第194話 平岡少年
平岡少年は紅茶を喜んで飲み、和菓子も洋菓子も両方喜んで食べていた。
「すごいねえ、本物だ。想像してた以上にすごく美味しいよ」
「そうでしょう? どれも美味しいから沢山お食べなさい!」
そう呟く平岡少年に、おタヒはまるで自分の功績であるかのようにドヤる。お前が用意した菓子じゃねーだろ。
「これ、三島由紀夫とかも食べてたのかなあ」
「あー、昔の小説家だっけ。自衛隊の建物で割腹自殺したとかいう」
「そうそう。自称サラはゲームにハマる前は文学が好きでね。あのころはまだ言動がマシだったのかな。よく日本や世界の本を色々買ってきてくれて、それでファンになったんだ。ほら、この刑務所、建物全体に翻訳スキルがかかってるからどの世界の言葉でも聞き取れるし、大体読める」
あー、やっぱりここに入ったら言葉が通じるの、そういうスキルのおかげだったんだ。とはいえ、そんな大魔法みたいなスキルを誰がかけているのか? 気になるところではある。
「ただ、聞き手の脳内に全く存在しない語彙や言葉は□□□とか表示されたり、似たニュアンスの別の言葉になったりするから、たまに読めない箇所もあるけどね」
流石に万能ではないのか。ないものはない。割と好きなタイプのスキルだ。
「それで、この中で三島由紀夫も食べてそうなのってあると思う?」
「うーん、全く同じとは言わないけど、どれも食べたことがあるんじゃないか? グミとか新し目の菓子はないし。数十年前の日本でも買えるようなお菓子ばっかりだし、お茶もそうだと思うよ」
「そっか、生きてるうちに好きな作家と同じものを飲み食いできるなんて、感慨深いね」
平岡少年は感慨深そうにお茶を飲み、何故か箸でどら焼きを食べていた。箸使いは上手だ。本で読んで覚えたのだろうか。
「そのお菓子どら焼きっていうんだけど、手で食べるともっと同じ感じになると思う。はい、ウェットティッシュ。手を拭いて手づかみで食べてみて」
少年は手を拭うと、その手で恐る恐るどら焼きを包み込み、その皮の柔らかさに改めて驚いている。美味いどら焼きって皮がふわふわだよな……。
おタヒもそれを見習って素手でもしゃもしゃとどら焼きを食べている。でもそのどら焼き、もう四つ目とかでは? 俺はおタヒのかーちゃんじゃないので夕食入らなくなっても放置する予定だが。
グリセルダもブランデーケーキやクッキーを程々につまんで、微妙に表情を緩めていた。うまいもの食いながら怒れる人間はそういないからな。
かくいう俺もブランデーケーキ以外を一通り食っている。俺は本当に酒に弱いのでそれはやめておいたがそれ以外の菓子が美味い。なので問題はなかった。
特にみたらし団子が出来立てのように美味い。
本当は賞味期限切れなのだがマジックバックのお陰で気にならない。まあその事は言わないでおこう……。
「で、何を話したいのだ? 少年」
「そうだね、なんだったっけ……あまりにも感動して忘れかけていた。君たちはいつからここにいるのか聞いても?」
「俺は二週間前くらいからかな。地球の日本から治験という名目でこっちに来たんだ」
「私はチケンより数日早く来たわね」
「私もおタヒと同じくらいか」
俺たちは簡単に自分たちのことだけを選んで話す。エト姫のことは話すべきか迷ったので黙っていた。
それを聞いた平岡少年は少し考え込んだ様子だった。
「それで、君たちはあのサラもどきを追っている、と」
「元々そんなつもりじゃなかったんだけどな。どうもあのサラもどきっていうか、ヴェレルだろ、あれ。あれを追うって約束をしたんだ」
「私達は違うわ。なんで私達が何度も死ぬ羽目になったのか、原因はうまく掴めてないけど絶対あの自称神子たちのせいでしょ? だからしばき倒しに行くのよ!」
「そうだな、そして何故そんな暴挙をしたのか本人の口から吐かせたい」
そういうと少年は困った顔をした。
「……僕はヴェレルが持ってきたデータを元にヴェレルが望むシナリオを書いていた。まさかこんな酷いシナリオが、現実にあったものだったのか?」
「そうだよ、俺もゲームだと思ってた。でも本当にあったらしい」
「……信じられない」
「私だって夢だったら良かったわよ」
「同じく」
平岡少年はクソデカため息を着き、初めて負の感情を見せた。
「うーん、なるほどねえ……。じゃあ早く九層に行ったほうがいいのかな? 僕で良ければ案内するけど」
「えっ、いいの?!」
「ふむ、話せるではないか、少年」
「ちょっと待った」
不本意そうな顔で二人が、不思議そうな顔で一人が俺を見る。
「案内はいいけど、まだあドラフトチャンバーの中の魂保存瓶の中身がわかってない。アレは、絶対グリセルダになんか関係があるはずだ。今調べてるしせめてその調査結果を聞いてから行くべきだと思う」
「私のことはどうでも良い。早く追ったほうが安心はできよう。拙速は巧遅に勝るとも言うではないか」
「そうよね、今も逃げてるかもしれないわ」
俺はムッとした。こういう感情が推しに湧き上がるのは珍しいことなのだが。
「グリセルダのことがどうでもいいなんてわけないだろ! それに俺は約束したんだ。約束は守る、社会人としてもらう金に見合うだけの仕事を俺はするぞ。二人で行くなら止めないが」
そういうと二人はちょっとびっくりした顔をしていた。俺が反対すると思わなかったのだろう。だが俺は金銭絡みの契約はちゃんとすると決めている。
クレカ止まったらガチャ出来ねえからな!
「済まないチケン。思ったよりも気が急いているようだ……」
「そうよね、でもあの顔見たくないから会いたくない気もするんだけど……」
「それはある……嫌なことほど早く済ませたほうがいい気がしてな」
二人は少し冷静さを取り戻してくれたようだ。
王太子がわざわざ自由行動しろとまで言うのだ。このフロアにもきっと何かあるはずだ。きっちり調査していきたい。
二人と話していると、平岡少年は俺の顔をじっと覗き込んでいた。
「……で、君たちは僕に何か質問はあるかい?」
「あなた、それ本名じゃないわよね。諱というわけでなければ聞いてもいいかしら。あなたは私の諱を初対面で呼ばなかったわ。その礼に対して一応敬意を払おうと思って」
おタヒらしい超絶上から目線のお言葉だが、これはおタヒが自分の国にいれば当然の対応なんだろう。とはいえ、もうちょっと目線を下にしては欲しいところだが。
「そうだね、僕の名前平岡公汰は筆名だ。いや本名でもある。日本ではね」
「テオネリアの国籍もあるのだろう、少年?」
「忘れたいことを聞いてくれるね……」
ふっと息をつき、平岡少年は諦めたように目を伏せた。
「僕の本名はセヴェロ・ヴェレル。本人だよ」
こともなげに、でも観念したかのように。
「へ?」
「は?!」
「全然似てねえじゃん!! 嘘だろ?!」
俺達三人は絶叫した。だって、あまりにもイメージと違いすぎる。痩せぎすな文学少年のような子供が、あの男性ホルモンでムンムン、体格ガッチリのヴェレルと言われて信じられるわけがなかった。
どう育ってもあれにはならない気がする。
自称セヴェロは困った笑顔を浮かべていた。




