第195話 間話19:マーブリング
最初の従業員休憩室で、洗面所にうつむくカハールカの背中をヨシュアが優しく撫でていた。その手には魔力を分け与える光が放たれている。
カハールカの疲労が少しはましになるだろうと思って、自主的に彼女は魔力を譲渡しているのだ。
「【体調正常化】!」
「セーレさんどうもっす……」
「専門的なことは出来ませんのでこのくらいは……どうぞ、飲み物です」
「思ったよりも自分のメンタルが弱くてびっくりっすよ」
カハールカはマナーも気にせず袖で口を拭って、セーレから受け取ったお茶を一気飲みした。
洗面台は吐瀉物にまみれている。これは後で掃除しよう……そう思っているとヨシュアがさっと浄化スキルと生分解進行スキルを使い、水に流してくれていた。
「すみません、ほんとお手数かけちゃって……作業は頑張るんで……」
「少し休まれたほうがいいかもしれませんねえ」
「いや、でももうちょっとだけやるっす」
「無理しちゃ駄目ですよ」
「【リジエンス】! 君には悪いが頑張ってくれると嬉しい。私もできることをする。何でも言ってくれ」
エトワールがスキル【リジエンス】をかける。地味だが回復力を超強化する有用なスキルだ。これがあると長時間の仕事でも耐えやすくなるし、疲れも残りにくい。
「姫にスキルをかけていただくなんて光栄っすね。ああ、こんな仕事じゃなきゃ友だちに見せて自慢したいのに……」
「だめですよー、星間司法庁に勤務していることは秘密ですからね! 私も田舎の星の健康管理課に務めてることになってるんですよー」
「わかってるっすよヨシュアさん、まだプロフィールとか更新する暇もないですしね、内務庁勤務ってことでしばらくは。でもこの先どうしたらいいのかは教えてほしいっす……」
「君の表向きの勤務部署は後で決めておくよ、さ、続きを頼む」
エトワールの言葉に会釈して、カハールカは簡易ラボに再び向き合うことにした。
気が乗らないが自分がやるしかない。珍しくカハールカには使命感というものが湧き上がっていた。
半日前、検査をしたカハールカが見たのは、魂を継ぎ接ぎにしたおぞましいキメラだった。
線虫をつかった実験でもそんな実験をしてたら教授にお説教を食らい、最悪退学になりかねない。その程度にはテオネリアでも魂の合成操作は忌避される。ましてや、それを人間の魂でするなんて。あまりのおぞましさに吐き気を堪えられなかったのだ。
ファビエに寄生していた魂はいくつかの改良と合成をされていた。地球の人間の魂を寄宿主のベースにし、そこに外殻強度で勝る二つの魂の欠片を寄生させる。魂はまるでマーブル模様のように個性的な表面をしていた。
ファビエに取り付いていた三つの魂はあと百年もそのままにしていればファビエと完全に置き換わっていただろう。
ファビエが今現在ファビエとして存在をとどめておいていられるのは、ベースになった人間の魂が弱く、ファビエを乗っ取りきるのにはほんの僅かだけ力が足りなかったからだった。
ある意味ファビエには幸運が味方していたとも言える。
しかし、そのベースになった地球人の魂より、それに寄生していた二つの魂は悪質だった。外付けの外殻保護材をまとった二つのそれは、テオネリア人の魂とどこか別の惑星の魂。
前者は形状がテオネリア人の長い魂の改良に基づいた形をしていたので簡単に判明した。
後者は非テオネリア系の人間の魂に特徴的な、全く改造のない――――カハールカたちの使う専門用語によれば”ブリュット( 生)”という状態だ。
ただ、どこの星かまではわからないが、なんとなく記憶がある。思い出せそうで思い出せない。
魂は会話もできることがある。状態が良ければ良いほど会話しやすい。もちろん、魔力がなければ聞き取ることは出来ないし、魔力があっても相当な敏感な感覚を持っていないと素では聞き取れない。
なので特殊な集音マイクを使って会話をするのだが、その中身が酷かった。
『この婢女が! 我に触れるな! 穢らわしい!』
『くそ、もう少し粘ればファビエの身体を我が物にできたものを……』
『女のくせに学があるなどと生意気な、早くその薄汚い手をどけよ!』
『もうすこし寄生する魂は厳選すべきだったな、もっと外殻が強いものに……フィンはもうちょっとやれると思ってたんだが』
『何だこの国は、女などが大きな顔をしている。女など子を孕むだけの部屋の飾りであるべきであろうに……』
『……かあさん、どこ……』
「……聞くに堪えないっす、色んな意味で」
カハールカのため息に、エトワールは慰めるようにその頭を撫で、抱きしめた。
「済まないね、嫌なことばかりさせて」
「司法取引ってそういうもんっすよね。それに……自分がほんの僅かとはいえ加担していたのは確かっす。グリちゃんとチワワちゃんになんて謝ればいいのか……」
カハールカはまた目に涙を浮かべていた。彼女は自分が思うよりも情に厚い人間であることに驚く。もっと無感情で、冷静な人間だと自認していたのに。
そしてエトワール姫の優しさと厳しさを同時に感じる。
「別に謝らなくてもいいと思うが、君がその仕事を続けることが贖罪になると私は信じるよ」
「はい……」
ここに来たばかりの頃、エトワールは奇行をしていた話ばかりを聞いていた。
主にチケンから。
だからただ面白おかしいだけの姫君だと思っていたのだが、そうでもないようだった。
奇行はするがカリスマ性もある。なるほど、セーレやヨシュア、スフォー(姪)が入れ込み、エトワール姫即位論も出てくるわけだ。
本人の趣向と食い違っているのはともかくとして。
「そろそろあの三人おやつ食べてるっすかねえ、インテ先輩」
「そうですねえ、お預かりしたバッグ、そのままお渡ししておきました!」
「せめて美味しいものでも食べて英気を養ってほしいっす」
カハールカはメカアームを数本同時に動かしながら作業を再開することにした。
次はチケン達が拾ってきた謎の保存瓶の魂をチェックせねばならない。
他にも材料貯蔵庫の詰み荷などチェックするものは多岐にわたっている。もちろんエトワールやヨシュアもやっているが手が足りないのだ。
『かあさん……』
「ごめんね、もうちょっと経ったら分離できるから、もう少しだけ我慢してね」
弱々しいフィン・ハイデガーの声に、カハールカはできるだけ優しく声をかける。分離さえできれば鎮静剤で苦痛を軽減させることができる。できるだけ早く作業を進めなければならない。
後の二人は放っておいても死にそうにないから平気だろうが、地球人の魂はびっくりするほど脆い。丁寧に取り扱う必要がある。
忙しさが辛さを忘れさせてくれるのが、ほんの僅かな救いだった。




