神聖生物レベル2
モノラースが門を開けると、そこには暗黒地帯の出発地点そっくりな、廃墟が樹木に侵食されている光景が広がっていた。全く躊躇無く足早に入って行くモノラースにノヴェナと俺たちも付いていく。
樹木に侵食された廃墟群を歩きながらエプロン姿のノヴェナが辺りを見回し
「ああ、そういうことね」
最後尾のサナーが不思議そうに
「ど、どういうこと?」
「えっと、ナラン君が歩いてきた現実の地形をリブラーが解析して、隠されていたこの亜空間世界の構造を解明したみたい」
先を行くモノラースが振り返らず
「それじゃナランの頭では分からん。要するにナラン達が現実で冒険したことで、真に問題のあるこちらヘ行くことができるようになった、ということだ」
ノヴェナは苦笑いしながら俺を見ると
「そういうことだそうです」
「いや、俺は良く分からないまま、付いて来てるだけなので……」
未だモノラースに怯えて俺を盾にしているサナーを振り返ると
「わ、私が行きたいって言ったけどさあ」
モノラースはピタッと動きを止め、驚いたサナーが驚いて俺の背中にしがみつく。
モノラースは前方をしばらく見ると
「もう見られているな。ノヴェナ、どう思う」
ノヴェナはモノラースの横へ行き、一緒に辺りを見回し
「んー……実力差がありすぎて、どう隠れようかって感じじゃない?」
モノラースは大きく息を吐くと俺たちを振り向き
「兎狩りを俺達で始める。お前らはサンズリバーまで歩いていけ。道は同じだ」
ノヴェナもこちらを振り向き
「河原に追い込むから心配しないで。武器抜いて待っててねー」
そう言うと2人は左右の廃墟へと素早く入って行った。
しばらくサナーと立ち尽くし
「と、とりあえずサンズリバーに行こう。地形は殆ど一緒だし」
サナーはようやくホッとした様子になり
「……モノラース、ティーンに似すぎなんだよなあ……怖いって」
「中身は別物だぞ。知ってるだろ」
「と、とりあえず行こうか」
俺達は頷き合い、現実でも歩いた道を思い出しながら進んでいく。
途中で何度か迷いながらも、2人で思い出しながらサンズリバーの河原へとたどり着く。道中、亡者もヒトも一切居なかった、不気味なくらい静寂が支配していて、サンズリバーの流れる河音が聞こえた時、2人で同時に安心したほどだ。サナーは元気が戻ってきたようで彗星剣を鞘から抜き、俺から離れて河上に向け振りながら
「やばー!この剣凄いって!絶対ドラゴンとか狩れる!帰ったらじいさんに頼んで貰おう!」
などとはしゃいでいる。俺がその様子を河沿いの大きな石に座って眺めていると、突然背後から何かに絡め取られ、河の中へと瞬く間に引きずり込まれた。
流れが早い水の中、河底まで引っ張られていき、咄嗟に目を開けて見ると、大きな蛸と目が合った。凄まじい恐怖と焦りで俺は水を吐いて飲んでしまい、窒息しそうになるが、頭の中でリブラーの声が
呼吸器系の現実感をオフにしました。ナランさん、相手をよく見ましょう。知能もレベルも低く組みし易い相手です。
苦しさが一挙に消え、再び目を開けると、大蛸が必死に俺の首を触手で絞めている最中だった。しかし苦しくも痛くもない。レベル差がありすぎるのか攻撃になってすらいない。俺は冷静に背中の石刀スズナを抜き、両手持ちしてから振りかぶり、渾身の力で大蛸の丸く長い頭目掛け打ち据えた。水を切り裂いて大蛸の頭が凹む程の打撃が入る。大蛸は触手を離し、気絶したかの様に力なく河を流れていく。俺は浮かび上がっていくと急に何かに身体を掴まれ、河原へと一気に放り投げられた。
……
目を開けると、本気で心配そうなサナーから覗き込まれていた。
「怪我は無いな……」
下流の方からノヴェナの声が
