第196話 セヴェロ・ヴェレル
俺達は目を疑った。今まで平岡公汰と名乗っていた少年は、実は自分がヴェレルなのだと言いだしたのだ。
「本当にござるか~?」
「まことにござるよ~」
自称ヴェレルは面白げな顔で返す。日本語にもネットスラングにも通じていそうな感じだ。
そこだけは確かに極微量のヴェレルを感じないわけでもない。いや、ヴェレルは匿名掲示板の空気も読めないやつだった、ある意味順応性が高いから似てないかもしれん……。
「エクセリオ嬢、セヴェロ・ヴェレル氏の写真をここに出せるか?」
「はぁい♡」
「エクセリオ、お前アバター機能なんてあったのか……」
「平岡様は冷たいから見せてあげる必要ありませんし! いっつもテキスト入力だけで声かけてくれないじゃないですか!」
「やれやれ……そんなところに地雷原があるなんてね」
もうエクセリオちゃんが俺達に完落ちしている……ちょっと褒めただけなのに……。
それはともかく、エクセリオちゃんが出してきたのは、俺達の記憶にある、”THE男”とでもラベルの貼っていそうなヴェレルの写真だ。
「ほら、違うじゃない。平岡とやら。言い訳なら多少聞いてあげるわよ?」
「年齢だって全然違うだろ、嘘つくなよ。もしかして、あの二人に言われて足止めをしているとかなら、俺達が守るから……」
「あはは、無い無い。エクセリオ。僕の初等学校の頃の写真、そうだな、たしか全国文芸コンクールでゴールドメダルを取ったときの記念撮影。あれを見せてあげてくれ」
「はーい……しかたなくやってあげますけどぉ~……」
エクセリオちゃんは渋々先ほどと同じように写真を掲示するが、たしかに今目の前にいる平岡公汰少年と同じ顔の少年がいた。セヴェロ・ヴェレルという名とともに。
ただ六百年以上前の写真だ。
「……何故お前は年を取らぬのだ?」
「色々話すと長い事情があってね」
俺達は目を合わせた。どうしよう。
「あのさ、なんて呼べばいいかな、とりあえず……。ヴェレルってのは嫌なんだろ?」
「平岡で。この名前気に入っているんだよ」
「そうなんだ、なんか由来でもあるの?」
「シナリオを書き始めた時に三島由紀夫の本名にあやかったのさ。サラもどきには文句を言われたものだよ。『平岡って名前じゃないと駄目なの?! 面倒くさ!』『山田でも田中でもヴェレルでもいいでしょ!』ってね」
ああー、言いそう。あいつら自分たちのこと以外に興味なさそうだもんな。
……ならばなぜわざわざ希望の名前の戸籍を違法とはいえ入手してくるのか?
「あの自己愛の権化のヴェレルがわざわざそんな事するのか?」
「ほら一応、僕もヴェレルだから……」
困った笑顔をしている。これは多分嘘を言ってはいないと思うのだが、そもそも今までヴェレルというと頭がおかしいとか、気が狂ってるとか、見てると発狂しそうなイメージしかなかった。もしくはさっき見た写真のようなイメージ。
少年からは知的で穏やか、そしてどことなく卑屈な感じしかしないのだ。
「聞きたいんだけど、さっき見たおっさんのヴェレルは俺も見たことがあるんだよ。ゲームショーかなんかのトークでちらっとな。で、まあ足止めしそこねたけどあの邪悪なサラもどきも実物を見た。そんで、地球には後二人、ネット掲示板書き込み専用のヴェレルがいると聞いた。ここまでの情報は合ってる?」
「合ってるね、実際はあと執務用、企業経営用、社交用、テオネリアのネット監視用二体、そして僕、交代用にあと五体、予備八体合計二十四体」
「多すぎないかしら……」
「そう、そこが問題でね……」
疲れた顔をしていたので平岡少年に椅子を勧めた。あまり体力がないのかもしれないな。
会釈をして少年は椅子につき、おタヒとグリセルダにも座ってもらった。俺も椅子に座るか……と思うと、グリセルダが俺を抱き上げて膝の上に座らせた。
「やめろよ! 俺はキッズじゃねえんだよ!」
「良いではないか、嫌か?!」
「嫌だよ、俺は三十歳のおっさんなんだぞ!」
「この星では三十は若者のはずでは?」
俺達のやり取りを見て平岡少年が笑う。
「あはは、三十歳なんて未成年じゃないか、お嬢さんの膝に座っていたらいいよ。さっきも君、椅子の上に膝立ちをしてたじゃないか」
そうなのだ。座高が足りなすぎて膝で立って食っていたのだ……。ちなみにおタヒは正座をしていた。
とはいえ流石にグリセルダの膝の上は嬉し恥ずか死ぬ。幼女の体で良かった! 男だったらセクハラだった! 背後に色々当たってるんでやめてほしいけどやめないでほしい!
