第185話 間話18:思い出2
泣いても喚いても、見える未来は変わらなかった。
そもそも、見えた未来が変わったことなど一度もない。それでも、足掻けばなにかが変わるのではと思った。
ディアーネは毎日のように未来を恐れて泣いた。それを、ずっとグリセルダは横に座ってただ抱きしめ続けた。
「私は女の子のままでいたい!」
「私はずっとディアーネのことを女の子だと思っています、これまでも、これからも」
「ゼルダお願い、ずっと一緒にいてね」
「もちろん。私が命尽きるまでお側にいます」
「男の子になんてなりたくない、エミールのお嫁さんになるって約束したのに……」
何も言わず自分を抱きしめてくれるゼルダの優しさにどれだけ救われただろうか。
結局、見えた未来は何も変わらなかった。
ディアーネはセヴェロの魔法で男にされ、その副作用で髪の色も変わった。
ディアーネの桜色だった髪の毛は金色になり、名前をディートリヒと名乗ることとなる。
ディアーネがディートリヒになっても本当にゼルダは約束を守り、彼女を愛する友として、そして女性として扱い続けた。
しかし、それが国王の勘気に触れた。
息子からグリセルダを引き離すために、国王はグリセルダを好色で幼女愛好家であると悪名高い辺境伯にあてがうことにした。ディートリヒが何度抗議してもその決定は覆らなかった。
しかし前軍務大臣であり、前国王の乳兄弟であるグリセルダの祖父のとりなしにより、替わりに魔法でグリセルダからディアーネに関する記憶を奪い、全寮制の陸軍幼年学校に叩き込むということで折り合いがついた。
国王は娘が息子になったことを喜び、金銭で贖えるものなら何でも褒美にやろうと提案したが、セヴェロはそれを固辞し一人の少女を国王に紹介した。
意外にも、その功績に対してセヴェロは謙虚だった。
「この者は孤児なのですが、魔法の才能があるのです。どうか、陛下のお力でこの子に教育を与えてやってはいただけませんか」
望みは受け入れらた。サラという六歳の少女は王立孤児院で教師について学ぶことが許可され、それに満足してセヴェロはどこかに去った。
エミールは表立っての反対はしなかったため、お咎めはなかった。しかし、彼が何もしなかったわけではない。
なによりディートリヒにとって嬉しかったのは、ディートリヒが男になってもエミールは自分のことを愛していてくれたことだった。
「大丈夫、僕は魔法が得意なんだ。君が国王になるのなら、僕は君の奥さんになる。あんなどこの馬の骨ともしれない男にだって性別変更の魔法が使えるんだ、僕が出来ないわけがない!」
エミールは自信家だったし、事実魔法の才能があった。
彼はディートリヒの手を取る。ディートリヒは寒さに震える小鳥のように自分の変化に怯えていた。安心させるために手を握る。それ以上は許されていないので、できる範囲で。
「僕が女になる魔法を使えるようになれば君と結婚できるだろう? もしくは君を女に戻せるかもしれない。だから、僕はずっとディーと一緒だ。神様に誓ってもいい」
「うん……エミール、ずっと一緒だよ。あとね、お願いしていい?」
「何?」
「また、ゼルダと三人で一緒に遊べるようになりたい」
ディートリヒはゼルダのことを忘れたわけではなかった。むしろ、日が経つにつれ後悔が深くなっていく。
あの時、あんなことを言わなければ。もっとちゃんと未来を見ていればゼルダは辛い目に合わずに済んだのに。
「大丈夫、絶対どうにかする。だから、絶対に諦めないでいよう。大人になればそんじょそこらの大人より僕達のほうが力があるはずだ。だから、その時まで絶対に諦めないでいて、ディー」
「ありがとうエミール。ごめんなさい、ゼルダ。私のせいでひどい目に……ごめんなさい、ごめんなさい……」
ディートリヒはエミールの横で大声で泣いた。ゼルダは魔法をかけられて、もうディアーネのことを忘れてしまったいた。それがなにより苦しくてたまらなかった。
グリセルダは桜色の髪の毛の少女のことはうっすらと覚えている。ただ、それを幼年学校の思い出だと誤認している。その思い出をディアーネやディートリヒであると認識することは二度とない。
ディートリヒはその日は一晩中泣いたが、その後は一切泣かなかった。
ディートリヒはエミールを真似て男として振る舞い、エミールは魔法に狂った少年のふりをし続けた。そして今はそれがすっかり板についてしまった。
しっかり少年らしくなった娘に王は喜んだが、二度と娘は王に咲き誇るバラのようと謳われた優しい微笑みを向けることは二度となかった。
王は孤独になったが、それはもうディートリヒにはどうでもいいことだった。ディートリヒは国のために己の人生も捨てさせられたのだ、王も何らかの対価を払うべきだ。
結局王は新たに隣国から王妃を迎え、徐々に政治は隣国派に乗っ取られていく。それもディートリヒにはどうでもいいことだった。それよりも大きな苦難がこの国に訪れるとわかっていたからだ。
ディートリヒの護衛役だったゼルダの兄が死んだ時、ゼルダに再会した。やはりゼルダはディートリヒのことを覚えていなかった。でも、彼女は美しく強い心のままで、それだけは喜ばしく感じた。
それから何年もの月日が過ぎた。ゼルダの姉が死に、自分の弟が流行り病で死んだ。自分が何度も死んだ過去が見えるが、どれもこれも夢のように思える。
確実なのは現在の時間だけ。
そして、やっと今、黒モヤに包まれていた未来が晴れてきたように感じる。
「それにしてもチケン氏は本当に可愛いでござる。まるで殿下の幼き頃のようで」
「本当に。まあ、髪と目の色だけだけど。あんな覚悟の決まった幼女じゃなかったし」
王太子とエミールは手を握りながら海辺を散歩する。本当はこの横にゼルダもいてくれたら嬉しい。今は叶わぬ願いではある。
でも、ずっと氷のような顔をしていたゼルダがやっと笑顔を取り戻している。楽しそうな顔をしている。
それだけで喜びで胸が一杯になる。自分のことは思い出さなくても構わない。
その分彼女が幸せでいっぱいの未来になってくれれば。
「ケンイチくんにはゼルダを大事にしてほしいな。僕の分まで」
「それは見えてるのでござるか?」
「ふふ、さあね」
エミールは黒モヤの王太子の顔に視線をやる。光に透けて少しだけ顔が見えたような気がする。
その顔は穏やかに微笑んでいた。




