第188話 高低差のあるティータイム
この従業員休憩室Ⅱは発売されたほとんどのローレンツェンと蘇芳のグッズが並べられている部屋だ。
もちろん紙モノのグッズもある。画集や設定資料集、そして問題のシナリオ集である。
二人がシナリオ集に取り掛かっている間、他の本を見てみることにした。
画集はめちゃめちゃ絵のレベルが高い。元の人間をうまく2Dや3Dに落とし込んでおり、本人を見れば本人だとわかる。
レベルの高い絵師がいるんだろうな。アニメっぽい絵も写実的な絵も両方かける天才的な腕前だ。
背景画集もレベルが高い。有名なアニメ会社の人に外注したのと自製したものがあるのだが見分けがつかない。どちらがどちらに寄せているのかはわからないが、普通に風景画集としてみても楽しめるものだった。
設定資料集も色々面白い。グリセルダとおタヒの顔がもうちょっと本人に似てたら保存用実用観賞用の三冊買ってもいいんだが、あんま似てないんだよな。上手いんだが。
ローレンツェンと蘇芳はバランスもUIもよく、ビジュアルもよく、プログラミング技術も高い。それなのに、シナリオだけが歪んでいてキャラ萌えで売っている。それがヴェレルソフトウェアのゲームなのである。
正直ローレンツェンも、ミニゲームのローレンツェン大戦略がきっかけでブレイクしたというのもあるし、蘇芳もミニゲームのはずの囲碁がガチのクオリティだということで、何故かプロ棋士が遊んだとか言うので話題になったのだ。
なんか最高峰の囲碁AIと戦わせたら何故か蘇芳のミニゲームが勝ったとかいう嘘みたいな話もある。今思うと、多分カハールカさんがテオネリアの技術で作ったんだろうな……。それを地球のゲーム機で実装できる技術もおかしい。
正直蘇芳じゃなければおタヒに遊ばせてやりたいくらいなのだが……。何が嫌だって、そのミニゲームの囲碁のラスボスがおタヒなのだ。
『あはははは、こんな幼女に勝てないの? 雑魚ぉ~♡』
ラスボスのおタヒが勝つとプレイヤーを煽り散らかすのである。プロ棋士の間でもおタヒに勝つのは栄誉なこととしてSNSにスクショをあげるのが流行ったくらい強い。
本人なら勝てそうなんだが……。でも顔もキツめに描かれてるし、せっかく貰ったゲーム機叩き壊してもおかしくないので遊ばせることが出来ない。
なんかもう何もかも残念だなこのゲーム……。
ミニゲームやゲーム性、UI、キャラクターデザインなどは本当に素晴らしく、そこだけで二十年以上やってるのがヴェレル・ソフトウェアのすごいところだ。
ストーリーというか、サラというキャラがクソじゃなければと二十年前から言われているらしい。
などと、ローレンツェンや蘇芳の紙グッズを一通り眺めた後に二人を見ると、高速でページを捲っているが眉をしかめている。美少女なので可愛いが、周りに怒りのオーラが漂っており空気がやばい。
俺は慌ててコラボカフェ用だったと思しきサラの顔の描いてあるテーブルからラミネートを剥がし、お茶とお菓子を用意した。
「何なのよ……何なのよこの戯作はっ……! 許せない……っ!!」
「なんでこんな愚かな女が持て囃されているのだ!? これが人口に膾炙したというのは真の出来事なのか?!」
うーん、お怒りはごもっともなので何も言えねえ。
ゲームはヴェレル・ソフトウェアから販売されている。つまり、すべてヴェレルを賛美する方向で物語は描かれている。
実際にあったことを下敷きにしているのだろうが、それを読んで二人の機嫌が良くなるわけもない。
俺はふとあの掲示板の荒らしであるところのサラカスを思い出す。話の内容はともかく、文章としての破綻はないゲームだった。
本当に、あのサラカスがあの文章を書いたのだろうか。サラカスの文章は悪い方に個性豊かだったが、ローレンツェンからも蘇芳からもその気配は感じなかった。
ページを読み進めるうちに、徐々におタヒの顔が真っ赤になっていく。
ページを読み進めるグリセルダの顔色が怒りにどす黒く染まっていく。
