35章286話 殉じられない正念場の決断
頭がついていけなくなってきた。全く面白くないのに笑える。
「あはは……なんでですか? 防衛団の仕事だと思うんですけど」
「ああ、勿論バックアップする。街を巻き込んだ話だしな。だが日程や建前の兼ね合いで、ルーク君をこちらで守りきる事はできないと見ている」
「なんだって? 貴方の立場で言っちゃダメでしょう……!」
「最善を考え提案しているまで。この状況で、飾った気休めに何の意味がある」
どこまでも平坦な口調。俺の不服を受け入れ宥めてくれる見込みはない。
……納得できるか確かめていく方が建設的だな。くそ、理性が疲れる。
「自分で制裁なんて、余計な波風が立つとしか思えません。その依頼がどうやって俺の安心に繋がるんですか?」
ガノンの手が心苦しそうに挙がる。エバッソさんはすぐに頷き、話運びを任せた。
「この追加依頼そのものが、ルークを守るためと思って欲しいかな」
「え? ……ごめん、分からない。その……正直もう、精神的に無理があるんだ。顔見知りを痛めつける罪悪感を抱えたくない……」
「だよね。もっと頑張らせるような事、ホントは言いたくねーよ。……それでも、て話をさせてな」
ガノンは深刻な表情で穏やかに語る。
「まず何より、認識を見直して欲しい。ウッズは『昔喧嘩した貴族』じゃないよ。『欲望で相手を殺す悪魔』だ。俺らはあいつを、凶悪なストーカーと捉えて話してる。──副長、そういう事っすよね?」
「ああ。かなり大規模に拗れた悪質な事案ではあるが、本質はつきまとい事件のそれだな」
事件……? やたら物騒な響き──でもそう言えば俺自身も、揉めた当初は暴行事件だと訴えていた。あの感覚、無くしたとも思わないけど……あれ?
「ルークの場合、ロハ時代から長らく不利に置かれて麻痺してるだろうし、自覚しにくいとは思う。でもな、常識や倫理の通じない相手に命を狙われてるって事、改めて考えてくれ。兵器関係なく、ウッズ自身がモンスターだと思って丁度だよ」
「ふ。俺でも言わんぞ、ガノン兵長」
「あっ、すんません……」
「過言でもないがな。──そう、だからルーク君自身が拒絶を示すべきなんだよ。相手が積極的に法を無視している状態で、司法の介入を待って沈静化に期待するのは、現実的じゃない。……起きてしまった後に処理した、幾つもの実例が根拠だ」
二人揃って、真剣に忠告してくれている。あいつらを攻撃する事よりも、放っておく事が悪かのような。罪悪感がどうとか、道徳に拘ってる場合じゃないほどの話なのか……?
黙ったままの俺に、エバッソさんは言う。
「敢えて訊く。逃げたいか」
「えっ……」
「ルーク君個人の選択肢としてはアリだ。だがその場合、把握されている住所と職場を手放すのは鉄則。今日にでも身を隠す事を勧める。こういった『堅実な対処』は君自身も望まないと思っていたが、どうだ」
ああ畜生、その通りだよ。答えずに、いよいよ俯いた。
やっぱり俺はどうしようもないな。今になって初めて、自己否定癖を猛省してるんだから。
生き方については、確かめながら考え抜いてきた筈だ。歪みがある事だって知っている。それでも、致命的な弱点を見落としていたらしい。
人や環境に恵まれて嬉しい。迷惑をかけると知ったから死にたがりは控える。適当に殺されるのも気に入らない。自他を幸せにする事だって不可能ではないかも知れない。だから頑張る。
でも、自分の存在そのものは無価値だ。軽んじられても仕方ない。役に立たねばならない。これ以上苦しむくらいなら死んだ方がマシ。
より良い形を目指して懸命に生き直す。その裏で、自分を投げ出す理由と機会をずっと探し続けている。
──じゃあ今。殉じられない正念場では、どうしたらいいの?
全く分からないんだ。
自暴自棄に浸ってきたツケでしかない。死ぬなよと送り出され、死なれては困ると言われ、自分ももう少し頑張りたいなどと溢したって時に。最悪だよ。
二人の説明は、黙り込んだ俺を励ます方向へ。
「俺達は貴族を無視できない。しかし手下四名は平民だぞ。確かに貴族の手先だが、ルーク君にも功績がある。犯罪行為に対して威嚇するくらいは妥当。まして俺達の管轄内だ、治安維持のための隠蔽は任せなさい」
「頼りなくて本当にごめん。でもな、ルークだから作戦の形になったんだ。戦闘力での真っ向勝負に持ち込めば勝ち確っしょ。あの子分達は今のウッズの最終手段だぜ。これさえ切り抜ければみんな一安心。何とか踏ん張れないかな……?」
──俺は、話の通じない奴を敵に回してしまった。認識の甘さで、新天地での大騒ぎを招く事になった。その責任は引き受けたい。今は『やめろ』と伝える形こそ自他の為らしい。味方の権力を頼り、正当防衛だと言わせてもらえ。
深く息を吐く。慣れた憂鬱のため息であり、いつも通りの戦闘準備だ。
「……最後まで見放さず、共闘の提案を下さって、ありがとうございます。追加依頼、お受けします。自分のために参加を決めた作戦ですもん。後片付けまでやりきってこそ、ですよね」
二人は強く頷いてくれた。エバッソさんの無表情は少し綻んで見える。
「防衛機関では貴族を追求、ルーク君は平民を撃退。繋がりを隠したまま、分業といこうじゃないか」
「はい。でも、殺しはしないって条件をつけさせて下さい」
「構わない。二度と関わりたくないと思わせればいいだけなんだからな」
「ハハ……嫌な仕事だなぁ……」




