34章281話 最強の怨恨を堪えろ
俺の好戦的な和解の提案を、ウッズは忌々しげに鼻で笑い飛ばした。作戦上、ただ縮こまっていられては困るので良しだ。
やはり俺がどこまで知っているのかは気になるらしい。吊り上げた目を泳がせながら捲し立ててくる。
「ふんっ、何が仲直りだ。なんで僕が、大嫌いなお前のために三十分も拘束されなきゃいけない? ……あの鬼も売国だなんて適当を言っちゃってさ、腹が立つ! なんでわざわざ来たんだよ? 答えろ!」
拒絶と探りはまあ予想通り。ここから上手く転がせるかどうか……。
俺のスタンスは戦闘と同じ。色とりどりの戦意と緩急で攻め立て、隙を見せて誘い出す。そして心を乱されないように、自分を何よりも厳しく律して、いつも通りの力を発揮するのだ。
……やってみせる。文字通り死ぬほどやってきたことだ!
「俺のセリフだ。ちゃんとお前に従ってロハから出て行ったのに、ウッズの方から来やがって。ゼフキで俺の悪評を流してるよな?」
「僕にはその必要も権利もある。それだけ迷惑を被ってるんだから」
「……要は、未だに許せない気持ちが残ってんだろ。一度しっかり話し合って、片づけようよ。今日はその為に来た」
「ルークが無様に消えてくれれば僕の気持ちは片付くんだよ!」
「俺を殺したいってこと?」
一瞬、空気が止まった。
「……存在が不愉快なんだ! 目障りだし、耳障りなの!」
「あれから今日まで、ウッズの前には現れなかったのに? これ以上どうすればいい」
「ち、違くて! もうそういう問題じゃなく……。遠くにいても話が入って──」
「だからもう殺すしかないって結論になったんだよな?」
言い切らないのは、殺意を表明することに怯えているからだろ。こいつは技術的にも精神的にも、俺と正面から殺し合うことはできないのだ。
そうやって安全圏に居続けたことが、今日致命的な隙になるだなんて、もう言い聞かせてやらない。弱点として突くだけだ。
「だからって、ペアルコ王国の不浄素兵器にまで手を出す必要はないだろう」
密かに言葉を詰まらせているのを威圧的に見つめながら続ける。
「俺もお前ん家も共倒れになる。こんな諍いにそこまで賭ける価値はない。やめよう」
やはり彼も馬鹿ではない。最も警戒している部分の守りは堅固だった。
「何それ。気でも触れた? ひゃはっ、病気は元々だったかあ!」
「病気の妄想じゃないっていう、物的証拠を持って来てる」
「……へー? じゃあ見せてご覧よ?」
「バカかよ……。局所的な不浄の発生で精霊が乱れる。ここだと警報が鳴るって聞いたし、万が一モンスターまで湧けば大事だぞ。ウッズの方が詳しいんじゃないのか?」
もちろん嘘だ。バデリーさんの仕入れた断片的な不確定情報から内容を作ったから、まるっきり想像でもないが、あくまでハッタリ。
だからもしウッズが本当に知らないか、もしくは見当違いなら、怪訝そうにする筈なのだ。そんな特級脱法アイテムは存在しない、いよいよひどい作り話だと。
しかし彼は優位を誇示しながら話を逸らした。思い当たる物はあるのか──。
「どうせないくせに! あってもルークが不法侵入と危険物持ち込みで捕まるだけだし、僕は困らないね。本当に和解する気ある? デタラメな話で喧嘩を売ってくるな!」
「ああ、やっぱり危険なのか、これ?」
腰元のポーチに手をやると、ウッズは僅かに身を乗り出した。効いてるな。
「言ってやらない。ていうか知らない」
「──そうか」
今度は自分の背、愛剣の柄に手をやる。やっと武器に気付いたウッズの顔がまた青くなった。
「へえっ? 和解するんじゃないの?」
「決裂も想定してるに決まってんだろ」
鍔元の鋼を見せながらウッズの首へと視線を定める。殺人こそ未経験だが、人の身体は無数に斬りつけてきたし、殺意のやり取りにも慣れている。冗談ではない事くらいは伝わる筈。
「どうせ捕まるなら、得体の知れないものであちこちに迷惑をかけるより、直接殺した方がいい。ダントツで簡単だ」
「ままま待て待て落ち着け! 仲直りの話から、なんでいきなり捨て身になるの?」
「こんな政府関係の会議場に侵入してる時点で捨て身だと思えよ。て言うか、さっきお前自身が言っただろうが。俺はもうとっくに全て壊されたからだ……!」
「ひ、はは、いい気味……。で、でもルーク、今は、ゼフキでいい思いをしてるんだろう? それまで失っちゃっていいの?」
「ほざけ。てめえに殺されれば同じだ」
「そ、僕、まだそこまで言ってな──」
「こうして直談判に来てもダメなら、俺も流石に諦める。ただしウッズも道連れだ。俺が増長させてしまった悪党を片付けて、俺も終わるんだ。今から首を飛ばす。いいな」
「よくない! いいわけないでしょ!」
「じゃあ話し合ってくれるのか?」
「ぎぎ──とりあえず! この三十分はちゃんと話してあげる! それで満足か!」
「……ありがとう。一旦な」
抜きかけた剣を、再度鞘へ納めた。
「剣ッ、お前、背から下ろせよ!」
「分かった」手元に置いた。
「……や、やっぱり背負ってて!」
「分かった」頭悪いのかな。
ウッズは肩で大きく息をして手を震わせている。睨みながら、俺も腹で深呼吸をした。やはりスムーズな対談は不可能だったか。でもまだまだいけるよな、俺。
考えろ。──命と地位とプライド、全ての窮地から逃げられないと分かった今、ウッズは耐え難い恐怖に苛まれている筈。楽になる方法を必死で探るのが自然だ。
しかしこいつの慣れた方法は、他人を使う事、家の力を頼る事、敵が弱った所で暴力を振るう事でほぼ全部だろう。今はどれも使えない。
となれば、一か八かで兵器を使い、この場で俺を殺しにかかる事も考えられる。武器はその対応策でもあった。
……でもその動きは見られない。ぶつぶつと聞こえるのも呪文などではなく恨み節だ。この場には起動できるものを持ってきてないのか、勇気がないのか……いずれにせよ、現行犯逮捕は難しそうだ。
なら懐柔。追い込んだ今、こちらで作った偽の逃げ場に誘導する。
切り込みやすそうな質問は、動機かな?
