34章284話 渾身の嘘で、今こそ身を守れ
切羽詰まった厳しい表情で長考するウッズ。その末の返事は、これだった。
「……考えは、分かった。その上で僕は、提案には乗らない。僕は、ルークに止められたくらいで、国スケールの野望とチャンスをみすみす諦めるような半端者じゃないの。そうじゃなくても、お前と協力なんて御免だね」
冷静に見える。野望と語る顔には憂いも覗く。それでもなお、大きな成功で屈辱を塗り潰せるまで突き進むのが、彼のプライドか。──俺の情報収集はここまでだな。
しかし、続きがあった。
「ただ……ここまで追いかけてきて、自分から頭を下げたのは、認めてあげるよ。兵器を使ってルークを殺す事はしない。……これだけ知られているなら、呼び出してモンスターで襲うのも無理だろうしね。状況に合わせて計画を調整するなんて、いつもの事だし、まあ……」
この場で葬られたくないが故の苦肉の策だろう。しかし、ウッズにとって精一杯の譲歩でもある。今度は、敬意を表す意味で頭を下げた。
「ありがとう。なら俺も、この場でお前を斬ったりはしない。でも……残念だな。握手して、平和に別れたかったのに」
ウッズはもう一度、憎しみに血走った目で俺を睨みつけてきた。
「勘違いするな。僕は一生許さない。兵団最強なんて言われてたけど、僕が暴いた通り、お前はただの根暗なんだからね。忘れるなよ」
「…………あー。まあね……」
不意に、自分が兵団での評価に一切の興味をなくしていると気付かされ、酷く寂しい気分になった。一生勤め上げるつもりで真剣に働いていた筈なのにな。
「いい? この先、兵器の計画を邪魔をしたら、今度こそルークの家族が犠牲になると思ってね」
泣きそうな苦笑が出る。さっきから、俺にとってはどうでもよくなってしまった事ばかり。
「ははは……やらねえよぉ。俺一人で計画に立ち向かったって、無意味じゃん。……家族なんてもう関係ないけどな」
「……へ……はっ? 親のために土下座した、お前が……?」
「本心だよ。俺はもう精一杯庇った。全員良い歳した大人だし、あの人達なら何とかやっていくさ……。病んだ俺一人でさえ何とかなってんだしな……」
「──ひゃははは。分かったァ。新しい仲間に心変わりしたんだ。チヤホヤされてるもんねえ。あれだけ家族に世話させてたくせに! とんだ親不孝者、不誠実なヤツだ! 仲間がどうこうなんて、よくも僕にお説教できたねえ!」
「……そう、だよ。俺は、そういうヤツだ」
心臓を貫く自己嫌悪と、忘れられない疎外感から、今こそ捻り出せ。
生存戦略としての、渾身の嘘を。
「今の仲間も同じだ。生きる為に利用し合ってるだけ。仲間だから家族だからって、重苦しい絡み方をするのは、もうやめる事にした」
本当はやめられない。他人に期待して痛い目を見るなんて懲り懲りなのに、分かり合う温かさを忘れられない。そしてその気持ちに応えてくれる人達を、どうしようもなく愛してしまう。
俺を脅すのに使える人質がいないと理解し、ウッズは食い下がる。
「最低だね。だから『狂人』なんて名が付いたんだな、納得したよ。今に見てろ、家族も恩師も故郷も捨てたお前に、居場所なんかない。また追い出される!」
そうだな。それが、ずっと不安なんだ。
でも今の居場所は、レイジさんが築き、ダンカムさんが維持しているものだ。
未熟な鬱憤をぶつけられてなお、ダンカムさんは『皆の為に頑張れる人』と俺を認めてくれた。俺の弱さを初っ端から見透かした筈なのに、レイジさんは『お前を採って良かった』と伝えてくれた。
俺は、必要とされる限り、その思いに応える。あの上司達が守った人達と、肩を並べて支え合う。いつか追い出される、その日まで。
そして、まだその時は来ていない。あの場所に齧り付く為なら、狂人にだってなるさ。
「そうだな。俺は最低だ。──ところで。今は俺達、もう仲間ですらないんだよね」
「…………え?」
「利用価値もないし、和解もお前から蹴った。あんまりいつまでもデカい口叩いてんじゃねえぞ。次に俺の平和を邪魔したら、今度こそ殺す。今日のことは最後通告だと思え」
何度目か、顔色を失い始めたウッズを尻目に、席を立った。
「お忙しいところ、大変失礼致しました。ありがとうございました。お元気で」
固まった背中に、捨て台詞が響く。
「最初から僕についていれば良かったと思わせてやる! 僕の活躍を、帝都の隅っこで羨んでいろ!」
返事はしなかった。はははと乾いた笑いを飛ばして、豪奢な応接間を去った。
ここまでの録音と情報によって、防衛統括とハーヴェストの調査は進むだろう。貴族としての忖度で減刑になろうとも、あいつはもう、過去の好き放題な生活には戻れまい。
……酷い事をしたかな。でも自業自得とも言えるよな。俺だって、もう戻れなくなったんだ。今がどんなによくたって、奪われた事実はなくならない。
ここが落とし所だった。……そう思うしかない、きっと。
ドアを閉めると、ガノンが駆け寄ってきてくれた。万が一に駆けつけるつもりで、部屋の外から一通り聞いてくれていた筈だ。
