34章282話 戦果は上々、されど削られて
もう少し掘り下げられるだろうか。ストレスを吐き出しがてら、動揺を見せてみる。
「やっぱり……! ロハ市民の反抗を俺の卑怯にカウントしても、ウッズの卑劣さには全く敵わねえよ! 権力で使える手下じゃ勝てないからって、外国の悪事に乗っかったのか? どこまで他人頼りなんだ!」
「平民基準で語らないで欲しいねぇ。戦略を立てて、支持者を集めて、有利に物事を進めているだけ。規模は格別だけれど、貴族ならば当然の戦い方さ。悔しいからってうるさいんだよ」
自分を棚に上げるのが大得意だな……! なんて新たなイライラは戦場の外に投げておけ。今後の計画や展望を聞きたい。
「それでもおかしいって。考え直せ! 俺一人を相手に、どうかしてる」
「思い上がるな! ルークなんて通過点だ」
「俺の先にどんな幻が見えてんだよ!」
「馬鹿だね。ルークを踏みつけて、僕の力をロハ市民に思い知らせるのは、これから僕が大成していく計画の序盤だって言ってるの」
「はあ……? 私怨で国に危険を呼び込む事が名声を高めるとでも?」
「やれやれ、視座が低くて可哀想。僕らはもう、国や平和なんて枠には囚われてないの」
得意げに早口で語るウッズ。気のせいか……失敗するリスクが見えないというよりは、成功を信じて突き進む他ないかのような痛々しさを感じなくもない。
「いい? ──兵器の実物をバヤトに提供すれば国益になる。このままペアルコを支援すれば新しい活躍の場が用意される。僕らはどっちでも得をするし、二国の進退も握ってる。力があるってことは、自由があるってことなのさ!」
流しきれなかった不快感で唇を噛む。力さえ持てば自由だ? 世界がそんなに単純にできていれば、俺はあんな小さな街と家庭に縛られなくて済んだだろうにな。
分不相応な力はお前を振り回すぞ。
「……そんな兵器が、もう完成して、お前の手元にあるって言うのか?」
「やっとビビったあ? まだ調整中だから試作品って名前にはなるけど、基本的な設計は完成してる。試運転も順調。お前が消える時もそう遠くないかもー? ひゃっはははァ!」
兵器開発の進捗情報ゲット。でも自分の危機を忘れて貰っちゃ困るな。
「あー……やっぱり今すぐ首を斬ってやった方がいいって事になる?」
「ちちち違う! 嫌ならこれ以上怒らせるなって話! そんなに刑務所に入りたいの? これだから野蛮な戦闘馬鹿は──」
「じゃあ和解の話に戻すぞ。ウッズのイメージ通りに片づけばいいけど、半端に失敗したらいよいよ立場がなくなるんじゃないか? この先の勝算はあんのかよ」
「その発想が凡人なんだってば。歴史と実績を持つ貴族家はねえ、時勢を読んで臨機応変に、上手く立ち回るものなの」
「両国間を綱渡りするのは違うだろ……。ロハ子爵一家ごときが国を動かすなんて夢物語だから聞いてるんだ」
「馬鹿にするなよ! ロハ伯爵家とその親族は計画の中心だし、ノブル市最大の商社も、ラオフィ市の貴族一同も協賛してる。それくらい今のバヤト帝国はダメなんだ。あれこれ言って帝都に集権してるくせに延々と不景気で、支えてる地方ばかり損をする! ルークなんかには見えてないだろうけどさあ!」
「えー? うーん……それでも兵器はやめた方がいいと思うけどなぁ……」
なるほど。リスキーな計画がある程度進み、協力者も広がっているから、もう引き返せないという面もあって強気に語っていたんだな。
商社とやらは、ハーヴェストが裏表の商流を辿って押さえるだろう。ラオフィ市はロハに近い長閑な米どころだ……まだノーマークでは? 確かにもしペアルコの国土になれば、貴重な食糧生産地として手厚く支援されそうではある。
関係者と金品の流れも少しは掴めた。順調だ。あとは話をどうやって穏便にまとめるか──。
思案している隙に、ウッズが俺の腰元のポーチを指差した。
「ほら、ルークなんかじゃ敵わないだろ。分かったら『それ』を寄越して。この先お前が持っていても仕方ないよ」
う、根も葉もないハッタリに今一度引っ掛かられた。そりゃ証拠品は回収したがるか……。
会話を続け、悩む時間を稼ぐ。
「嫌だ。醜穢反応が強くて、ペアルコ王国の文字が入ってるってだけで、何だか知らないんだよ。ウッズが欲しがるってのも怪しい。この場で渡すなんて……」
「あぁ物分かりの悪い! 不浄素を集めて圧縮した、兵器の燃料みたいなものだよ。希少な物でもないけど放置はできないの。お前みたいな、精霊術を半端に使える奴が触ると特に危ないんだ! 全く、どこの誰から手に入れたの?」
「…………拾った」
「はあ? 僕が兵器に関わってることの証拠がそれだって言ってたよね? 情報付きで流した人間がいる事くらいもう分かるから、今更隠そうとするなよ。何かやばい奴とでも繋がっちゃったぁ? ふひひ……」
形勢逆転の気配を認識しただけで、不快な動悸が始まってしまった。俺はあくまで一般人、バックに色々ついているとバレてはいけないのだ。どうする。
多くを知った俺が帝国側の駒だと知られれば、ウッズはその時点で敵国側へ舵を切るしかなくなる。兵器開発がある程度進んでいる以上、結果を急いだウッズによって、国内に多大な犠牲を出す可能性もある。
そして何より、俺という個人が危ない。
実のところタオ家は、金で暗殺者を雇えば、俺を消すこと自体はできなくないのだ。しかしそれでは復讐の手応えも復権への影響も今ひとつ。領地の外での悪事となれば揉み消せる確証もない。だからやらなかっただけだろう。
つまり、今までのウッズの行動は『立場』と『プライド』への強い執着が大前提。その前提を、これだけ喧嘩を売った後になって崩すのはマズい。
国に忖度する必要もなくなり、俺が一番嫌がる方法で、徹底的に蹂躙しに来られてしまう。
──今度は、イルネスカドルがやられる。
「…………いや……えっと…………」
「お、懐かしいー! いいよ、そういう弱った顔でこそルークは魅力的だあ! さぁさ、時間はまだある。待ってあげるから、話してごらん?」
抑えていた病的な不安が一気に連鎖して、事実と想像、過去と未来、全てが一緒くたの津波となってしまった。手足が冷えて震えだす。恐怖で呼吸が不自由だ。
落ち着け! ひとつ嘘がバレるだけ。まずこの場を凌がなくては、不安が現実になってしまう。集中……!