「なんで外国の兵器なんかに手を出した」
「それはお前の思い込みだってば……!」
「……質問を変えるよ。俺を無様に消さないとウッズの気持ちが片付かないのは、どうしてだ?」
ウッズはしばらく思考を巡らせていたようだが、やがて、当たり散らして楽になることを選んだ。鬱憤に呑まれて喚きやがる。
「だって…………悪いこと全部、ルークのせいなんだよ! なのにまるで僕が悪いみたいになってる! いつもいつも、卑怯なんだ! 絶対許せない!」
いやお前が悪いだろ。俺だって許さねえ。
あっこれはマズい、と思った時には遅かった。俺の奥底で、確かに発火してしまった。
直視を避けることで必死に封じていた、最強の怨恨が。
血の激流が攻撃性を全身に行き渡らせる。苛々と膝が揺れ、眼球に圧がかかる。呼吸は浅く、拳は固く。相手の撒き散らす敵意に対抗するためだからと、これに身を任せたくなっている。
それを理性一本で押し留める。ただの喧嘩、以前の繰り返しになるから。こんな大切な勝負で自分を揺らす原因にはしたくない。耐えろ、堪えろ、抑えろ……! 適切な戦い方を選べ……!
『虚勢を張れ。堂々と笑って見せるんだよ』
今朝のログマに後頭部をど突かれた気がして、はっとした。
分かったよ、と唾を呑む。精霊術の猛者に従おう──としたところで、社交性の猛者、アピラ師匠が思考に割り込んで高笑いして見せた。
……師匠も、まずは困ったように笑いそうだな? 相手の悪意を受け流して調子を崩し、最適なタイミングで手札を切って追い払うだろう。ケインはこれを、同じ戦場に立たないことで衝突を回避する戦略だって分析してた。使える……!
皆からの付け焼き刃、お借りします!
「たははーっ! 汚えお声が無駄に大きくてびっくり致しましたわァ!」
あれ。なんだろう、思ったのと違うな。勢い余ったな。強制的に頭は冷えたけど……。
でも相手は真剣に睨んでいる。皮肉っぽい口調として受け取ったみたいだ。セーフ。続行。
「……俺のせいって何が?」
「ルークがしぶとく僕に逆らってた頃から、勘違いした無礼者が増え続けているんだよ! 今まで黙ってた奴らが、やりすぎとかおかしいとか、お父さんの爵位を剥奪すべきだとかぁ……! 突然言い出してきてるの!」
「あら、ご愁傷様。でも俺は関係ないな」
「嘘つき! 僕だって調べたんだぞ。命の恩人だとか、元友達だとか、同じ剣術教室で憧れだったとか、実はルーク贔屓でしたって奴らばかりだ! そういう雑魚どもが結託してる! 当のルークが僕に完全敗北して決着したのにだぞ? 仕向けたんだろ? 一人じゃ勝てないからって、卑怯者じゃないか!」
「そう思いましたのねェ。でも意外と市民に不満が溜まってましたってだけの話だろ。やっぱり俺は口実にされただけで、無関係だよ。……そのご贔屓らしい皆様は、実際、俺を助けてくれてないじゃん」
「それは……ひひ、お前の作戦が甘かった部分だろ!」
「ああもう、何とでも仰って下さいましー。全然違うのになぁ」
形ばかりの師匠クッションは有効だった。心理的な距離が大きく一歩離れる感覚がある。どす黒い感情を抱えたまま、冷静に攻撃の手を考えられている。
「とぼけたって無駄。もう僕は対抗策を練ってあるんだぞ! ルーク程度じゃその辺の平民しか頼れないけど、僕は違う。せいぜい後悔しなよ」
「検討しまーす。でも不浄素兵器じゃないんだろ? 他に何かあるのか? お前が帝都の俺を殺せる方法なんて限られるような気がするな。貴族って言っても、所詮は田舎の子爵だし」
「なんっ……お前えええ……!」
「これまで防衛団に告げ口するくらいしかできなかった事こそ、何もできない証拠だろ。あははは!」
ここぞと挑発してやったら、経験不足のウッズは、俺に都合がいい戦場へと自ら上がってきた。
「──もういいか。考えてみれば、お前やあの鬼程度の小物にバレたところで、妄言として扱われるだけに決まってるね」
「なんだって」
「ひゃはは、よく調べたね、褒めてあげる。──そうさ、僕らタオ家は、ペアルコ王国と手を組んだ。不浄素をモンスターとして自在に顕現させられる装置を預かってる。この国じゃあ考えられないような最先端技術を、この僕が使えるようになる! 練習がてら、ルークを潰してやれるのさ!」
よし。聞いたよな、別室の方々。これで最低限……! しれっと殺害宣告されたけど、こそこそやられるより全然怖くない!