「マジでお疲れ……! すげえよ、ピッタリ三十分だし。まずはこの場を離れるぞ。後始末は他のメンバーがやるからさ!」
なんだか焦ったような話し方だな、と思って初めて、自分の視界が回っている事に気づいた。立つにも歩くにも覚束ない。小脇に抱えていた兜も、被ろうとして取り落とした。
ガノンの顔も見れずに気掛かりを託す。
「あの。……ゼフキに来てる、手下四人の話。触れられなかった。緊急度高いって、分かってたんだけど……」
「いい、いい! 今回の情報があれば、他のとこから幾らでも調べて対処できるって!」
ちょうど自分と同じくらいの高さの肩を借りて、建物を後にした。
屋外の石畳へといよいよ膝を落としたところで、バデリーさんが、体格のいい部下達に担架を持たせてやってきた。
「ハハハ、随分と食らっておられる。人間の顔はこんなに青くなるのですね! いやしかし、ボクからもお見事と言わせて頂きましょうか。これからの仕事が捗りそうです」
彼には、怒らせる前に言っておかなきゃ。震える身体を担架へ乗せられながら謝罪した。
「あの。バデリーさんの脅威をまたお借りしてしまいました。本当にすみません」
「うん? いつですか?」
「え。……やっぱ何でもないです。主に気持ちの面なんで。はは……」
彼に『反社の友達』と呼ばれた自覚はなかったらしい。そりゃそうだ。皆そこまで、自意識過剰じゃないか。ウッズじゃあるまいし。
「手下共の件は、ボクらの方で引き続き確認して参ります。お任せ下さい。またすぐにご連絡致しますね」
ガノンから俺の心残りを聞いたバデリーさんは、穏やかに頼もしくそう言って、笑顔でどこかへ去った。
担架で拠点の簡易ベッドへ運ばれる。ガノンだけが傍に残り、やっと静かになった時、エバッソさんがやってきた。
「ルーク君、よくやった。大勝利だぞ」
端的で力強い肯定に、ようやく緊張が緩む。同時に、涙腺が決壊した。
ガノンが業務連絡を受け取っている最中だと言うのに、抑えきれない嗚咽が腕の隙間から漏れてしまった。
やがてエバッソさんはまたバタバタと出て行った。ガノンが、未だ涙の止まらない俺に伝言してくれる。
「……予定通り、今日一日はここで待機。だけど、ルークの任務は終わったようなもんだ。この後はウッズの行動が荒れるだろうから、防衛団と一緒に見張って、安心できてから帰ってもらう。それだけ。……お疲れ様」
頷いてすぐ、不安に任せて尋ねた。
「なあ。俺……できる限り、本気で和解を目指して、やってみたんだ。でも、分かんなくなっちゃったんだよ。もう、何も、自信ねえんだよ。出来てたかな? 俺も、大事な人達も、これ以上酷い目に遭わなくて、済むかなぁ……?」
目元を隠す腕を、労るように景気良く、ぱんぱんと叩かれた。
「……これ以上ないって! 背後に国がくっついてたなんて、ウッズ程度に悟らせちゃうバカはいねーし、安心しろ。案外、素直に兵器を提出して、バヤトに落ち着くかもしれない。ウッズにも道を選ぶ余地が残った。すげえよ……」
ガノンの声は少し湿っていた。俺の不器用な死闘を、痛みまで分かち合ってくれているように感じる。
抑え込んでいた涙と感情が、また溢れ出してしまう。止められない。
「……ものすごく疲れた。だって、本当は──ぶっ殺してやりたいって思ってた! ずっと、何回も……! 本当に、キツくてさ! なんで俺が我慢してやらなきゃいけねえんだろう、なんて……!」
「……ああ、だよな。正直分かるよ」
「で、でも俺は……話とか、我慢とか、優しさ? とか……大事な人達と穏やかに過ごしたくて、鍛えてきたから……あんな奴のために曲げたくなくてさ……? 今の生活を、もう少しだけ、頑張ってみたくってさあ……!」
「うん、うん……伝わってた」
「なのに、結局、こんな……他人を騙して陥れて、自分が逃げるために使っちゃったよ。こんなだから独りになるのかなぁ? もう……自分が、嫌いで……耐えらんね……」
「……自分の身を守る事は悪じゃねーよ。それだけは言える。外野の意見なんて気にすんな。ルークは、自分の力で、自分と今の仲間達を守ったんだぞ。少しくらい褒めてやってよ」
「うえ、ああ、くそ──あんなクズ、もう二度と会いたくない。……怖かった……。ぐすっ……ワガママばっか言いやがって。イラつくんだよ、その喋り方! 全部全部お前が悪い! 俺だって、そりゃ、悪かったけどさ……こんなに、苦労するほど……? なんで……? 疲れたよ……ぐっ、う、ああ……」
「うん。俺も、あんまりだと思うわ。今くらい、我慢せず泣いていいって。頑張ったよ、ルーク。ナイスファイト。……俺やっぱ、ルークと仲良くなれて光栄だよ。あとは上の人らに任せて、少し、休もうぜ……」
国の都の中央、政治の会場の端。俺は仇敵に対峙して、どうやら大活躍したらしい。でもそんな誉れは、ちっとも俺を癒さなかった。
縋ったのは、たまたま隣にいてくれた友人の、俺に都合が良い慰め。情けなく甘ったれて、子供のように泣き続けてしまった。
俺は、今はまだ、変われない。それでも、相変わらずのまま、進んでいく。




