35章285話 終了の流れだったでしょうが!
35章 春へと蹴り上がれ
泣き疲れて少し眠り、気がついた時には、窓から夕陽が差し込んでいた。子供の頃に『我が家』で昼寝した感覚と同じで、嗤えた。
やがて控え室に戻ってきたエバッソさんとガノンに誘われ、一緒に机を囲む。対談後の動揺について頭を下げたが、想定の範囲内という返事をされて複雑だった。
今日は頭も身体もノンストップで働いているエバッソさんだが、疲労は全く見えない。心なしか血気盛んで饒舌気味だ。
「ここからはルーク君に関係する事だけ共有する。肩の力を抜け。ご苦労だった」
「……ありがとうございます。最低限の仕事は出来ましたかね」
「最低限? 動転させた時点で達成だぞ」
「えっ、あれ? 喋らせろ、粘れって」
「期待度が高い、最大限攻めて欲しいって話だ。おや、必達目標や義務とした記憶はないんだが?」
ガノンが苦笑いで補足する。
「エバッソ副長は、一人や一戦に賭けたがらないんよ。だから次や他に繋がることが『最低限』。今回は動揺しきったウッズの言動が今後に活きるって、ほぼ確定だったんだよな」
「なるほど……。気負いすぎてたなぁ」
「いやー最善を尽くしてこそだし、超重要な局面だった事には変わりないよ! 対談で色々分かれば何よりだった。だから称賛してんだ」
「そっか。ありがとう、ホッとする」
ゆるく笑い合ったのも束の間、エバッソさんは平坦に続ける。
「ところで。もうひと頑張りして貰う事になりそうなんだよな」
「はああああ? 終了の流れだったでしょうが! また泣き喚くぞォ!」
「頼むルーク気を確かに! 順を追って丁寧に解説すっからぁ!」
頓服薬を飲んでなお弱音を吐きながら、まずはウッズの対談後の様子を聞くことになった。
ウッズは応接室に留まって考え事をした後、会議場の警備兵を文字通り捕まえる。防衛団に賊が紛れ込んでいる、会議を中止し参加者を守るべきだと主張した。
当然、朱の鉄槌が対策済み。議場と連携し、閉じた場所で話を聞き、その上で去なすべく動いていく。
そこでカッツェム・タオ卿がノブル市の貴族との密談を終えて戻る。取り乱した息子の訴えを聞いて青くなるも、既に動き出した状況を受け止める事しか出来なかったようだ。
朱の鉄槌メンバーである防衛統括機関員が、タオ父子に今後の対応を説明する。
捜査にはできる限り早く取り掛かる。しかしこの大規模な行政会議は中止できない。ただしガノン兵長の所属する、防衛戦士団帝都北区支部からは今すぐに謝罪させる──という内容。
本来詫びに入るべきは、ガノンと行動を共にしていた責任者であるエバッソ副長。しかし彼は、元々与えていた不信感を理由にタオ父子から拒絶された。支部長以上は多忙で都合がつかない。
そこで別の副長と共に急遽駆け付けたのが、ジャンネ小隊長だった。
ジャンネさんは外患誘致捜査に参加していない。朱の鉄槌による諜報活動も知らない。いきなり親しい先輩部下の『悪事』だけを伝えられた状況だが、冷静に頭を下げたという。
「大変な非礼をお詫び申し上げます。当の二名とその協力者には、必ずや然るべき対処を致しましょう」
そして、持ち前の善悪を見る能力、曲げられない恩義と信念を以て言い放つ。
「公平で慎重な調査の上でね。──貴方も同様だ、ウッズ・タオ卿。今後は少しでも邪念の薄いお話を聞けるよう、祈っております」
この華奢な美女が国の頂点に立つほどの剣豪だとも知らず、ウッズは懲りずに殴りかかった。当然、心身共に無傷で躱されたらしい。
改めて、ジャンネさんが正義の味方である事を頼もしく思った。必死で場を収めた名も知らぬ副長は気の毒だけれど。
そして続行されたままの会議は、ロハ市貴族の参加が義務とされる議題へ。対応を進めますと結論づけ、一同は強制的に解散となる。
これまた盗聴されている──対談が丸ごとダダ漏れだった事すら知らないが──控え室へ戻ったタオ父子。カッツェム・タオ卿は、溺愛する愚息に対し、焦燥と苦悩を隠しきれなくなったようだ。
「ああ、ウッズ……。いくらルークと言っても、あまりに大胆で物知りだとは思わなかったかい? 私の不在を狙ったようだし、おそらくは裏があるよ」
「そ、そんな。う……裏って何さ?」
「分からない。我々に不都合な事は間違いないだろうけれどねえ」
