第193話 少年との遭遇
従業員休憩室に入ってきた謎の少年に、俺達は立ち上がり警戒態勢を取る。
「……少年、名は?」
「それはこっちが聞きたい。君たちは受刑者じゃないよね?」
「そりゃそうよ! 高貴な姫君の私が咎人にでも見える?!」
おタヒが通常運転で面白いが、止めねばならない。
「おタヒ、そこまで。こんにちは、初めまして。俺はチケンといいます。お名前を伺っても?」
少年は怒るでもなく、慌てるでもなく、鷹揚に応じた。
「そうだなあ、じゃあ平岡公汰、とでも名乗っておこうかな」
「ん~……どっかで聞いた記憶があるなあ。日本人なの?」
「そちらのお二人は、グリセルダ・フォン・リーフェンシュタール嬢と東の国の斎王殿下かな。諱は呼ばないほうがいいよね。日本国籍は持ってるけど日本に行ったことは無い。僕はここの住人だよ」
少年は七分丈のズボンに仕立ての良いケープ、どことなく学生のような服だ。そして片手に板のようなものを抱えて猫背で姿勢が悪く、顔色は悪く痩せていた。
「平岡ねえ……東の国の学徒か何か?」
「いや、東の陰陽寮も面白そうだけど違うね。行ってみたいけどね。符術の最先端なんだろ。こちらには呪符なんてないからね、本当に面白そうだ、使ってみたいよ」
そういうとおタヒの目が一気に警戒モードからキラキラモードにチェンジする。こいつなんだかんだでチョロいんだよな。やっぱり俺が守護らねばならぬ……。
ただ、グリセルダはやはり警戒を解かない。いつでも斬り殺せるようにサーベルをいつでも握れる体勢を取っている。
「そちらのグリセルダ嬢も斎王殿下も何故こんな場所に?」
「何故我らの名前を知っている」
平岡少年は困った笑顔をしながら、俺達が座っていたテーブルを指さした。
「そのシナリオ集の巻末、裏表紙からめくって見て」
まだ俺達はシナリオ集を全部読み終わっていなかった。言われたとおりにめくると、そこには出版社名や著者名、スタッフ名が書かれている。そして、見つけた。
『ストーリーライティング: 平岡公汰
メインシナリオライター: 平岡公汰
サブシナリオライター : 雪原かおり
サブシナリオライター : 田中ハルカ
サブシナリオライター : 二宮幸宏
設定監修 : セヴェロ・ヴェレル』
あの文章を書いたの、ヴェレルじゃなかったんだな……。まあ、余りにも掲示板と違いすぎるしな……。
「この酷い書を書いたのがお前なの?!」
「……お前か」
おタヒは驚愕し、グリセルダは剣を抜いた。俺は慌ててグリセルダを止める。
「待て、グリセルダ! さっきのヴェレルの書き込みとあの文章比べてみろ、明らかに違うだろ! 頭の良さとか! 文章の質とか!」
俺が叫ぶと二人は我に返った。確かに内容は酷かったが、文章自体の質は高かったのだ。だから二人は苦痛な内容ながらも半分まで読み通すことが出来たし、俺もゲームを完遂できたのだ。
「うーん、褒めてもらってるのか貶されてるのかわからないね、それは」
「どっちもですかね……」
「そうか、でもまあしょうがないね。シナリオライターの仕事なんて、そんなもんさ」
平岡少年は自虐的な笑みを浮かべた。
「しかし、久々に戻ってきたらベッドからマットレスはなくなっているし、テーブルはきれいラッピングが剥がされているし、端末はクネクネしてるし何が合ったんだい?」
俺達は顔を見合わせた。この少年をどうするべきかわからない。
「ちなみに、平岡さんにお聞きしたいんですが。どんな罪を犯してこの刑務所に?」
「君たちは?」
「俺は治験のバイトです」
「私は違うわよ! 気がついたらここにいたの!」
「私も同じくだ」
平岡少年は深い溜息を着いた。
「ああ、なるほど。あの自称サラたちの仕業かな。困ったものだ……」
そういう平岡少年は常識人そうに見えるし、冷静な態度ではある。しかし、あのヴェレルが「自称サラ」であることも知っている。ただの収監者ではないことだけは確かだ。
「日本語で言うなら年貢の納めどき、というやつなのかもしれないな。僕の発音、合ってるかな?」
「お上手ですね、冗談抜きで」
翻訳機能越しではない、生の流暢な日本語だった。
「お嬢さんたち、チケンくん、少し話でもいかが?」
「……そうして油断させて我らを殺すつもりか?」
「そうよ! もうこれ以上私達は絶対死なないから!」
「そんなつもりはないよ、話が終わったら星間司法庁に突き出してくれても構わない、というか突き出してくれると助かる。こんなところにずっといると、心がささくれ立ってしまってね……」
平岡少年は、遠い目をして微笑んで、怒らなかった。
俺はなんでこんな顔をしているか、なんとなく理解した。本当に彼は疲れているのだ。
「いいよ、話を聞くよ。平岡さんは紅茶は飲める?」
「何でも飲むよ」
「じゃあ、お茶しながら話をしようか」
俺は隅っこからもう一つ椅子を追加で持ってきて、ホコリを拭いてから平岡少年に座るように勧めた。
ラッピングを剥がしたテーブルの上に、再度クッキーやお茶のポット、どらやき、串団子、ブランデーケーキなどを並べる。平岡少年の好みが分からなかったので。
インテが貸してくれたのはサブのマジックバッグだったらしい。なんかめっちゃお菓子出てくる。二回目のおやつだが、甘いものは別腹なのでいいだろう。
テーブルいっぱいのお菓子とお茶に、おタヒはやや機嫌を直した。こいつは本当に甘いものが好きだ。
流石にグリセルダはお菓子に釣られるほど子供ではない。……十七歳やそこらの女の子がそんなふうに達観してしまうのは、俺みたいなおっさんには悲しいことだけどな。
平岡少年は並べられたお菓子に、意外にも目を輝かせた。
「すごい! データでしか見たことのない地球の食べ物だ!」
「データでしか見たことがない……?」
「そう、僕は子供の頃からここにいて、日本のことはデータと自称サラ越しで知っているだけなんだ。一応、国籍なんかもあるし納税もしてるんだけどね。貯金通帳とかマイナカードとかいうやつもあるらしいよ、手に取ったことはないけど。あの二人は蘇芳やローレンツェンのグッズは持ってくるけど、そんなお土産なんて持ってこないから。本で見て、どんな味がするかずっと気になっていたんだよ」
そう聞くと、グリセルダとおタヒも流石に気の毒そうな顔をしていた。
理由はわからないが子供の時からこんな場所にいるだなんて、事実だとすればあまりにもかわいそうだ。しかし、何故それで日本語を習得し、日本の国籍を持っているのか……。
謎は深まるばかりだった。




