第181話 工場見学3
珍しく業務のサボタージュ希望の旨を声高らかに主張する吉田さん。しかし、エト姫は雑に流した。
『わかったわかった、その作業全部終わったら殴りに行っていいぞ』
『やったー! でもそれ絶対明日以降ですよね、あああ……』
可哀想だが吉田さんが来るのを待つわけにも行かない。
ラバーゴーレムもヴェレルも待ってくれないからだ。
通路は巨大なボールが飛び交うスカッシュコートのようだ。とても安全に通行できる状況ではない。
何か対策を考えなくてはいけない……。
俺達は久々に結界チョークを使い作戦会議をすることにした。
「なあ、あれどうにかして斬れない?」
「そもそも剣がない、ゴーレムに刺さったままだ」
「牛頭くんの剣も風伯の鎌鼬も長さが足りなくて無理ですって……」
そうだった、もう試したんだった……。
あれを切るには少なくとも同じ長さの剣が必要だがそれを振り回すには広さが足りない。おっさんの持ち物であるレーザーブレードがあったけど、熱で切断すると有毒ガスが出て俺達に危険が及ぶかもしれない。
地球にあるゴムなら有毒ガスが出るとはいえ、そこまで危険はない。体によくはないが致死性はない。宇宙ゴムとやらがどんなガスを出すのか全然想像もつかないし……。
「インテ、宇宙ゴムのガラス転移点って何度?」
「-150度ほどでしょうか……」
-150度かあ……。液体窒素とかがいるな……。
「ガラス転移点とは何だ?」
グリセルダに聞かれたので一応説明することにした。ゴムなどの柔らかい物質が固くなり、ガラスのように脆くなる温度であることを説明する。脆くなれば物理攻撃が通じるはずだ。
「グリセルダ、インテ、おタヒ、-150度にできるような魔法なんかない?」
「あるわけがない」
「申し訳ございません、ドライアイスなら在庫がございますが……」
「-150度ってどのくらい寒いかがまずわからないわ」
うーん……しょうがない。倒すのは諦めよう。
「いいか、目的と手段を間違えないようにしよう。俺達の目的は分析室に行くこと。だよな?」
「そうだな」
「そうね」
よし。話は通じそうだ。
「俺が完全回避パワーで、あのゴーレムを引き付けるからお前らが中に入る。入ったら俺は隠密行動を使って中に入る。これでどうだ?」
「チケンを囮にするということか……」
グリセルダは苦々しい顔をしている。まあ、わかる。
グリセルダが俺と同じだけ回避をできるとしても、同じ事を言いだしたら俺も嫌だし。
「まあ、そうだな」
「えっ、嫌! チケンを囮にするくらいならこんな部屋別に無視していいでしょう。というか本当に調査したいのならエトワール達が勝手に行くべきだわ!」
おタヒはやっぱりおタヒだなー。びっくりするほどおタヒだ。そして、おタヒの言い分もわからんでもない。
しかし、一応言い聞かせてみよう。
「お前、ヴェレルに恥かかせたいんだろ?」
「そりゃそうよ」
「今探してるのヴェレルの犯罪の証拠だぞ? 逆に言うが、本当に心のない話になるからこういう話はしたくないんだが、エト姫達には『調査しない』という選択肢もある」
俺の言葉におタヒは激昂する。
「なんで?! 自分たちの国の役人のやらかしじゃない!」
「お前、兄のやらかしを自分のせいにされて、『はいそうですね、ごめんなさい』って謝ってお詫びのために土下座行脚できるか?」
そう言われると、おタヒは考え込んだ。
「……無理。絶対無理」
「エト姫達は、それをしてるんだよ。だから少しくらい手伝ってやりたいんだよ。エト姫達のためじゃなくていいよ、俺のためでも駄目か?」
それを聞いたおタヒはすごい顔をしている。美少女がしていいギリギリの顔という感じだ。力いっぱい拳を握りしめて、俯いて、歯を食いしばって怒りに耐えている。
自分がエト姫に負けたとは絶対認めたくないのだろうが、どう見ても器の広さで負けている。国を守る覚悟をし、経験を積んだ成人と、能力とやる気だけある十二歳。