「じゃあ、ど、どうしよう? どこまでも卑怯な奴だよ! やっぱり許すワケに──」
「そんな規模の話ではなくなったんだ!」
「おっ…………父、さ……?」
「……すっ、すまない! 嫌な気持ちにさせたなあ? 私とした事が慌ててしまったようだ。父の過ちを許しておくれ」
「……ねえ……。どう、すれば……」
「後でゆっくり教えてくれ。どこまで何を話し、逆に何を話されたか。私は会議に行かなくちゃいけない時間だ。これ以上何もせず今は休んでいるんだよ。落ち着いて、心配は要らない。──私はどこまでもおまえの味方だからねえ。可愛いウッズよ」
一人控え室に残されたウッズは、ソファに体重を預けて茫然と呟いたらしい。
「……こんなんじゃあ……本当に、僕が悪かったみたいじゃないか……?」
俺はこれを聞いて良心が痛んだ。しかし、ウッズは悪い意味で俺の予想を上回る。
「──み、認めない。僕は知ってる。最後に勝った方が正義なんだ。僕は……愚かな末代なんかじゃ、ない……。親思いで立派なタオ家の跡継ぎだ。今に愚民共を見返してやる。お父さんとお母さんに、僕の力で、もっともっと良い思いをさせてあげるんだよ……!」
痛々しくて害のある言い訳を止めどなく溢しながら、彼は携帯連絡機を手に取る。
「あんな捨て身は、一度きりの苦肉の策に決まってる。お父さんには後で言えば、心配させずに済む。よし。……宣言通り兵器は使わない。そもそも口約束。先に平和を邪魔したのはあっち。詰めが甘いぞぉ、ルーク。だから負けたのさ。そのまんま終わるから、悪いのはお前。ざまあみろ……ひゃは、ははは……あいつらの働きは、まだバレてないもんねぇーだ……」
連絡相手は言うまでもなく、ゼフキに連れてきた腰巾着共。応答した一人目に、ウッズは告げる。
「実験は中止。直接ルークを殺す作戦に切り替える。それぞれ、持ち場で使えそうな手段を探しておいて」
エバッソさんはウッズの様子を棒読みで再現したのを最後に、少ーし満足げに腕を組んだ。
「……と、いうことだ」
「あいつ約束破るの早すぎません?」
文句こそ口に出したが、解散した今は殺意の波も凪いだ。ただただ迷惑で疲れる。大きなため息をついた。
一方のエバッソさんは、緑の瞳を若々しく輝かせている。
「対談で触れなくて良かったよな」
「煽らないで下さいよ……」
「まさか。お陰で、奴が追加で隙を見せてくれたんだぞ。俺達の調査とルーク君の安心、双方のためになる画が描けた。だから協力者としての依頼を追加したいと話している」
最初からそう言えよ、言葉足らずめ。安心できるかは怪しいが、聞いてみる事にした。
「バデリー君らの情報の裏が取れる形になったんだ。ウッズはあの手下達と共に、帝都ゼフキ内における兵器の動作を確かめていた」
「え。市街地用の強い結界の中でも使えるか、て事ですか? 出来るなら恐ろしいけど」
「ああ。やはり不浄素を撒いても外へ排出する力が強くて、街中でのモンスターの顕現には至らなかったようだな」
そこで、と軽く指差される。
「ルーク君の周りを荒らしてみる事にしたらしい。嫌がらせを楽しみがてら、局所的に悪感情と不浄度を高めてから運転するという実験に移ったんだよ」
話が変わってくるぞ……! 俺を呼び出す予定に加えて、周りへ仕掛けていたっていうのか?
「じゃあヤツが言った手下の『持ち場』って、イルネスカドル本部の近所なんですか?」
「ざっくりとはそうなる。要するにあの連絡は、周辺で進めていた兵器実験用の準備を、ルーク君襲撃へ流用するという指令だな」
「俺だけを狙うならいいけど──」
「よくない」
すぐに交友関係を心配した俺を、エバッソさんが制す。勿論、自分を大切にしようなどという優しさではなく、全体を見た利害の話。
「ウッズは元々、呼吸のように他人を害する人間だ。そして今の様子では、君さえ殺せば落ち着くという段階を過ぎてると思わないか?」
「……思いますね」
「ルーク君は今、タオ家の抑止力なんだ。君がいなくなれば、飲まされた苦汁の分を取り返そうと勢いづくだろう。国が彼らを無力化するまでもうしばらく、君に拘り怯えさせておきたい。死なれては困る」
「うえぇ……? まあ理屈は分かりましたけど……俺は何をすれば?」
「手下四名を直々に懲らしめてくれ」




