たところ、この暗黒地帯東部地方は統治できそう?」
ヘグムマレーは真剣な様子で重々しく
「難しいが、兵を入れねば。ウウゴ地方と協力しつつな」
リースは頷くと、黙って国王を見つめる。彼は笑いながら
「……言いたいことは分かった。つまり、ここで手打ちにして退けば、俺にとって政治的に良いことしかないってことだろう?」
国王は威厳ある表情で、今度は俺をジッと見つめ
「だが、俺はそこに居るリースの婚約者に負けられない理由がある」
意志の固そうな表情で言ってきた。
リースは冷静に
「……理由とは?」
国王は真顔で
「ミャーマがな、ナランなら、ナランならと何度も言ってな。俺は、ミャーマがそこの男を忘れる程の大きな仕事をせねばいかんのだ。リース、止めてくれるな」
正直、聞いていて国王から俺の名前がネガティブっぽい意味で出てくるのはとても怖い。しかし、この展開は午前の話し合いの時点でサナーが予想していた。ミャーマは国王の好意に触れて最初は驚いて舞い上がるが、必ず慣れてくると俺と国王を比べ始め、会話で俺の名前が何度も出ているだろうと、そして急な親征の原因はそれではないかとピッタリと言い当てていた。……事前に国王にこう言われる覚悟ができていなかったら、きっと俺はこの場でストレスで倒れていたと思う。分かっていても胃の辺りが何か痛いです……。
リースは落ち着き払った様子で
「お兄ちゃん、大丈夫よ。それについては解決方法があるわ」
国王は疑った眼差しを姪のリースに向ける。彼女はサナーを見ながら
「ここに居るサナー・ミニジーオはナランの実家に唯一残った奴隷であり、奴隷解放された元奴隷仲間のミャーマさんの事をよく知ってします。きっと良いアドバイスをくれるはずです。更に……」
サナーはゆっくりとはっきりした口調で
「国王様、私、サナーは、神聖なる覚悟スキルを持っています」
国王は驚愕した表情で立ち上がり、更に混乱した様子でヘグムマレーを見下ろす。ヘグムマレーは真顔で
「事実じゃ」
とだけ返した。
国王はすぐ座り直すと腕を組み、しばらく考え込み、そして大きく息を吐き
「王都へ帰る。第七空挺団を残す。おじさん、暗黒地帯東部統治の一時的な全権を与える。ウウゴ地方との交渉は任した」
そう命じると、肩の力を抜き
「ナラン、今夜は王都で、ミャーマとリースを交え、朝までとことん付き合って貰う。そして、不信心な我が国に初めて現れた、聖者サナーよ……」
国王は立ち上がり、サナーの横まで行くと
「立って貰って良いかな?」
慌てて立ち上がったサナーに、何と跪き、その右の手の甲を取り、口付けをする。サナーは興奮で頬を染め、嬉しそうに俺を見て来た。国王はサナーを見据え
「よろしければ、我々の会食へとお誘いしたいが」
「喜んで!国王様!」
興奮した表情のサナーの手を取り立ち上がった国王は
「ナラン、リースと共に帰還への同席を許す。準備が出来次第、飛行船に来るように」
外からシーネが開けた扉を出て行く。
シーネと共にローウェルが警護で付いて行き、扉が閉まると、緊張感が途切れた俺はテーブルに突っ伏し、リースは立ち上がってガッツポーズを何度もしている。
「あにゃ……にゃんでサナーさんの手を取って……」
首を傾げた勘の悪いナズナにヘグムマレーが苦笑いした後、リースを笑いながら見つめ
「我が娘よ。落第点じゃ」
途端にリースは慌てだし
「えっ……完璧でしょ!?デュランお兄ちゃんは暗黒地帯東部制圧と王族ナズナさん救出と!しかも王国初の聖人を見つけたのよ!?歴史に名が残るわ!トラアス教国との関係も変わるでしょう!?親征は即時撤退で誰も傷つかないし……えっ……あれっ、お父様、何がおかしいの!?」
ヘグムマレーは薄笑いを浮かべ、俺を見てくる。いや……分かってましたよ。宗教的に無知で、女神の加護を受けて有頂天のサナーがあっさりと国王に自らが聖者だと明かすだろうと。その後、何が待っているか考えもしないで……。王都でリースと俺が事前に教えた、聖者認定されると大変だという話もどうせ真面目に聞いていなかっただろうし……。俺は顔を上げると項垂れて
「ごめんなさい……でもサナーもちょっとは二つ尾の女神教を知るべきだと思って……あいつ、女神様の御加護を得てからも宗教を凄い馬鹿にしてるんですよ……」
ヘグムマレーは納得した様子で頷くとリースの方を向き
「……だとしても、一石二鳥で恋敵を遠ざけられるという打算はいかんなあ……大切な仲間でもあるわけじゃろう?」
「お父様!違うの!これしか無かったんです!サナーちゃんも理解した上で同意しました!トラアス教国の話も既に王都でしてるわ……うう……」
リースは顔を真っ赤にして、俺の背中に隠れる。俺はとりあえず立ち上がる。国王の飛行船に一緒に乗って王都に帰らなければ……。




