第184話 間話18:思い出1
八層は無機質な気候だが七層の気候は相変わらず夏だ。そんな夏でも亡霊には気温は関係ない。
そして、魂の強度が高い彼らには太陽の光も苦にならない。
ローレンツェン王国の王太子、ディートリヒ・フォン・ローレンツェンとその侍従にして恋人、エミール・フォン・フリースランドは美しい浜辺をのんびりと散歩している。
なにやら七層では神に許された、として祭りが始まり、ヴィルステッド村の住民を迎えて大騒ぎをしていた。この様な賑やかな祭りは王太子が好むものだった。
そして、それ以上に王太子を喜ばせたものがある。
「エミール、なんかゼルダがすごく楽しそう。ケンイチくんと大きなボールを追いかけているよ」
「良かったでござるね」
「そうだねえ、本当に良かった」
王太子は彼女に出会った頃を思い出す。それは、彼女がもう覚えていない記憶だ。
王太子はかつて王太子ではなかった。
実は、王女だった。
元々の名前をディアーネ・フォン・ローレンツェンという。
つややかな桜色の髪の毛を持つ、愛らしい姫君だった。彼女にとって不幸だったのは、王家に代々伝わるユニークスキル「千里眼」を持って生まれてきてしまったことだ。
王と王妃はそのうち弟が生まれ、弟にも千里眼が引き継がれるだろうと思ったのだが、不幸なことに引き継いだのはディアーネだけだった。
それでもディアーネは愛されて育った。同じ年に生まれた侍従長の息子エミール、軍務大臣の娘グリセルダと、三人で仲良く兄弟姉妹のように、学友として共に育った。
「ゼルダ、今日も素敵な髪型ね」
「お褒めいただいて嬉しいです!」
「えっと、私もその髪型真似してもいい?」
「もちろんでございます、おそろいなんて光栄です」
「僕もその髪の毛にしたいなあ」
「うふふ、男の子にも似合うかしら?」
三人で毎日つまらないことで笑って、口論をして、喧嘩をして、仲直りした。馬車に乗ったり、本を読んだり、家庭教師に勉強を教わったり。湖に行った。子供らしく平和な生活を満喫して、それが人生で一番幸せな時間だったと今では思っている。
幼いながらもディアーネは恋をした。
相手は一番身近にいる少年エミールである。エミールは自分が王女ということを抜きにしても、それでも優しい少年だった。誰かに嫁ぐとしたら彼がいいと思った。
しかし、ゼルダはどう思うだろうか。抜け駆けにならないか、と思ったが、ゼルダはそれを聞いてもニコニコと微笑んでいるだけだった。
むしろ仲を取り持ってくれてとても安心した。
千里眼は実際に起きる過去と未来の出来事が見える。しかし、心の中が見えるスキルではない。なので、ゼルダの心の中まではわからない。
あの時のゼルダの笑顔が本当だったか知る術は今もない。
ディアーネが六歳の時に事態は変わり始めた。
弟を産んだ王妃が産褥の床につき、やがて亡くなった。ディアーネは千里眼でそれを予見はしていたがそれでも母の死は辛かった。しかし、ディアーネにはさらなる未来が見えている。
自分が自分でなくなる未来だ。
『まさか弟が千里眼を継いでいないなんて』
『まさか女を王に?』
『女の王などありえぬ』
『女を王にするくらいなら大臣を王にするべきでは』
『いや隣国の王を』
王は何度も娘が息子であればと悔しい思いをした。しかし、性別を変える魔法は今はない。男子以外に王位継承は許されない。
過去に女王が存在した国もあるが今はもう残っていない。
だから女王は不吉という不文律がこの大陸にはある。
千里眼を持った王女だとしても誰も女王になることは許さなかったが、姉は千里眼を持っているのに弟は千里眼を持っていない。そんな弟の即位も国民も貴族も許さなかった。
都合の良い、数世代に一人か二人しか生まれない千里眼持ちの男子を国民は待望していたのだ。
国王は悩みに悩み抜いた。娘を王妃として、別途国王を迎えるにしても力関係の問題がある。どこの国から、もしくはどこの家から婿を迎えるか……。
娘は侍従長の息子を愛しているようだが、侍従長は先々代までは平民の血筋で、魔法で国王を助けたために引き立てられた男だ。人格と能力はあるが家格が低くおそらく誰も彼には納得しないだろう。
とてもではないが国王は任せられない。
正直、娘が侍従長の息子を愛人にする、というのでも構わないのだが、おそらく娘は嫌がるだろう。
国王は彼なりに娘を愛していた。だからこそ、悩みに悩み抜いた。
心労は胃の腑に穴を開け、髪の毛は抜け、残った髪は一年で白髪になった。
どうすれば娘が幸せになり、国家を存続させられるのかが国王にはわからなかった。
ある時王室に、魔法使いの男がやってきた。
セヴェロと名乗るその魔法使いは、一子相伝の魔法で子供の性別を変えることができる、と自分を王に売り込んだ。
王は悩んだ。たしかにそうすればお家騒動を解決することができる。千里眼を相続した男子ならば伝統に反することなく自分の子供を王につけることができる。
もし、ディアーネが女のまま王になれば国内は女王派と女王否定派に別れ二分され、それでなくても最近怪しい国際情勢では戦争になった時にあっという間に国が滅ぼされる危険性すらある。
しかし、セヴェロと名乗る男がもし詐欺師なら、最悪の場合千里眼を持つ娘という自らの手には余るほどの貴重な国の宝を喪うことになる。
人の姿を恒久的に変える魔法は大魔法の一種である。過去に数回行使がされたことが記録されているが、失伝しもう使える者はいないかと思われていた。
それが、まさか現存するとは。
驚く国王は、試しに死刑囚の男を女に変えさせた。その魔法は見事成功し、国王を驚かせた。しかし、その翌週女になった死刑囚の男は元々患っていた病気を悪化させ、帰らぬ人となった。
性別変更魔法のせいなのか、はたまた偶然なのか誰にも判別はつかなかった。
国王は悩み、娘に問う。
「ディアーネ、お前には未来が見えるかい?」
「……お答えできません、父上」
ディアーネは男になどなりたくなかった。
女のまま生き、エミールに降嫁し、ゼルダと毎日お茶を飲んでおしゃべりをして幸せに暮らしたかった。答えなかったのは彼女にできる精一杯の抵抗だった。
セヴェロという男が現れてから自分の未来は黒くしかみえない。多分、本当に黒くなってしまうのだろう。
ディアーネは珍しく自分の力を自分のために使い、セヴェロという男の未来を見た。ディアーネには理解できない世界が広がっていた。
セヴェロは何度も姿を変え、何度も生き直し、生まれ直し、何かを追い求めていたが、そこから先は見えなかった。多少見えた部分も、まるで気色の悪い物語のようで目に入れたくなかった。
どうにかしてこの運命を変えられる方法はないのかとディアーネは六歳でできる範囲のことをすべてこなした。
しかし、事態が好転する様子はなかった。




