35章287話 届き集まる善意
エバッソさんはシナリオを語った。
ウッズ本人が容疑を認め、俺の持ち掛けた交渉も決裂した。ガノンが黙っていてやる理由は、最早なくなった事になる。
──彼の『まだ言ってないだけ』という警告を、ウッズは軽んじたきり放置してしまったのだ。
ガノンは対談について取り調べられる際に、独断行動の背景を報告する。もちろん、対談の録音レコードを証拠として。
防衛統括は事態を重く見る。明日以降、会議に集まった北部の貴族達に対して、聞き取りを開始。早すぎる段取り、都合よく延びていた会議期間については、ぬかりなく情報操作をするらしい。
これ以降は、お偉いさん達によって繰り広げられる大きなお話になっていく。俺なんかには関知できないし、する必要もない。後日、一般人として報道を眺めるだけだ。
一方で、渦中のタオ家は、自分達が売国一派にとっての大戦犯だと認めざるを得ない状況となる。失態が明るみに出るかは別として、胃が痛い日々を送るのだろう。
ウッズの俺に対する逆恨みが日ごとに燃え上がるのは確実だ。ヤツの思考が俺に囚われる事はエバッソさん達にとって好都合だが、俺はここ一番の自衛をする必要がある。
しかし、少なくとも会議中の調査が終わるまでは、防衛団に庇ってもらうことはできない。何なら厳重注意されている設定だ。
ここの事情は、最初の依頼前と変わらない。国防機関が貴族を疑い、寝首を掻くために囮を雇ったなんて、極秘の話。権力者の不安と国内の混乱を招き、敵国へ大チャンスを与えてしまうからだ。
したがって、現時点の俺はただの不届き者として扱われる。かつて対立した貴族に難癖をつけ、それがまさかの真実味を帯びてきて、偶然国へと伝わっただけ。
だから残り数日間、俺は『自分のためだけに徹底抗戦を貫く』のだ。
「依頼期間は明日、三月十八日から、奴らが帰路につく前日の二十一日までだ」
「了解です」
「日数が限られるから、可能な範囲でいい。君という抑止力の無事が『最低限』だぞ。頼めるな」
「ははっ、今度はノルマを明示して貰えてありがたいです。……任せて下さい」
ガノンがそわそわと懐中時計を見る。
「ハーヴェストが、大急ぎであいつらの活動範囲を調べてくれてんだよ。ルークはそれなりの情報網を持ってるってウッズにも理解させてあるし、頼らせて貰おう」
「そっか、そうだね。助かるなぁ」
「……バデリーさん、そろそろ戻ると思」
「大変お待たせしておりまーす!」
「おわっ、待ってました!」
「いやぁ面目次第もございません。丸三日かかってしまいましたよ」
噂をすればバデリーさんだ。狙ったようなタイミング。……何となくだが、部屋の外で盗み聞きしていたんだと思う。何が目的で? つくづく油断ならない味方だ。
彼は空席に腰掛けて、にぃっと笑う。
「手下共の動き、把握して参りました」
一同色めき立つ。仕事が早い。
「実験地に加え、実験準備という名目のイタズラの内容も、一通りお伝えできます。基本的には、ルーク氏のご自由に料理して頂いて構わないのですが──」
突然、聞き慣れない電子音が響く。
皆できょろきょろと出所を探ったら、俺の腰元の携帯連絡機が鳴っていた。
「わわ、すいません、こんな時に限って……。誰だろう」
「お気になさらず。こちらはこちらで話しておりますよ」
バデリーさんが促してくれたのに甘え、一旦席から離れた。
繁華街の賑わいを背景に聞こえたのは、予想外の人物の強気な声。
『レヴォリオだ。急だが、今からそっちに行って構わないか』
新しい連絡先として伝えてはいたが、それきりだった。驚きが重なって狼狽えてしまう。
「ええっ、会社に来るってこと? 今からは……。そんなに急ぎの用事があるのか?」
『無理か。マズいな……。じゃあ取り急ぎ用件を伝えるぞ。あー、どこから話すか』
遊びの誘いでは無さそうだ。彼の余裕のない声を聞くのは、夏の共闘以来だな。嫌な予感。
『ここ最近はゴールドシュガーで飲んでたんだが──ん、お前あそこ知らないか?』
「軍事依頼所にくっついてる酒場だよな。一回だけ行った」
『なら分かるな、色々と情報が入るんだ。そこでさっき、ルークの仇敵が動いてるって話を聞けた。とにかくさっさと対策すべきだ! 詳しくは会って話す! ガノンにも後で連絡してみるが……いつどこでなら合流できる?』
彼には行政会議も作戦も知らせていない。年始にウッズとの因縁を打ち明けたっきり。なのに突然この話題だ。腰巾着共、思ったよりも大胆に暴れているらしいな。
それより。レヴォリオはずっと、俺の相談を頭に入れ、協力姿勢でいてくれたんだな──。
泣けるほど嬉しいが、素直に巻き込むわけにもいかない。ここまでしてくれる大事な友人だからこそだ。返答に困る。
「わ、分かった。知らせてくれて、本当にありがとうな。……嬉しいよ」
『嬉しい? 答えになってない!』
「この番号、レヴォリオの私用の携帯連絡機だったよね? 少し後で折り返してもいいか?」
『仕方ないな。早くだぞ、急げよ!』
終話してため息をついた。会話が漏れ聞こえたか、三人の怪訝そうな目線が向けられている。音量調節、どうやるんだっけ。
彼らへ相談する間も無く、携帯連絡機がまたピリリと間抜けに鳴った。どうして!
「もしもし!」
『おっ、元気ぃ。カルミアでーす』
「カルミアさん?」
また予想外の相手だ。そしてこれまた、声が少し硬いような……。
『ごめんね、今日はお取り込み中だって知ってたんだけど。ちょっとだけいいかな』
「……ううん。どうしたの」
『俺、一昨日ログマの稽古を見学した後、殆ど出かけっぱなしだったでしょう。近所で色々トラブルがあってさ、知り合いに頼まれて動き回ってたんだ。……それでね? そのトラブルの元凶、ロハから旅行で来た輩みたいなんだよ』
「…………あー……」
『深入りすんなって話だったよね。でも聞けば聞くほどルークの仕事に関係ありそうでさぁ。お節介だけど、一応連絡だけ入れとこうかなって思って』
この親切な先輩は、心配そうに笑いながら、あくまでも俺の意思を尊重する。
『もう一度聞くよ。──本当に大丈夫?』
聞くなよ。本当は大丈夫じゃないんだよ。それでもやるって決めたところなんだ。緩んでしまうだろ。
「心配してくれてありがとう。……正直、励まされた。色々確認して、少し考えてみる。また折り返してもいいかな」
『ふふ、了解。今日は会社の連絡機を借りて持ち歩いてるんだ。いつでもどうぞ』
連続で人の善意に触れ、目元と鼻が熱い。何とも情けなく恥ずかしい。でも、幸せだ。絶対に守り切らなくては──。
「お誂え向きじゃあございませんか」
バデリーさんに先手を打たれた。彼は俺達の注目を集めて語る。
「機密は非開示のまま、コトは街の危機として共有されたようですよ? このまま『因縁の後片付け』に絞って事情を話せば、さして労せず味方が増えます。まさに本拠地ならでは! ルーク氏の独壇場だァ」
底知れない切れ長の目が、浮かれた殺気を滲ませて細くなる。
「今夜、有志の方々をお呼び立て致しましょうよ。──決起集会、でございます」