「捕まえたー!?」
響いてきて、サナーが
「何か、河に逃げ込んで、ナランを襲ったんだって、無事で良かった……」
ずぶ濡れの上半身を起こしながら
「デカい蛸だったけど、弱かったな。リブラーが何かしたら、息も苦しくなくなった」
サナーが下流の方を見ながらホッとした表情で
「お、捕まえたみたいだな」
俺も見ると、大きな赤い蛸を抱えたモノラースがノヴェナとこちらへと駆けて来ていた。
俺の目の前に気絶している大蛸を降ろしたモノラースは、俺に
「これで、この周辺領域のコントロールは奪った。こいつはどうするんだ?」
俺の口が勝手に動き
「神聖生物レベル2ですので、モノラースさんに処理はお任せします」
モノラースは舌打ちをしてこちらを睨みつけると
「……リブラー。対話するぞ。良いんだな」
俺の口はもう動かなかった。
モノラースは黙ってしゃがみ込み、大蛸の頭をペチペチと叩きながら
「おい、起きろ。生き残るチャンスをくれてやる」
大蛸は金色の両眼を見開くと2本の触手を前方に出し、明らかに「少し待て」とジェスチャーをする。モノラースがイラついた様子で
「急げよ。リブラーが時空間の密度を上げすぎているから、外ではもう朝がくる」
直後に大蛸の頭が2つに割れ、濡れたピンク髪の少女が顔を出した。ニカッと白い歯を見せてこちらを見て
「どや!?これやったらええやろ!」
モノラースはイラつきながら
「見た目でこいつらに媚びる必要はない。で、どうなんだ。このナランが宿主だ。お前もその一部になるのか?」
少女はスルスルと大蛸の頭から出てくると、ヌルヌルした体液を身体を振りながら落とし、サッと自分が着ていたシャツを渡してきたノヴェナに
「おおきに」
返しながら素早く着ると
「まあ、捕まったからにはザコの私はどうでもええよ。ただ、兄さん姉さん達が取り返しには来るやろな」
モノラースは立ち上がると
「このナランに寄生しているやつは相当に狡猾だから心配するな」
「じゃ、決まりやな。ほほーい!」
少女が両手を挙げると、薄暗かった辺りに薄明かりが射し込み始めた。そしてすぐに、それが朝焼けだと分かる。
サナーと呆然と眺めているとモノラースが
「暗黒地帯は東西南北にエリア分割されていて、今、お前らは東を解放した。現実でもマシズ集落までの呪いが解かれているはずだ」
そう言うと、飛び乗った少女を背負って帰り始めた。少女が脱いだ大蛸はいつの間にか消えている。ノヴェナが鞘に収まった彗星剣を見ながら
「サナーちゃん、それ使う機会なかったね?」
サナーはニカッと笑うと
「性能が分かったからいい!勇者サナーの伝説の剣にするから、もう絶対、じいさんに貰うし!」
ご満悦だった。
モノラースの後を追い、すっかり晴れ渡った河原を戻っていき、樹木が廃墟を侵食している地帯を通り過ぎていく。短時間で俺の実家の庭までたどり着き、門内へ入ると、緑髪でメイド服姿の女性がぼやけた顔で微笑みながら待っていた。
「お疲れさまでした。東区画の切り取りに成功したので、国王の親征には間に合いましたね。残りの区画と上空の古代遺跡は、サナーさんの状態を鑑みるに、現状攻略困難です」
モノラースは「へっ」と吐き捨て、少女を背負ったまま屋敷へと行ってしまった。ノヴェナは
「じゃ!カレー食べてくる!また!」
走って屋敷へと帰ってしまう。女性は俺を見て
「この東地区と引き換えにリースさんとの結婚を交渉してみてください」
頭を深く下げ、同時に俺の意識は薄れていく。
……
身体を揺すられ起こされる。
「ナラン!ナラン!朝日が!凄い!夜が明けたー!」
リースが驚きながら言ってきて、上半身を起こした俺とサナーは朝日が射し込んだ室内で目を合わせる。