嬉しいけど駄目だ、助けてくれ!
「俺は地球ではおっさんなんだよ! 第一グリセルダは肉体年齢十七才だぞ!? そんな未成年の膝の上に乗ったとかあまりにも事案すぎるだろ! おまわりさんこっちです!」
「チケン、見た目は女童じゃない。気にしなくていいわよ。なんなら私の膝も空いてるわよ?」
「うるせー!! 俺は自分がおっさんであることを絶対に忘れねえからな!」
「ふふ、本当に君たちはテオネリアの人間じゃないんだねえ。死ぬ前に面白いものが見られてよかったよ」
急に剣呑なことを言い出す平岡少年。
「ちょっと何よ、まるで死ぬ気の言葉は。私達はあの神子を殺したいだけで、あなたなんか殺す気はないわよ! 無駄な殺生は私はしないわ!」
「そうだぞ、少年。我らは無駄な殺生はしない。七層の客ですらほとんどは殺していないのだからな」
いや、結果的に殺しはしなかったですけど、お二人とも殺す気満々でしたよね……?
「……いや、そういう意味じゃないんだ。なんで君は僕がここに居るかわかるかい?」
「いや、全然わからない」
「そもそも本当に自称サラと同一人物なのかすらわからないわ」
平岡少年は諦めきった顔で告げた。
「いや、先程も話したけど僕は星間司法庁に自首する予定なんだ。最後に自分の成果物でも見ようと思って久々にこっちに来たんだけどね……」
凪いだ顔から重すぎる言葉が漏れる。
「先程の話を聞いたところ、サラもどき達がやらかしたのは事実なんだろう。ヴェレル家末代当主の仕事として、真っ当に裁きを受けてくるよ。多分久々に実死刑判決とか出るんじゃないかな。疑似死刑数百回の後に本当の死刑、そして魂の処分ってところかなあ。最近の判例は見てないけど、五百年前くらいの流れが続いてるとそんな感じだろう」
少年の言葉にはもう少年らしい軽やかさも、若年ゆえのゆらぎもなく、やらねばならないことだからやる、その決意がみなぎっていた。
「ま、僕みたいなクソ雑魚じゃ疑似死刑数回分にも耐えられるかどうかってところだけどね……」
「疑似死刑って……ええと、殺された人と同じ殺され方を仮想的に体験するやつだっけ? ゲートキーパー大先生とインテに教えてもらったけど」
「そうだよ。死刑ではないけど本当に現実と区別のつかないリアルな体験でね。その空間の中で怪我をすると現実にも影響が出るくらいリアルなんだ」
俺はハッとした。これが答えじゃないのか?
――――ヒントはずっとあったのだ。
「それ、もしかして、グリセルダやおタヒが何度も死んだやつと同じ理屈か……?」
グリセルダとおタヒが目を見開いた。
どうして二人が何度も死んで何度も人生を繰り返したのか。その疑似死刑をどう執行するか、そこにあるのではないだろうか。
星間司法庁が管轄しているのは宇宙犯罪だけ。しかも、犯罪者を収監するのは内務庁の管轄である。そして、死刑執行に使う設備なり施設があるなら、その総元締めはヴェレルのはずなのだ……。
疑似死刑のシステムを運用できるなら、グリセルダとおタヒが何度も死んだやつを再現できるのではないだろうか?
二人は一瞬で真剣な目に変わっていた。
やはり俺達の敵は、あの自称サラ、そして内務庁長官のヴェレルなのだ。




