34章283話 『健常』だった俺の過ち
「……どういう事。詳しく」
ウッズはようやく、溢れる感情のまま単刀直入に話し始めた。
「ルークはっ、上司にも部下にも、助けた市民にさえペコペコしてた! 強くて優しいって評判の戦士だった! そいつが何で僕にだけ突っかかる? おかしいよな? 気に入らなくて、排除したくなって、当然だよなあッ?」
「……注意や指導はウッズにだけしてた訳じゃない。それに、理由もその都度説明していたつもり──」
「そこだけじゃないっ! 僕にだけ、ひどく怒鳴った事があるだろ! 大勢の前で、見せしめみたいに!」
記憶を辿る。俺達が決定的に対立した出来事を言っているのだろう。
秋雨の日。岩山にて大型モンスターを討伐する仕事の最中、マーシャ二等兵が滑落し、殉職した。彼女が、半笑いのウッズに崖へと押し退けられた場面を、俺は遠くから見てしまっていた。
マーシャの同期である新米兵士達が申し出て、遺体の回収を担当してくれた。泣いたり吐いたりしながら、険しい斜面を駆けずり回っていた。
その状況を棒立ちで眺めるウッズが、大きな欠伸をした。
やるせなさに震えていた俺は、我慢の限界を迎えてしまった。
図体のでかい貴族の息子の胸ぐらを思いっ切り掴んで、泣きながら喉が嗄れるほど怒鳴ったのを、確かに覚えている。
『ウッズ上等兵ッ!』
『はへっ?』
『てンめぇ、大概にしろよ! 仲間を殺しておきながらなぜ欠伸ができる? 今すぐ働け! 仲間だったものを脳ミソに焼き付けて来い! 遺体に触れて、身元が分かる物を丁寧に探って、冷えた血に汚れた自分の手を洗え! 一生忘れるな、お前が命を奪った仲間の存在を!』
『ぼ──僕は殺してない! しっ失礼だな! 戦いに邪魔だから軽く押しただけ。あいつが勝手に落ちたの。訓練不足でしょ。落ち着いてよ、戦場に死人は付き物だよね? ルーク兵長さん』
『黙れえェ! 新兵に訓練不足もクソもあるか! てめえこそ死なねえように守られてる立場だろうが! 他に誰がそんなだっせぇ言い逃れをしてる? 百万歩譲って、本当に力加減を間違えたんなら必死で詫びやがれよ! ノレス一等兵を盾にして殺した時も、くだらねえ言い訳ばかり並べてたよな! お前なんか戦士じゃない! ──帰還するまで口を利くな。兵団の恥曝しが!』
突然の叱責にニヤけて見せながらも、明らかに戸惑い気圧されていたウッズ。俺はその態度の歪さにすら腹を立て、正しさと嘆きと憤りで徹底的に叩いてしまった。
今なお健在の強い仲間愛だってその根底にはあった。けど母譲りの理想の押し付けと父譲りの苛烈な言葉遣いも、当時二十三歳の『健常』な俺は、無意識で野放しにしていた──。
「……ウッズ。もしかして、あの日俺に怒鳴られるまで、誰かに本気で怒られた事なかったのか」
「沢山叱られてきたっての! お父さんやお母さん、執事とか先生とか、色々な人に! でも、あそこまで異常に怒鳴りつけてきた不敬な平民は後にも先にも居ない! あんまりな恥をかかされた! 一生恨んでやる!」
ああ──やっと腑に落ちた。ウッズにとっては、強すぎるショックだったのか。それだけだ。理由や内容なんて、最初から一切関係なかったんだ。
生まれて以来思い通りだった安心安全な世界で、初めて怒りをぶつけられた。存在感がある戦士に突然怖い思いをさせられ、面目を潰された。その経験が、心の傷になってしまっている。それゆえ、屈辱だけが深く残り、癒えないともがき続けているのだ。
どの道俺は、ウッズの暴虐を放ってはおけなかっただろう。けれど、ウッズはそれで改心したわけでもなく、失った命も振り返らなかった。そして、これ以降の俺と兵団の凋落は言うまでもない。
……やっぱり、悪手だったな。
今でも自分は正しかったと思う。後悔はない。けれど同時に、感情的なやり方が事態を悪化させた部分もあると認めよう。思考停止と自己否定ではなく、事実として。
強制的に始まる自責は後回し。苦しいが……話を進める道筋はギリギリ作れている。負けんな、俺。
「とりあえず、お前が俺を殺したいほどの動機を持ってる事は理解したよ」
「ふん! 今更かよ」
──どこかでこの手を使うような気はしていた。作戦的には遠回りになるが、エバッソさんは俺の能動に、バデリーさんは俺独自の手探りに期待してた。せっかくの機会だし、普通に会話してもいいだろう。
座ったまま、深く頭を下げた。
「今まで本当にごめんな」
激昂と畏怖で身を固めていたウッズが、素っ頓狂な声を上げる。
「はああっ? ……え? お前、さっきまで剣とか、色々……。そもそも、ずーっと、俺は悪くないから謝らないって……!」
そっか。俺は、そうだったよな。
『ごめんなさい』
『何が悪かった、ちゃんと言え』
つい先日の父さんとの会話で代表できる。納得できない理由で自我を殺され、支配下に置かれることが、俺の日常だった。そこで燻っていた抵抗感が、主張が強く支配的なウッズに対して顕著に出てしまったんだろう。
でも本当は俺、自分の非を認める事と、対話する事は、むしろ得意な方だと思ってるよ。