それは年齢的に仕方のないことなのだが、おタヒは絶対に年齢が低いことを理由に負けるのだけは絶対嫌なタイプのはずだ。
数十秒おタヒは考えていたが、一分経つ前に結論を出したようだ。
「わかったわよ! 囮にでもなんでもなりなさいよ、死んだら殺すわよ!」
「死んだらそれ以上死ねねえよ」
「その先があるのよ、私は知ってるの!」
おタヒがいうと説得力があるな……。俺はまだ死にたくない。というか多分この程度の敵なら大丈夫だ。俺はその程度には自分を信じている。
「よし、じゃあ決まったな。誘導し終わったらインテ経由で連絡するから走って分析室に入る。いいな?」
「わかった」
「わかったわよ!」
おタヒがまだ怒っている。まあしゃーない。怒らせたのは俺だ。
しかし、小さな美少女がプンスカしているさまは大変に可愛い。俺得だが顔には出さない。
二人には少し離れてもらい、俺一人でゴーレムに突撃する。
ちょっとつつくと、あっという間に跳ね始め、俺に向かって巨大な実弾シューティングが始まった。
壁に反射してドゴン! ドスッ! という鈍い音を響かせながらも、ゴーレムは高速で俺にぶつかろうとするが、殆どは素で回避できる。素早さカンストと回避率向上の恩恵がすごい。
たまに避け損ねても完全回避の力で謎の軌道変換が起きる。我ながら惚れ惚れする避けっぷりだ。
こういうゲームあったよな、ブロック崩しだっけ。あれのラスト1枚のブロックが俺である。
誘導するのはほんの数分で終わった。ゴーレムはブロックを崩せなかったので俺の勝ち。
「インテ、頼む」
『お二人とも、今です!』
三分以内に移動は完了。どうもグリセルダがおタヒを抱えて走ってくれたらしい。なんで俺はそう言う美味しいシーンが目撃できないんだろうね……。
帰ったらコミッションサイトでそういうイラスト注文しようかな……。
ローレンツェンと蘇芳のプレイヤーとして悲しい思いを抱きながら【隠密行動】をオンにして、通路を通りさくっと分析室の中に入った。
「ただいま。ほら、全然無傷だろ」
「当たり前よ! 傷一つでもついてたらお仕置きよ!」
「傷ついたのにお仕置きされるのひどくねえ?」
「私の侍女に傷をつけるのは本人でも許さないわよ!」
うーん、理不尽。けれど塩対応は精神衛生に大変に良い。
久々に摂取する言葉の塩分。心のナトリウム……最近は甘やかされていたから尚更塩気が心にしみる。
そんな様子はおくびにも出さないようにしつつ、周囲を眺めると品質管理室よりも更にたくさんの検査機器や、試薬瓶、何かのガスボンベのようなものなどがある。
かなり広く、実験用のドラフトチャンバーが複数ある。金のかかった部屋なのは俺にでも分かる。そしてドラフトチャンバーを見るに、危険な物質も多々取り扱っているのだろう。
なんとなく危険を感じる。
「エト姫、着いたぞ。分析室だ」
『……これまたきな臭い場所だ。悪いんだけどインテを連れてぐるっと一周回ってくれるかな』
「了解」
流石にカメラ越しじゃよくわからないか。
俺はゆっくりとエト姫の言う通りに部屋を歩き、様々な箇所を見て回る。
ほとんどは見たことも聞いたこともない試薬瓶、学術書、高圧ガスのボンベなどだ。主に書いてあるラベルを精査する。
そして一番奥のドラフトチャンバーの中に、何か瓶が置き忘れられていた。七層の祟り神様と戦った後に見た記憶のあるアレだ……。
中で死にかけた虫のように、時々痙攣したかのように動くうっすら光る物体。
「怒ってたから気が付かなかったけど、このどらふととやら、結界だわ。魂を外に逃さない結界よ、これ」
さすがおタヒは専門家だ。冷静になれば見るだけで分かったらしい。
薄々は感じていたが、外れて欲しい予測だった。ここは集めてきた魂を加工するための実験をしている場所なのだろう。
弄ばれた哀れな魂の成れの果てが、ドラフトチャンバーのガラスの壁の向こうで、怨嗟の声を上げている、そんな気がした。