しかし、二人はページをめくる手を休めようとしない。
嫌なものなんて読まなくてもいいと言ってやりたいが……。
少し途中で休ませよう。おタヒはキッズだが、キッズとはいえ怒り過ぎは体に悪いはずだ。一回ヒートダウンさせねばならない。
「おい、おタヒ、グリセルダ。そこに一旦栞を挟んでそこまでにしておけ」
「なんでよ!」
「お茶とお菓子をご用意しました」
そういうとパッとおタヒとグリセルダの顔が明るくなる。
「そうね! 私生まれて初めて焚書をしたいと思ったわ、一回正気を取り戻さないと駄目ね……」
「焚書か、たしかにこの本はそうしたくなる魔力を持っているな……」
飯を食いながら本を読むと激怒するおタヒが焚書したいって相当だよな……。
本当にお疲れ様すぎる。
俺はインテが入れてくれていた、有名店のクッキー缶を出した。行列に並ばないと買えないとかいう、ややこしい名前の店のやつだ。誰が買ってきてくれたんだろうな。
それと柔らかいもちもちとした皮のどらやきが入っていたので両方出してやる。好きな方を食って欲しい。おタヒは早速どら焼きを頬張っている。リスみたいだ。
「おいひい! こっちの干菓子も食べていい?」
「いいぞ、好きなだけ食え」
「うむ……このクッキーも、このケーキのようなサンドイッチも美味いな」
お茶だけはポットから出したやつだがインテが淹れてくれたっぽいやつなので俺が入れるより美味い。俺が入れると色のついたお湯になる、なんでだろうな……。
美少女二人が美味しそうにおやつを詰め込んでいるのを腕組みをしながら眺めている。あまりにもハッピーな時間である。
何にもしていないのも同然だが二人は俺に感謝してくれる。
「おいしい~、チケンは本当に気の利く侍女ね! 褒めて遣わすわ!」
褒められたら嬉しくないといえば嘘になる。でも最近のヒーローは何もしていないのに感謝されるというのがあるあるらしいが、それに近しいものを感じて後ろめたさがある。
だって本当にここで感謝すべきはインテとおやつを買ってくれた人だから……。
「まあそれは帰ってからインテに言ってやれ。喜ぶぞ。あとおやつを買ってくれた誰かだな。吉田さんか清野さんか四方さんかはわからんけど」
「当然褒めるわよ! でもチケンも気が利くのよ、自慢してもいいのよ!」
「そうだぞチケン、お前は割と気が利く。それは美点だぞ、自覚しておけ」
褒め過ぎだろう。お茶を出すだけで絶賛されるなんてあまりにも人生がちょろすぎる、バチが当たらないだろうか……。
二人はひとしきり美味しいお菓子とお茶に舌鼓を打ったあと、我に返って同じため息で深い溜息をつく。
「それにしてもなんなの、この書は。猿に書かせたほうがまだ実のある文章になるんじゃないかしら。目が腐ってるわよ、これを書いた人間は!」
おタヒはバンバンと本に平手打ちを食らわせている。おタヒは本を大事にするキャラのはずだから、よほど腹に据えかねているのだろう。気持ちはわかる……。
グリセルダもしかめっ面に戻った。
「余りにも観点が偏向しすぎている……文章としての出来はさておき、どんなに美辞麗句を連ねてもあの女は素晴らしいという結論ありきの文章ではないか」
それもわかる……でもそういうゲームだからしょうがないね……。
「しょうがないだろ、プレイヤーはそのサラになりきっていい気分になるゲームなんだから。俺は褒められすぎて気持ち悪かったけどな……」
そう、あのゲームは俺向けではなかった。俺は罵られる方が好きなんだ。なにかあると流石聖女! 流石サラ! ってなるからマジ気持ち悪かったのだ。
褒め殺しで亡國しちゃう国王ってきっとあれで喜べる人物なんだと思う。俺はお叱り七お褒め三位の割合が黄金比率だと思っていて、そういうわけで最近居心地がやや悪い。
でも、叱ってくれと言って叱られるのも俺的には違う。お叱りは天然であるべきである。性癖とはいとも難しきものなのだ。