「うん。ウッズに訴えてた事が間違いだとは今も思ってない。でも振り返れば……俺の言い方も、自分勝手でキツかったよな」
頭を上げると、まともに目が合った。出会って初めてかも知れない。ウッズは驚愕を顰めっ面に浮かべ、調子が狂ったきり戻らないように見える。
「俺は兵団を大切に思ってた。ウッズは貴族の身分だけど、縁があった兵団の仲間には変わりない。だから本気で向き合ったんだ。失敗したけどな。……少し、当時の話を聞いてくれない?」
険しい顔で唸りながらも、小さく頷いたウッズ。以前ゼアナクス様が、ウッズは俺が理解できないから怖いのだと仮説を述べた。こうして聞こうとする様子を見ると、正しかったように思える。
……今更、本当に今更、俺の言葉がこいつに届くのかも知れない。
「出会った時から、性格も意見も合わなかったけど……。俺は、ウッズにも良いところがあるって知っていたよ」
「え──偉そうに! ルークなんかに言われなくても自分の長所は分かってる!」
とっくに過去の気持ちだが、ウッズには今初めて響いたんだろう。満更でもなさそうな困惑顔をしている。やっぱり俺も下手だったよな。
見誤ってたよ。お前は元々、気分の良い話しか聞けない奴なのに。
「ウッズってさ、認めた手下は手厚く可愛がって、凄く慕われていただろ」
「……そりゃあ、上に立つ者として……ついてくる奴らには報酬をやるべきでしょ!」
「だからか。兵団の外にも色々な協力者がいたよな。伯爵、防衛団員、役所と密に連携してるから、色々と仕事が早いって聞いてたよ。地主一家として大量の仕事を捌く、上手い戦略だと思う」
「…………ねえ、気持ち悪い! どういう風の吹き回し?」
「落ち着いて本音を話してるだけだ。俺は、ウッズの能力を兵団で発揮して欲しいと期待してたって話。部下思いで、上手く仲間を増やせる、ボスの素質が味方になれば……なんて勝手な夢を見てしまったんだ」
「嘘くさいな。当時のルークは、そんな事を考えているようには見えなかったけど?」
「うん。俺は『迷惑をかけるな』って訴え方をしたもんな。戦士としてもっと成長できると伝えたかったんだけど、言葉が乱暴で感情的すぎたって、今なら分かるよ」
「………………そうだぞ……」
「仲間としてのお願いだったけど、理想をぶつけているだけになってた。ウッズが、敵として逆らいに来たと受け取ってしまうのも無理ないよな。……それでお互い苦しめ合って、こんなに大きな話になっちゃったなぁ……」
黙り込んだウッズが、初めて見せる苦い顔をしている。一応、他人を受け止める器はあるんだよな。田舎のガキ大将から成長しないってだけで。
「だから、改めて真剣に謝ったんだ。ごめん。──で、もう一回お願いする。こんな諍いのために物騒な計画を進めるのは、考え直して欲しい。そんなのお互い望んでなかった筈だろ」
「……何なんだ……本当に……」
ウッズは両手で頭を抱えた。紛れもない悪だけど、やはり話が通じないほどの馬鹿ではない。当時の俺の『分かり合える』という幻想も、まるっきり見込み違いではなかったんだろう。
でも、期待しすぎていた。今もそういうところはある。
イルネスカドルでも、俺は様々な願望を皆に押し付けてきた。関係性を深めてチームの結束を強める方向にはたらいているらしいが、幸運だっただけ。生き様が大きく異なる相手なら尚更だ。違いを学びとし、共に高みを目指そうとしてくれる、レヴォリオのような人は多くないんだ。
そして今は、どれだけ惜しくたって、離別するしかない時もあると知った。……俺の家族が、教えてくれた。
もっと早く、自分を理解できていれば。でも、ここまで来なければ理解できなかった。
虚しさが止まらない。──俺はこれから、ウッズがやっと見せてくれた懐へ、刃を沈めていく事になるのだから。
「……ガノンがお前を『売国奴』って言っただろ。彼が俺を信じてくれたのは、もうロハの一部で売国が噂されてた面もあったからなんだ」
「えっ。噂……? どこから……!」
「これじゃ引くに引けないだろ。ここで仲直りして解散したって、お前ん家の立場は危ういままだ」
黙り込むウッズが瞳を揺らした。寄り添うように頷く。
「だから──ウッズが俺の殺害や兵器開発について考え直してくれるんなら、俺もこれ以上事を荒立てない。後片付けにも協力する。それが、俺の持ってきた和解の提案だ」
掻き乱されて荒れ果てたウッズの心へと、その場を凌げる救いのフリをして、こっそり染み込んでいく。
「俺はこの国で平和に暮らしたい。一緒に兵器から手を引こう。その為に色々と教えてくれ」
「あ──のさあ! これまで長々と歯向かってきて、ここに呼び出すにも色々と嘘を仕掛けてきたルークを、今から信じろって? 馬鹿を言うな!」
「分かってる! でもその気がなければ、とっくに防衛団にチクってるよ! 仲間だったお前が俺のせいで道を外れるのを放っておけないんだ。今なら引き返せる。──頼む!」
自分の偽りない信念すら利用して、真っ直ぐな目で、真実の混じる大嘘を吐いた。