「……本当は、何も持ってない」
「なっ……。騙したのか? 嘘ばかりじゃないか、お前ェ! でもじゃあどうやって兵器の話を語れたの? おかしいよ、説明しろ!」
ふふ。いい質問をするじゃないか。俺も聞きたいよ……。
何故だ? かつて対立したヒュドラーのボス、マティレートの憎しみと血に塗れた嘲笑が蘇る。
『殺せよ。それしかないぜ』
あの時俺は、殺せなかった。どうすればよかったのか、今も答えが出ていない。……彼のセリフに、心底納得しているからだった。
話し合ったって、恨みはなくならない。これだけの苦労も、全て無意味なんじゃないか。
やっぱり、お互い、根源を殺さないと終われないのでは?
────殺意を握りしめようとする拳が、どうにも固まらない。いやだーっと大騒ぎするウィルルの幻のせいだ。続いて、肩に手を置かれるような錯覚。あの恨みの連鎖を堰き止めたカルミアさんが、苦笑と共に首を横に振っているような。
俺が人を殺して会社を去れば、ウィルルは体調を崩してしまうかもなぁ。俺ごときに随分と懐いてしまったらしいから。カルミアさんの取った手段は『敵の力の源を抑え込む』事が本質と言える。あんたを見習えば、もう一踏ん張りできるかな?
ウッズの力の源は知っている。権力と暴力のツテだ。……ごめんなさい、バデリーさん。貴方の怖さを、もう一度借ります。
「反社の……友達が……いるんだよ。その人のツテを頼って、知識と情報を金で買ったんだ」
「ひっひっひ……。病気で一生懸命稼いだ金を、反社会勢力に流したの? よっぽど僕の活動に怯えてたんだねえ。立派な犯罪者じゃあないか!」
「うん。言いたくなかったのは闇取引だからだ。これ以上は言えない。俺だけでなく、聞いたお前も消されてしまう。……内密にしてくれ。騙したのは謝る」
「ふぅん……。まあ、僕は自分の方でも調べられるから、勘弁してあげるか」
ウッズはニタニタと笑っていた口の端をひくつかせ、渋々引き下がった。……我ながら、嘘と真を掻き混ぜて重ねるのが得意だよな。
自己嫌悪が強まってる。不安感もそのまま。溜め続けた感情が噴き出そうとして、無闇に泣きたくなってきてる。これでは虚勢も張れない。かなり削られてしまったな……。
話を、戻そう。頑張れ、頑張れ……。
「そうやって調べたのも、全ては最初に言った通り、和解したいからなんだ。お前はロハの貴族、俺はゼフキの平民。別々の世界で、平和に生きたいよ。……どうしたら気が済む? 俺が死ぬこと以外で教えてくれ」
ウッズもまた疲弊しているのだろう。余裕がなさそうに声を荒らげた。
「僕にはルークと和解するメリットがないの! 消されたくないならこれ以上怒らせるなって言っただろ! 僕の話はそれで終わりなの! もう出てってよ!」
「大人しくしてる間に兵器での殺害計画を進められたんだから、この場で和解できないなら殺すしかなくなる」
「ぐぐ……卑怯だろってば……! 反社と鬼のうっすい後ろ盾で足掻いちゃってさ……!」
「経緯はともかく、もうウッズの予定通りにはいかなくなったんだよ。譲歩し合おう。……俺はお前にとって小物なんだろ? それほど許せない存在かよ? きっと何か理由がある、そこを解消すれば済む話だ。冷静に考えてくれ!」
「ああぁあぁ、何様だよ、生意気もいい加減にしろよおおぉ……!」
フケを散らしながら髪を掻きむしったウッズ。追加情報と和解交渉は途切れる事となったが、彼の一段深い本音が転がり出た。
「なんで、なんでお前は……僕にだけ! 熱心に歯向かってくるんだよ! それがずっと、何よりも、許せないんだあぁ!」
眉根を顰める。犯行動機としての興味より何より、これまでとは違うまっすぐで悲痛な語り口にこそ、耳を傾けたくなった。




